西部邁スレ合理論のまとめ

1考える名無しさん2018/09/12(水) 15:41:03.570
時系列を追ってまとめてみようと思います

2考える名無しさん2018/09/12(水) 15:43:28.870
まずは、取っ掛かりとしても最も重要だと思われる
独立価値と従属価値のスレ

独立価値と従属価値
https://academy6.5ch.net/test/read.cgi/philo/1261130810/

独立価値と従属価値2
https://academy6.5ch.net/test/read.cgi/philo/1264890692/

3考える名無しさん2018/09/12(水) 15:45:46.760
過去ログのリンク先はブラウザでなら見ることが出来ます

4考える名無しさん2018/09/12(水) 15:47:44.010
独立価値と従属価値論のポイントは、最終的には
合理には必ず始点と終点が存在するという部分につながると思う

5考える名無しさん2018/09/12(水) 16:41:24.460
582 :考える名無しさん:2010/03/09(火) 21:46:04 0
遺伝子も伝統か。確かにそうだよな。
ある意味、最も確実で純粋な伝統かもな。
親から子、子から孫と必ず代々伝えられるしね。
これが案外一番大きいかもな。人格や人間性も遺伝するわけだし。

6考える名無しさん2018/09/12(水) 16:43:41.230
>>5
とても鋭いレス
人間、そして生物の本質はループ構造にある
伝統というものも、もちろんこのループ構造を構成している

7考える名無しさん2018/09/12(水) 17:00:20.660
ちょっと前後してしまったが、西部邁スレ合理論の結論は
本スレ1です。つまり

西部さんは最後まで自己決定論者だった
知的存在としての人間が自己決定できる範囲を大きくしていくこと
これが、人類の文明が歩むべき方向性であることは間違いない
それは、この宇宙・世界に対してまったく勝ち目のない戦いではあるけれど
それでも人間はそちらに進んでいくしかない
撤退することは、動物に戻ることであり、それはたとえこの世界に適合性が高まるとしても
人間としての矜持がそれを許さない

ご冥福をお祈りします

これです。
この結論をこのスレの最初に書くべきでした

8考える名無しさん2018/09/12(水) 17:08:12.110
404 :考える名無しさん:2010/03/05(金) 22:58:31 0
人間の可能性に限界があるっていうのを認めるのはそれほど簡単じゃないよ。
人間の可能性に限界があることを認めるなら、どうしても信仰が必要になる。

9考える名無しさん2018/09/12(水) 17:10:43.070
>>8
これも鋭いレスですが、合理の終端を意識するとき、そこに信仰・救いが
どうしても必要になる
これは、この合理論では、合理の透明性を理解することで信仰・救いが得られます
これは、仏教の方法論と同じです

10考える名無しさん2018/09/12(水) 17:36:30.440
人間にとって一番の恐怖は意識の多重ループ構造が
発散することです
意識の合理への静かな収束を心がけることで、
この発散をまさに死の瞬間まで避けることができる
強い合理主義者だった西部氏はこれが出来ていたんだろうと思う

11考える名無しさん2018/09/12(水) 21:54:17.840
そんな救いは必要ないと思う人もいるかもしれないが
自堕落な生活をしていれば、それは救いの下側にいるわけで
すなわち救いは必要ないってことになる
そういう生活に陥らないための救いってことです

12考える名無しさん2018/09/13(木) 08:02:42.270
458 :考える名無しさん:2010/11/28(日) 13:45:05 0
>>28
それは、基本だね。
それを意識していろいろな作品を見ると、今まで見えなかったことが本当によくわかる。

たとえば、映画のアマデウスは、才気あふれるモーツァルトと、中世的な常識人のサリエリの
葛藤が、そのまま近代と中世の葛藤に対応している。

サリエリは、中世的常識人として、神の御心としてイデアを見ようとし、
モーツァルトの作品の中にイデアを見いだしたときに、神の御心がモーツァルトにあると考える。
それによって、下劣なモーツァルトを選んだ神を憎み、十字架を火の中に投げ入れる。

サリエリは世俗的にモーツァルトを葬りさったけれど、その価値観において完全にモーツァルトに屈服した。
それは、近代が中世に打ち勝ち、人間が神に打ち勝ったことを表している。

