なんで司馬炎や曹丕は国名を変えたのか? [無断転載禁止]©2ch.net

1世界@名無史さん2017/02/20(月) 21:50:06.840
古代の斉は姫氏から田氏に王族が変わったが
田氏は斉の名前を変えなかったから制覇滅亡したとはみなされてない
田斉とか呼ばれてるが

だが曹丕は国名を漢から魏に
司馬は魏を晋に国名変えてしまった

だから漢や魏は滅亡したと思われる曹操まで梟雄扱いされた。
国名漢のままだったら滅ぼしたなどと言われなかったのになんで変えるのか

2世界@名無史さん2017/02/20(月) 22:06:01.770
うんこブリブリ

3世界@名無史さん2017/02/20(月) 22:53:52.750
>>1
>古代の斉は姫氏から田氏に王族が変わったが
>田氏は斉の名前を変えなかったから制覇滅亡したとはみなされてない
>田斉とか呼ばれてるが
史記ではそれぞれ斉太公世家と田敬仲完世家と分けて書いてある。つまり別の国という扱いだ。
そもそも晋が趙・魏・韓に乗っ取られた事件と田氏による斉の乗っ取りの二つを以って下克上の世
(戦国時代)になったとみなされているのに、何を言ってるのか!?

4世界@名無史さん2017/02/20(月) 23:03:09.610
でも晋も三人による分割でなく、一人による乗っ取りなら国号変えてたかわからんな

5世界@名無史さん2017/02/20(月) 23:12:51.970
劉備は漢を自称したけど
曹丕のは全然別の王朝なんだから変わるだろ国号

6世界@名無史さん2017/02/20(月) 23:17:37.480
姫氏って時点で不勉強バレバレ

7世界@名無史さん2017/02/20(月) 23:31:11.600
斉(蕭)→梁(蕭)
て例もあるから
ほんと国名変更の法則わからん

8世界@名無史さん2017/02/20(月) 23:40:25.430
日本で王朝交替したら、と考えてみたが、
多分日本という国号が出て日が浅いときなら変えるだろう。
もっと後代なら完全に日本という国号が定着してるから変えなさそう

9世界@名無史さん2017/02/20(月) 23:41:12.770
苗字が違う
一族が違う
からじゃね?

10世界@名無史さん2017/02/21(火) 00:26:08.200
新羅は王家が変わっても新羅のまま

11世界@名無史さん2017/02/21(火) 08:55:36.790
南斉→梁は同姓のいとこなのに新国号

12世界@名無史さん2017/02/21(火) 09:44:30.500
後唐

荘宗李存勗 ー(義子)- 明宗李嗣源 - 閔帝李従厚 -(明宗の義子)- 末帝李従珂

明宗即位の時、国号を変えて新王朝とすべきかどうか大いに議論

13世界@名無史さん2017/02/21(火) 10:56:14.830
首都があった地方の名前だろ

14世界@名無史さん2017/02/21(火) 13:05:04.830
五代といえば、後周も他姓が2代目だね

郭威-->柴栄--柴宗訓

15世界@名無史さん2017/02/21(火) 17:01:18.890
どこに封じられたかで違うだけ
田氏は簒奪前にはどこにも封じられず、実権を握っていたがただの臣、簒奪後に周王に斉に封じられたから斉王
趙氏、韓氏、魏氏はそれぞれ封じられた土地がその名前だった
曹丕は曹操が魏に封じられて、魏王を継いでるし、司馬炎は自身が晋王に封じられてる

16世界@名無史さん2017/02/21(火) 21:31:11.650
戦国時代に燕で一時的に革命があったな。
統一帝国で最初に禅譲、国号が変わったのは王莽の新?

17世界@名無史さん2017/02/23(木) 01:48:16.550
ところで国号って何?
天に一国しかないんだから必要なくね?

18世界@名無史さん2017/02/23(木) 02:54:34.540
倭や朝鮮などの蛮族のために必要だろう

19世界@名無史さん2017/02/23(木) 03:42:34.320
元という抽象国号が出てくるまでは、基本的に周の時代の地域名が中国文明圏の構成単位として意識されていて
その構成単位が「天命」をうけるって考えられていたのかな?

