もしもミシシッピ文明圏があったら [無断転載禁止]©2ch.net

1世界@名無史さん2016/06/30(木) 01:37:51.350
世界四大文明のように、ミシシッピ川周辺に現代世界に影響を
及ぼすような文明圏が存在していたら、どんな歴史を刻んだの
だろうか。

798世界@名無史さん2017/08/06(日) 04:09:06.610
奄美島が平家の残党によって制圧されるまでを記した史料
http://blog.livedoor.jp/neoairwolf/archives/44983288.html

799世界@名無史さん2017/08/06(日) 20:35:58.460
>>797
北米先住民と一口に言っても千差万別。
コロンブス第一回航海で遭遇したバハマのタイノ人は友好的で温和だったが、
西海岸のバンクーバー島あたりのインディアンはどうっちかというと
わりあい「文明も経済もあった尚武の民」。
気候も亜寒帯に近い温帯で、冬は雪も降る土地。
ポトラッチを引き合いに出すまでもなく北米大陸の中でも富裕なほうで、大型カヌーも
交易用と軍用とを用途に応じて使い分けていたほど。

ミシシッピ川流域をしのぐ人口密度だったあの一帯を
太平洋を漂ってへとへとの落人が攻め獲れるかな?

800世界@名無史さん2017/08/06(日) 20:43:09.490
アラスカからカナダの太平洋沿岸には、船着き場を見下ろす高台に
要塞(トリンギット語でヌーウ)が建造されていた。
北米大陸西海岸では最大の土木建造物とされている。

アラスカ南部のシトカ市はヌーウのふもとに建造されて現代に至る都市。
かのロシア人もこのヌーウを交易の拠点に流用していたほど。
ちなみにヌーウからは多数の寛永通宝も出土している。

北海道アイヌのチャシ、カムチャツカのゴロディシチェとの関連性を指摘する説もあるようだがいまだ謎多いまま。

801世界@名無史さん2017/08/06(日) 21:05:17.920
>>800
ちょっと調べてきた:

1802年、ロシアに占拠されていたシトカ城塞(元ヌーウ)を奪還するため
挙兵したトリンギット族の重武装兵の図w
https://warriorpublications.wordpress.com/tag/tlingit/

木製甲冑とはいえフル武装&この時期に銃を駆使でしたか・・・
中段にはインディアンの鍛造によるらしき鉄製の短剣(((ガクブル)))

802世界@名無史さん2017/08/10(木) 22:46:40.230
アリューシャン列島のアレウト族にはなんと
人体のツボを骨や石の鍼で刺激するはり治療技術が伝わっていた。
当然、各ツボに名称が付けられており、たとえば
背骨に沿った縦に並ぶツボはアレウト語で「チュグギダールム(竹のふし)」と呼ばれていた。

あれ?アラスカに竹なんか生えていないよな?
そう、アジア(おそらく日本列島かそれ以南?)からアリューシャン列島の海岸に漂着する竹を
頻繁に拾っていたため、竹の存在を知っていたという次第。

大黒屋光太夫一行の難破船もアムチトカ島へ漂着したくらいだ。
けっこう日本列島からいろいろなモノ(ときにヒトも)が流れ着いたことだろうな。

803世界@名無史さん2017/08/10(木) 23:41:07.650
ツボ治療といい、ミイラ作りの風習といい、あと笠をかぶる風習といい・・・
どこかこうアジア文化の気配を感じるんだよね。
たまたまなのかな。

宮岡伯人著「北の言語 〜類型と歴史〜」に
「環北太平洋沿岸文化圏」の諸民族のこういった類似点(言語・宗教・物質文化等)を
沢山例に挙げているので興味深いよ。ご一読を。

804世界@名無史さん2017/08/10(木) 23:49:32.930
カムチャツカかアリューシャンか、あの辺の民族のどれかの言語で、ウニのことを「アウーナ」と言ってたような
TBS系の新世界紀行だったかNHKだったかで昔見たような
まさか日本語のウニと語源上の関連があるとも思えないけど....