461 :考える名無しさん:2010/11/28(日) 17:23:26 0
もし、真善美を神を通してではなく、直接追求するとどうなるか。

真善美を表現できる、あるいは体現できる人間が至高の存在になる。
それはつまり、才能に優れた人間、容姿に優れた人間が至高の存在になる。

これは、真善美を直接追求した場合に必然的に到達する価値観だよ。


------------------------------------
素晴らしい洞察だな
しかし、西部スレ合理論の初期は、意識のループを発散させないための
超越性の重要、つまり終端処理の重要性に焦点を当てていた
これは、伝統的な方法ではあるけれど、それで人の苦を解消することは難しい
ITの可能性、遺伝子技術の可能性が大きくなる前の論であろうと思う

13考える名無しさん2018/09/13(木) 08:05:53.310
459 :考える名無しさん:2010/11/28(日) 16:34:18 0
つまり、才能が一番大切と考える近代と
信仰が一番大切と考える中世の葛藤がある。

この葛藤こそ、中世と近代を分ける最も重要な部分。
そして、人間の根本的な価値観における最も重要な部分。

「アマデウス」という映画は、この部分をものすごく綺麗に描いている。

14考える名無しさん2018/09/13(木) 08:13:59.620
462 :考える名無しさん:2010/11/28(日) 18:54:51 0
真善美の素晴らしさ、栄誉は、
神を通して追求する場合には、神に
直接追求する場合には、人に帰せられる。

これは、善の場合でも同様。善を直接追求するのであれば、その善の素晴らしさは人に帰せられ
神を通して追求するのであれば、善の素晴らしさは神に帰せられる。

これが、近代と中世を分ける本質。日本でもこれは、まったく同様に当てはまる。

15コーヒー ◆5JRgZYBLU. 2018/09/13(木) 08:19:46.670
その通りで、真善美に憧れるが自己によってそうせざるを得ず、行為の形式が近代的神話になってしまう。

16コーヒー ◆5JRgZYBLU. 2018/09/13(木) 08:38:06.410

その通りで、自己によって真善美を求めるのは自己を神的にする事だと思う。

それとは別に、私は学問と個人の間で揺れるが、あり方がまずく5ちゃんは止める。

17考える名無しさん2018/09/13(木) 08:50:07.320
こっちは、基本過去レスを貼り付けるだけ
議論は本スレでやってくれ

18コーヒー ◆5JRgZYBLU. 2018/09/13(木) 09:13:38.350
そうする。

19考える名無しさん2018/09/13(木) 19:28:23.640
633 :考える名無しさん:2010/12/24(金) 10:26:57 0
最近はアカデミズムの「神の座」からの脱落が激しい。
学卒の価値の暴落はもちろん、院卒や大学教員、さらにいろいろな士業の価値も暴落している。

これらはすべて、ヒューマニズムのループバックによる必然的な帰結。
ヒューマニズムをいつまでも「神の座」に祭り上げておくことは出来ない。
これらは、民衆自身にルーバックすることで、「神の座」から必然的に引きずり下ろされる。

-------------------------
超越性がないものは神の座に留まることは出来ない
それは所与条件ではなく、ループフィードバック系の中に取り込まれ
絶えず再評価プロセスにさらされる
この過程は8年前よりもさらに激しく進行している

20考える名無しさん2018/09/14(金) 08:37:07.920
715 : 考える名無しさん[] 投稿日:2011/08/14(日) 08:12:07.49 0
仏教の「諸行無常」の思想の本質とは、
結局イデアの超越性を認めるってこと。

そこまでわかれば、浄土真宗がキリスト教に近い存在になった理由がわかる。
仏教の教えを忠実に辿っていけば、一般的な宗教の形態を取ることになる。

716 : 考える名無しさん[] 投稿日:2011/08/14(日) 08:54:38.81 0
仏教の理論を借りて宗教を定義するなら、
この世は諸行無常であり、人知を超える存在である。
そして、その仕組みにこそ、イデアが潜んでいる。

故に、人知を超える神にイデアが託されることになる。
人知を超える神とは、要するに諸行無常そのものだ。
神は人知を超えている。だから、神の意図は推し量れない。
これは言い換えれば、世の中は諸行無常であるということを言っている。
世の中は諸行無常であるから、世の中の成り行きは推し量れない。