20世界@名無史さん2017/02/23(木) 12:20:14.220
国号というなら「元」ではなく「大元」な。

>>17
国号の無い国ならそれこそたくさんあるで。特に中近東に。

21世界@名無史さん2017/02/23(木) 16:43:03.810
>>19
>その構成単位が「天命」をうけるって考えられていたのかな?
天命を受けるのは地域じゃなくて個人だよ。姫昌(周 文王)とか。

>>17
本当は国号じゃなくて王朝名が正しい。

22世界@名無史さん2017/04/17(月) 01:03:28.260
>>1
王族が入れ替わったのに国号を変えないと乗っ取りの印象が強くなるから
国号を変えれば馬鹿馬鹿しいチャイナ独自の屁理屈の「液性革命」が通るが、国号を変えないと乗っ取りと言われる

23世界@名無史さん2017/06/20(火) 23:50:19.090
昭和の頃は
まだ私立中学校もいまほど多くなかった
中学生大好きなおれとしては
電車内でもなかなかターゲットいなくて苦労したわ
そんななかでも見つけたターゲットの私立の中1くらいの子は置換慣れしてなくて最高だったな
細い足、まだ肉の付いてないお尻
生えてるけど、まだ薄くて柔らかいアソコの毛
彼女から出てきた分泌液を彼女の前でペロリとした時の表情
後ろの穴に中指第一間接まで入れたまま一駅過ごして、彼女の腸内?の温もりを指に感じたり…

24世界@名無史さん2017/06/23(金) 23:39:02.710
例えば李淵って唐って土地のなんかの役職に任命されてるわけ?

25世界@名無史さん2017/06/24(土) 00:42:30.370
>>22
滅亡より乗っ取りのほうが印象悪いのか

26世界@名無史さん2017/06/24(土) 01:22:55.000
>>24
李淵の祖父李虎は北周建国の功臣として唐公の爵位を与えられた。その時すでに本人は
死んでいたが息子の李ヘイが唐公を継いだ。李淵もそれを継いだのだろう。北周は臣下である
隋王楊堅に禅譲を迫られて滅んだが、隋は北周の臣下や爵位もそのまま引き継いだはずである。

>>25
公式には滅亡じゃなくて禅譲だよ。蜀の劉禅みたいに平和に生きられる建前になっている。実際には
族滅されることが多いけど。

27世界@名無史さん2017/06/27(火) 20:29:36.340
オラ今まで300回くらいソープ行ったけど
5万円以上の店なんて1度も行った事ねぇだ

28世界@名無史さん2017/06/28(水) 23:34:55.530
>>854
たぶん、これから、小型カメラの高クオリティ化・量産化が進んで、もっと凄い時代が来るよ

それこそ、日本に住んでいて、局部を撮られてない女性は居ないくらいに

29世界@名無史さん2017/07/01(土) 23:49:59.420
紅巾賊はなぜ呉から明に名前を変えたのか

30世界@名無史さん2017/07/02(日) 16:00:41.720
国号ってWikipediaで見ると、日本語、中国語、韓国語のみっつしか記事がない。
(一応ベトナムにもあった筈だが記事が立ってない)
国名とは別の「国号」という概念は東アジア独特なものということなのか!?

31世界@名無史さん2017/07/02(日) 16:15:20.460
>>30
唐と宋は同じ国だが王朝も政権も違ってて国号も違う
政変で王朝と国制と国号が変わったと見るべきである
北魏から宋まで何度も政変があったが同じ国の歴史と見ることができる
だがその国は宋で滅びて次代の元は別の国

32世界@名無史さん2017/07/03(月) 07:41:40.850
>北魏から宋まで・・・同じ国の歴史と見ることができる
唖然・・・

33世界@名無史さん2017/07/03(月) 18:17:11.760
五代の後梁と後唐の間で途切れておますがな

34世界@名無史さん2017/07/03(月) 19:18:32.310
後唐は唐の節度使を継承しているので、その系統で唐を引き継いでいる

35世界@名無史さん2017/07/03(月) 19:56:06.220
節度使なんて臣下じゃん

36世界@名無史さん2017/07/04(火) 01:23:44.000
>>32
文句があるならはっきり言え
「唖然」だけで何か言った気になってるのか?