805世界@名無史さん2017/08/11(金) 00:26:03.730
アイヌ語でウニのことをノナ(nona)というが、まさかね・・・

ちなみに青森の下北半島や北海道ではウニの種類によって呼び名が異なり、
キタムラサキウニ・・・ノナ
エゾバフンウニ・・・・・ガゼ、ガンゼ
と呼び分ける。
もとは下北半島にいたアイヌが使っていた呼称を和人が拝借したのが由来だそうな。

806世界@名無史さん2017/08/11(金) 20:34:46.220
樺太アイヌの社会では、有力者に限って遺体をミイラ加工する風習があった

807世界@名無史さん2017/08/11(金) 21:31:00.580
ミイラは確実に本土の方が古いから和人の風習が伝わったんだよ

808世界@名無史さん2017/08/12(土) 05:24:33.750
日本本土が奈良平安時代のころ、北海道ではアイヌ文化の前段階である擦文時代(こすって文様をつけた土器の時代)だった。
擦文文化の特徴は、墓地がほとんど発見されない事。
これは人口がすくないという意味ではなく、当時は風葬が行われ、遺体が消失してしまったかららしい。

この風葬は本土の古墳時代の「モガリ」が伝わったものらしい。
やがてアイヌ文化の成立以降は遺体は土葬されるようになったが、樺太アイヌ社会では「周圏論」で古い風習が残り
モガリが発展したミイラ葬が成立したようだ。

809ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP 2017/08/12(土) 08:18:02.650
>>802
漂着物でしか竹を知らないとなると
どんなものだと思ってたんだろか
ちゃんと植物だってわかったのかなぁ

バロメッツ並の奇怪な生物みたいなの創造してたりしないかなww

810世界@名無史さん2017/08/12(土) 11:52:41.260
バンクーバー島付近、アメリカカナダ国境地帯は水陸の資源に恵まれた地域。
山には良材があり、海には無尽蔵の水産資源がある。
だから豊富な食料で余暇を楽しみ、トーテムポール他木材加工技術も発展した。

北海道も同様の環境だった。
だが近世の和人に搾取されてしまった。

811世界@名無史さん2017/08/12(土) 21:55:27.570
NW(北米大陸北西海岸)は漁業と林業には恵まれた土地だが、
農業にはとんと向かない立地だよね・・・
リアス式海岸で平地が乏しく、海からすぐ急峻な山がそびえ立つ地形。
暖流(黒潮)が豊富な湿気を運んでくるので雨天と曇天が一年の大半を占める・・・と。

だが先住民も決して農耕に関心がなかったわけではなく、
タバコ(嗜好用)とヒナユリ(食用)は栽培されていた。
けど「農耕文明」を打ち立てるほどの大規模農耕には至らなかったんだよね。

「定住し階層分化もしたのに狩猟採集民のまま」って、縄文時代の日本と似ているわ。

812世界@名無史さん2017/08/12(土) 22:19:06.080
北米大陸を文化領域ごとに色分け:
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4d/Nordamerikanische_Kulturareale_en.png

こうみるとミシシッピ本流域って、複数の文化領域にまたがっているんだな。
こういうほうが多様な文化様式や特産品を交換できて
文明発生にはいい条件なのかも。

813世界@名無史さん2017/08/12(土) 23:36:26.700
それほど多様性はないし距離も遠いので文明発生条件にならなかった。

814世界@名無史さん2017/08/12(土) 23:39:33.060
北米は農作物のバリエーションが乏しくてね・・・

815世界@名無史さん2017/08/12(土) 23:49:18.770
穀物・・・トウモロコシ、ミナトムギクサ、ブタクサ
豆類・・・インゲンマメ
根菜・・・キクイモ
嗜好品・・・タバコ
果樹・・・ハヤトウリ、ポポー
家禽・・・シチメンチョウ
家畜・・・イヌ(荷役用)

ミシシッピ流域に範囲を限ると、この地域で栽培・飼育されたものってこれで全部ジャマイカ?
そういや繊維作物がないんだな。野生のイラクサとかを紡いでいたのかな。

816世界@名無史さん2017/08/13(日) 20:35:22.080
一日経って気が付いた;

↑カボチャが抜けていたorz

817世界@名無史さん2017/08/13(日) 21:32:02.430
ブタクサの種子って食べられるのか
だとすればオナモミ類(いわゆるひっつきむし)の種子も食べてたのかな
キク科つながりでヒマワリの栽培化もこのあたりでは?でも全部穀物というより油糧作物か

8188162017/08/13(日) 21:52:35.810
(((アワワ))))

↑ヒマワリも抜けていたorz

北米東部原産の油料作物なのにィィィィ

819世界@名無史さん2017/08/13(日) 22:10:45.100
>>817
メキシコ原産のオオオナモミ、調べてきた。

コロラド高原のズニ族(メキシコ国境に近いニューメキシコ州ね)は
実を炒って食用に、油を絞って食用や医療用に、と多彩な用途に供していたそうな。

ヒマワリの栽培化は(諸説あるが)オハイオ川流域(五大湖南方の平地)説が有力。
紀元前2200年頃栽培化、とあるので、トウモロコシ伝来よりはるかに古いんだな。

820世界@名無史さん2017/08/23(水) 21:29:56.440
しかし北米の東海岸は
中西部と比べると農耕開始がとても遅かったのよ、なぜか分からないけど。
ニューイングランド地域でのトウモロコシ栽培の開始が紀元後650年頃。
採集狩猟や漁労だけで食糧獲得が事足りる環境だったからかな。