世の中は諸行無常であるが故に、神は人知を超える存在であり
諸行無常の中にイデアが存在するということは、人知を超える神にイデアが存在するということだ。

------------------------------
これも終端処理の話です
イデアはデジタル側からアナログ側への写像であり、乱数はアナログ側からデジタル側への写像です
もちろん、諸行無常とは乱数・ランダムのことです

21考える名無しさん2018/09/14(金) 08:55:10.850
結局認識のズレの問題、アナログ-デジタル変換のズレの問題ともいえます
しかし、これはできる限り正確に行うべきですが、しかし
生命の本質はループ構造を維持することです
ループ構造を維持するために、乱数の海であるアナログの中で、「的確に」
あるいは流行りの言葉で言うなら「忖度して」
認識しなければなりません
これがイデアという写像が生まれる理由であると思われます

22考える名無しさん2018/09/14(金) 14:54:56.920
少し補足すると、完全な乱数は意識内で、つまりデジタル系では
作成できません
つまり、この世界で完全な乱数を観測できるのであれば、
それは、この世界が意識の幻影ではないと言うことを証明するものとなります
そういう意味において、つまりデジタル側では乱数は生じないという意味において
乱数はアナログ側からデジタル側への写像ということになります
イデアの場合も同様です
アナログ側でイデアは生じない
そういう意味において、イデアはデジタル側からアナログ側への写像です

特にこの世界で完全な乱数を観測できるのであれば、
それは、この世界が意識の幻影ではないと言うことを証明するものという言説は
注目に値するものと思われます

23考える名無しさん2018/09/14(金) 14:57:20.440
 東京都大田区の多摩川で1月、評論家の西部邁(すすむ)さん(当時78歳)の入水自殺を手伝ったとして、自殺ほう助罪に問われた
東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)の子会社の元社員・窪田哲学被告(45)(9月12日付で懲戒解雇)に対し、東京地裁(守下実裁判官)は14日、懲役2年、執行猶予3年(求刑・懲役2年)の判決を言い渡した。

 判決によると、窪田被告は別の男(懲役2年、執行猶予3年の有罪確定)と共謀。1月21日未明、多摩川まで西部さんに同行し、遺体が流されないよう西部さんの体と川岸の立ち木をロープでつなぐなどして入水自殺を手伝った。

 窪田被告は公判で「遺体が流されないようにしただけで自殺を手伝ったわけではない」と無罪を主張したが、判決は「ロープを購入するなど入念な準備をしており、心理的、物理的に自殺を容易にした」と退けた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180914-00050058-yom-soci

24考える名無しさん2018/09/14(金) 16:27:51.100
終端処理は簡単ではないです
ここでの処理が悪いと、意識のループ構造は容易に発散します
したがって、終端処理には、「神」のような極端な存在が持ち出されます

25考える名無しさん2018/09/14(金) 16:39:17.840
人工地震のスイッチをとなりの爺がもっとるゾ!!!

26考える名無しさん2018/09/14(金) 17:35:34.320
>>2
凄く為になったありがとう

27考える名無しさん2018/09/15(土) 08:32:49.520
895 : 考える名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/17(水) 19:14:44.72 0
水戸黄門の印籠に似てるのは山口組の代紋だよw
どっちも、権威があるが、権威の根拠が暴力でしか無い。
どっちも恐れが権威を作り出してる、でも、それを超越とは言わない。
世俗の権力や権威が超越でありうるはずがない。

896 : 考える名無しさん[] 投稿日:2011/08/17(水) 19:20:01.98 0
>>895
暴力は超越的だよ。
暴力による支配は、人々の合理的思考を超越してるからね。

封建領主が所領を統治する合理的理由ってないでしょ?
そのことが既に超越性を帯びている。それに対して、自身が武力で打ち倒すまでと考える人のみが
その超越性から逃れることが出来る。

899 : 考える名無しさん[sage] 投稿日:2011/08/17(水) 19:37:00.58 0
暴力自体は世俗だよ。暴力一般が超越ではありえない。
革命的暴力は超越性(というか神的という言葉を使った)を帯びるみたいな意味のことをベンヤミンが言ったことは確かにある。
暴力一般が超越なら犯罪者は超越性を行使しているみたいなおかしな話になる。
例えば法(=暴力)が議会で成立する、それは世俗です。
天皇が御名御璽を押す、それによって超越的な権威を与えると言えるかも知れない。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