37世界@名無史さん2017/07/05(水) 06:10:49.010
後梁は大唐から禅譲されて建国、その後梁を放伐して後唐は建国

38世界@名無史さん2017/07/05(水) 08:49:47.980
禅譲されたとしても、法制度、官僚組織、地方組織、全部を根本的に改変するわな。
連続性はない。
大唐の復興と自称した後唐、南唐であっても同じではないし。

39世界@名無史さん2017/07/05(水) 09:53:23.410
うんこブリブリ

40世界@名無史さん2017/07/05(水) 10:03:33.860
自分が皇帝になったら他人のお古の国号なんて替えたいじゃん

41世界@名無史さん2017/07/05(水) 13:49:19.800
>>38
大唐と五代の間で、「法制度、官僚組織、地方組織、全部を根本的改変」されたというが、
具体的に説明してくれ。

どの王朝もそうだが、開始後すぐに制度全部を改変することなんてない。
長寿王朝はだいたいが前王朝からの制度を引き継ぎ数十年たって少しづつ整備されていく。
短命王朝の続いた5代の間で毎回「全部改変」なんてやっていたとは思えないのだが

42世界@名無史さん2017/07/05(水) 14:45:11.470
旧新唐書、旧新五代史どれも積ん読の奥底に沈んでいるので、今すぐには・・・
んで5年ほどのうちに引っ越す予定なのでそのあとには。

43世界@名無史さん2017/07/05(水) 15:03:15.700
わからないのに決め付けてるわけ?

44世界@名無史さん2017/07/05(水) 15:27:54.340
>>42
五代の制度史なら文献通考や五代会要だろ

45世界@名無史さん2017/07/05(水) 15:31:54.210
スレタイのなんで〜の答えとしては五行説でせつめいつくんでないか

46世界@名無史さん2017/07/05(水) 15:34:32.340
古代史に凝ってたのは古代十国スレがあったころ。
いまはもう熱も冷めた。

47世界@名無史さん2017/07/05(水) 16:11:03.430
古代と五代を間違える人が、五代の制度継承の議論に口を挟むとは、、、、

48世界@名無史さん2017/07/05(水) 18:11:05.410
直前に「古代」を含む文章を書いていたのでな、はっはっは

49世界@名無史さん2017/07/05(水) 19:17:54.830
>>41,>>38
五代の中央官制は基本的に唐末のものを継承しているが、節度使が皇位に就いた
ことから節度使官制も中央に取り入れられている箇所がある。

宰相にあたる同中書門下平章事はそのまま
宰相府に相当する中書門下省もそのまま

軍の人事財政等を管理した枢密院は、唐末に宦官が占有していたが、
五代に入り宦官排除のため祟政院と名称変更して武官が就任するようになり、その後再度枢密院の名称に戻った

財政職は、唐末の複数の財務職の上に後唐時代に三司職が新設されたが、
配下の官職官庁はそのまま唐末を継承した

軍事長官は名称は何度も変更され、職務権限も増大したが、これも基本的に唐末の制度が発展したもの。
唐末は地方長官である節度使が軍事力を有し、中央軍はなく統制ができなかった。
そこで宮殿警護兵を増強し、これが中央軍化していった。名称は何度か変わっているが、
一般的には禁軍と呼ばれる。五代の間に名称を変更しつつ節度使の軍隊を吸収し強大化した。

地方制度は唐末の節度使時代から、藩鎮ごとに若干の違いがあり、五代の節度使は
それらを継承している。後唐と南唐の制度の違いは、中央官庁と節度使の違いであり、
根本的に改変されたわけではない

50世界@名無史さん2017/08/05(土) 01:14:20.870
EX DOLLすごい、新時代に突入か!?
https://www.youtube.com/watch?v=OqEBF2F-4z8

51世界@名無史さん2017/08/29(火) 11:29:04.320
>>1
王朝毎に変えたのは「国名」ではなく「国号」だね

52世界@名無史さん2017/09/09(土) 23:25:53.880
たぶん、逃げる間も無かったんじゃないかな?
盗撮で捕まった経験あるけど、警察来るの、滅茶苦茶早かったぞ
目撃者に発見されてから、ものの2,3分も経ってなかったと思う
もちろん、服の色とか身長、体重などの情報は伝わってるだろうし
その周辺をパトカーが複数台で探し回るからな

たぶん、即通報されてたら、桐生祥秀でも走って逃げるのは無理だと思う

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