オハイオ川流域のような巨大建造物も築かれなかったようだし。

821世界@名無史さん2017/09/01(金) 22:25:59.680
北米大陸にトウモロコシ以外の穀物はないのか、と調べてみたら・・・あった。

イネ科スズメノチャヒキ属の雑穀、サウウィ(英語名メキシカン・パニックグラス)。

コロラド高原からメキシコ北部にかけて栽培されていた雑穀で、乾燥に強かった品種。
トウモロコシと同じように、製粉してトルティーヤ状に練って焼いて食べた様子。
厳しい乾燥でトウモロコシが育ちにくい土地にだけ残存した雑穀なのかも。

822世界@名無史さん2017/09/01(金) 22:55:53.240
河出書房新社「千年前の人類を襲った大温暖化 文明を崩壊させた気候大変動」
ブライアン・フェイガン著より:

第5章「イヌイットとカドルナート」
「・・・セイウチの牙は銛先に適しており、丈夫な素材だったが、非常に珍重された鉄とは
くらべものにならなかった。
鉄がアジアからベーリング海峡一帯に初めて伝わったのは二〇〇〇年ほど前だった(正確な年代は明らかではない)。」

「シベリアのデジニョフ岬、エクヴェン村。西暦一一〇〇年、暖炉から立ちのぼる煙が家のなかに充満し、
鯨の骨で作った垂木のあたりに漂う。その下では捕鯨船の二人の船長が静かに話をしている。一人は
地元の人間で、もう一人は海峡を越えてきていた。現在の(アラスカ州)ポイントホープの近くにあり、
この当時イピウタックと呼ばれていた夏用の村で、超自然と強力な関連のある場所からやってきたのだ。
晩夏の好天の日を選んで海峡を渡ってきた客人は、数時間前に到着したところだった。
 彼はうまい時期を選んでやってきていた。いまでは南寄りの強い風が海峡を吹き荒れているからだ・・・」

狩猟採集社会でありながら大規模な定住集落、明確な階層分化と生業の分業制、
副葬品を伴う墳墓や祭祀用の公共建造物の存在、トナカイ遊牧民や海洋漁労民との遠距離交易・・・

高度な文明圏や統一王朝の興隆・・・は苦しくても、
新旧大陸を股に掛ける独自文化圏の発生はありえない話ではないかも。
旧大陸で類例を挙げるなら、中央アジアのオアシス都市国家群?

823世界@名無史さん2017/09/02(土) 20:39:45.820
 
イロコイ連邦 - Wikipedia
ヌーベルフランス - Wikipedia
ここまでは、インディアンも頑張っていた
というか、フランスが頑張れなかっただけかもだが
人口の膨張速度というか国力の成長速度の英米との差か

フランス領ルイジアナ - Wikipedia と
ルイジアナ買収 - Wikipedia と
ヌエバ・エスパーニャ - Wikipedia 
の地図で食い違ってるところがあるのは、どう考えたらいいのか

テカムセの戦争 - Wikipedia は1811年だから、このあとか

メキシコや南米はまた別に考えないといけないが

824世界@名無史さん2017/09/09(土) 20:41:45.210
 
戦国時代から江戸時代初期の人口倍増期を経て
日本の人口が増加を止めるのが1721年頃
このころに全国一斉に産児制限を行ったと思われる
(中絶、子殺し、捨て子など)
この時期に、そうではなくて日本人が鎖国をやめて
世界各地に移民していれば世界史は変わっていただろう

特に新大陸に移民して、
インディアンにイギリス人に対抗できるだけの
火縄銃を質量ともにあたえることが出来ていれば

1701年 ビーバー戦争の終わり。

1722年 ラル神父戦争7月25日 - 1725年12月15日

1754年 フレンチ・インディアン戦争 - 1763年)
1775年 アメリカ独立戦争( - 1783年)。

825世界@名無史さん2017/09/10(日) 16:14:03.460
ひとまずアフリカを目覚めさせて南米に刺激を与え、さらに北米に刺激をあたえる

826世界@名無史さん2017/09/10(日) 21:39:09.620
>>824 海禁してても清代の中国人は海を渡ったのにな。最近じゃ日本も厳密な意味での鎖国はしてなかったというし、出ようと思えば出られたのかな。
そうしなかったのは国民性の違い?

827世界@名無史さん2017/09/10(日) 22:03:15.520
テカムセ

828世界@名無史さん2017/09/10(日) 23:01:09.020
>>826
日本人は基本的にお上への依存度が高いし、自発的な海洋進出はよっぽどの理由がない限りしないだろう。
或いは幕府が鎖国ではなく、明治政府のように対外進出を行ってたら違ったかも。

829世界@名無史さん2017/09/11(月) 01:01:10.330
近世まではキリスト教による思想汚染回避の為に防備を固める方を選んじゃったからなあ
もし天下統一したのが信長だったら積極的な海外進出してた可能性は高いと思う

830世界@名無史さん2017/09/11(月) 22:36:49.620
あるいは毛皮交易かセイウチの牙か捕鯨目的で
北千島→カムチャツカ→ベーリング海、へと開拓地を拡げる道もあったかも。

東進するロシアに押し出されるようにアラスカへ交易先を伸ばし、
ユーコン川で佐渡金山を凌ぐゴールドラッシュ、って展開?

831世界@名無史さん2017/09/13(水) 20:53:44.330
 
スペインとの国交が回復できてたら
メキシコ〜フィリピン間の往復船に日本人も大量に乗り込んで
日本人居住地がカリフォルニア州から東に増えていって
ミシシッピ川をはさんでイギリス人と決戦だ
フレンチインディアン戦争の勝敗をひっくり返そうw

832世界@名無史さん2017/09/14(木) 22:55:17.360
ルイジアナ・テキサス辺りは一面の稲田か

833世界@名無史さん2017/09/19(火) 09:34:01.410
>>832
> ルイジアナ・テキサス辺りは一面の稲田か
そこまで日本人が辿り着くのは大変そうだな
現地人にハナシを聞いて、ちゃんと日本の農生活が通用するところを目指せるかどうか
明治の史実だと途中で日本式に土着化しようとして、見事に大失敗したんだよな

834世界@名無史さん2017/09/19(火) 16:41:52.090
>>247
@東アジア文化圏   漢文
Aインド文化圏     サンスクリット
B中東文化圏      フスハー
Cヨーロッパ文化圏   ラテン語

D北アメリカ文化圏   オジブワ?クリー?スー?(ナバホとイヌイットや
それ系の語族はいくらなんでも寒すぎて文明には厳しい場所なので却下)
E南アメリカ文化圏   ナワトル語
F東アフリカ文化圏   ???
G西アフリカ文化圏   ???

835世界@名無史さん2017/09/19(火) 17:54:52.680
>>834
Fスワヒリ語
Gマリンケ語 スス語 アカン語 ヨルバ語 ハウサ語 フラニ語
追加
H南西アフリカ文化圏 コンゴ語 ルバ語 キンブンドゥ語
I南部アフリカ文化圏 ショナ語 ンデベレ語 ズールー語 ソト語

836世界@名無史さん2017/09/19(火) 18:21:57.070
D以下の民族は寒すぎて文明化しないとは限らないのではないかな
アジアでは女真族や東北の蝦夷を思わせる 中国には遼河文明があるが、
アナサジ族の岩の集落には高度な技術があるように思う
ハイダ語 トリンギット語 イロコイ語 チェロキー語 スー語 ナバホ語 アナサジ語

837世界@名無史さん2017/09/19(火) 19:01:36.590
文字は絵から発達した オーストラリアにも先住民の古い時代の壁画はある
しかも砂漠地帯が多い 
と言う事は、アラブやエジプト、インド、中国と同じ環境にあると考えても良いのではないだろうか
オーストラリアの先住民が都市文明を発達させたらどんな都市になるか面白そうだ
シュメールだって新石器時代からいきなり巨大建築を建設し出した訳ではない
宗教的オカルト・神秘主義・宇宙人説より実際の文明発展史の方が面白い

838世界@名無史さん2017/09/19(火) 19:48:48.020
アマゾンに入植した日本移民は、現地にインディカ種ではあるが米があったことで
なんとかやって行けた。

839世界@名無史さん2017/09/19(火) 21:24:42.910
>>834
西アフリカがニジェールコンゴ語なのは当然として、
東はエジプト語まじりナイルサハラ語でいきたい

840世界@名無史さん2017/09/19(火) 23:42:27.030
>>834
>寒すぎて文明には厳しい場所

シベリアを征服したロシア語とか
ユーラシアを股に掛けたモンゴル語とかあるからあまり気になさるなw

北米大陸だとリンガフランカとして覇を唱えそうな有望株は・・・
ミシシッピ文明(マウンドビルダーとかね)の担い手だったと思われるアルゴンキン語族とスー語族かな。
ダークホースは南北に分布域が広大なナ=デネ語族か。ナバホ語やアパッチ語が南部語派の一角ね。

841世界@名無史さん2017/09/19(火) 23:48:34.510
マジレスするとグレートプレーンズ(北米中央平原)の数十の部族で流通していた
身振り言語(手以外に腕全体も用いたので手話とは呼ばない)が史実でも有用だったな。

ナ=デネ語族は21世紀の今でもなお英語を訳して新造語を作り出せる造語力の高い言語。
現代生活の生活言語として順応力が高いのは、
寒い北方から草原や砂漠に広がった適応能力と関係ある・・・のかな?

842世界@名無史さん2017/09/19(火) 23:56:56.170
マヤとかはどういう扱いになるんだ

843世界@名無史さん2017/09/20(水) 00:02:08.100
あれは中米=メソアメリカ。

844世界@名無史さん2017/09/20(水) 00:22:52.080
まあ北米大陸にも(もしかしたらマヤやアステカに触発されたのかもしれないが)
象形文字は大陸のあちこちにあったから、文字文化の誕生は困難ではなかったかも。

南西アラスカのユフトゥン文字、東海岸の
ワンパム・ベルトやワラム・オラム文字やミクマク文字
そしてスー族など中央大平原諸族の「冬数え」などなど。

え?紙が存在しない?
カナダとか寒地ならば北欧・東欧みたいにシラカバの樹皮、
広葉樹林帯ならシカ革で羊皮紙のように加工するか、
メキシコ湾岸ならアステカやマヤの「アマテ」のようにイチジクの樹皮を石灰でなめすか、かな。

針葉樹が豊富な北米西海岸では木簡かな?

845世界@名無史さん2017/09/20(水) 00:49:17.880
北米の文字の話題は>423-460で結構スレ伸びていたんだな。

一見文字文化とは無縁そうなベーリング海峡をはさんで
シベリア側にチュクチ文字が、アラスカ側にユフトゥン文字が発生したのは不思議だな。
新旧大陸が貿易するなら、この文字にぜひ活躍願いたい。

846世界@名無史さん2017/09/20(水) 22:42:10.030
ベーリング海両岸地域のエスキモー社会は
「文明圏」に到達するにはちと足りなかったが、
遠距離交易を主軸とする「文化圏」としては結構いい線いっていた。
(同語族でもカナダやグリーンランドのイヌイットは家族単位での移住社会が専らだったのに対し)

・年間を通じ定住していた・・・捕鯨と漁撈が主生業のため大規模な集落を形成。
・公共性のある建造物の存在・・・記念碑を伴う墓地区画、祭祀専用の儀礼小屋等があった。
                     「文明」の定義の一つによく挙げられる要件。
・社会階層の分化・・・アラスカ太平洋岸のエスキモーは祭司・貴族・平民・奴隷に分化。
              文明発生の要件の一つかな。
・余剰生産物・・・ご存じポトラッチ文化圏はベーリング海峡両岸域まで伸びていた。
           食うや食わずの生活なら高床式倉庫がツンドラに立ち並ぶこともないわな。
・長距離交易網と航海能力・・・北米大陸側はデネ系インディアンとの内陸交易や
                    太平洋岸沿い(トーテムポールが盛んな一帯ね)に広がり、
                   アジア大陸側はレナ川流域やオホーツク海沿岸まで広がる交易網。
                   陸路はトナカイ橇、犬ぞり。海路は大型ウミアックやカヤック船団。
・リンガフランカの流通・・・これはアジア側のチュクチ語が担っていた。
                 北米大陸・アジア大陸両岸で交易言語として用いられた。
・文字の使用・・・上のスレで登場した、シベリア側のチュクチ文字とアラスカ側のユフトゥン文字。
           範囲を広げれば極東シベリアのユカギール文字も入る?
           やはり文字も文明を定義に挙がる要件。
           ただし民族叙事詩のような長期保存記録にはあまり用いられなかった様子。
・灌漑農耕は・・・あるわけないないw 文明発生の必須要件ではあるが。

あと役畜は・・・イヌとトナカイがいるからパスか。

847世界@名無史さん2017/09/21(木) 00:45:38.420
 
寒冷地方では人口が制限されるから
文明にまでは届かなかったろうな

848世界@名無史さん2017/09/23(土) 14:50:23.990
背後(シベリア側)にトナカイ遊牧民の世界が広がっていたから
行動半径はもともと広範囲だしいいんじゃね。
チュクチ、コリャーク、ユカギール等々。

普通の家族が夏と冬で野営地を1000km往復、なんてざらだしね。
ツンドラのトナカイ遊牧民ともなると。

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