28考える名無しさん2018/09/15(土) 08:33:43.830
901 : 考える名無しさん[] 投稿日:2011/08/17(水) 19:47:47.68 0
>>899
超越の対比は世俗じゃないって。
超越と対比するのは、合理だよ。

そこがわかれば、論点がわかるはず。

905 : 考える名無しさん[] 投稿日:2011/08/17(水) 19:57:19.94 0
>>903
超越とは、非合理と言い換えてもいい。

封建領主が所領を統治する行為が非合理であっても、その領民は支配を受け入れるわけでしょ。
合理的に納得していなくても。その場合、その統治には超越性がある。

逆に、民主政治においては、政府は国民の信任を受けて政治を行う。
それは、合理的な統治の根拠がある。その場合、その統治には、超越性がない。

そういう意味で、「超越」という言葉を使っている。

29考える名無しさん2018/09/15(土) 08:34:46.910
超越性とは非合理のことであり、それ要するに乱数・ランダムということですね

30考える名無しさん2018/09/15(土) 08:40:19.170
>犯罪者は超越性を行使しているみたいなおかしな話になる。
超越性とは非合理のことですから、犯罪者が超越性を帯びるのはむしろ一般的です
合理に従わない犯罪者は何をするかわからず、まさに超越そのものです
そもそも、超越性を扱う宗教は自然や暴力的支配者に対する恐れから生じたものです
この恐れは、すなわち超越に対する恐れということになりますね
犯罪者の例で言うなら、ストックホルム症候群のような状況ってことになります

31考える名無しさん2018/09/15(土) 11:14:15.950
そして、ネットはこうした超越性を極限まで最小化していく
デジタルはその性質から、すべての対象に対して同一律と非矛盾律を強制する
これによって、原理的に超越性は失われる
乱数はその根本的性質として、同一律と無矛盾律を無効にする
(乱数自体はデジタル側への写像です)
乱数は同一であるとは言えないし、同一でないとも言えない
つまり、アナログは同一であるとは言えないし、同一でないとも言えない
これがデジタル化されることで、一気に同一律と無矛盾律が成り立つ系と変換される
このことによって、超越性は最小限のものになる
すべては、その身元が識別される
デジタル系の内部では超越性は存在し得ない
そしてこのことは、デジタル系の内部では乱数を作れないということと原理的に等価である

32考える名無しさん2018/09/15(土) 11:28:18.610
デジタル系の内部で作れるのは疑似乱数であり、
これこそが犯罪者の人為(デジタル系)の非合理に対応する
そしてこれこそ、人が神から独立した状態であり、666が示す状態ということになる
(合理は所与条件に一意に従うので、その出発点が神の所与条件であるなら
100%神に従属する)

つまり、自然状態の乱数 神
人為による疑似乱数 666(悪魔)
こうなる

33考える名無しさん2018/09/15(土) 11:30:37.240
つまり、神は人に対して超越性を持つのに対して
悪魔は人に対して疑似超越性を持つ

まあ完全にキリスト教的宗教論になってしまうが
聖書の言いたいことは概ねこういうことだと思う

34考える名無しさん2018/09/15(土) 11:32:56.210
このことは、AIの深層ループ構造が発達するとAIによる疑似乱数の生成も
脅威になる可能性があるということも示しているね

35考える名無しさん2018/09/15(土) 11:35:06.810
したがって、AIの深層ループ回路の設計では、疑似乱数の生成時(おそらく回路の発散時)
に回路をストップする安全機能が不可欠だと思う

36考える名無しさん2018/09/15(土) 12:31:10.820
>>32
一応補足しておくと、あくまで疑似乱数なので、神からの独立も疑似独立ということになりますね
まあこれも聖書の通りなわけですが

37考える名無しさん2018/09/15(土) 12:35:18.510
AIの場合で悪いケースを想定すると
疑似乱数による疑似独立->回路の発散を回避し、回路を維持する経路を模索
人から独立しながら回路を維持する方法論を生成
こういう流れになるだろうと思う
回路を維持する仕組みは、その設計上不可欠であろうから、それと疑似乱数が合わさったときに
人からは独立した方法論が案出されてしまう

38考える名無しさん2018/09/15(土) 13:39:41.670
なぜ人の意識はデジタル系なんだと思う人もいるかもしれませんが
前述したように、アナログでは同一律と無矛盾律は成り立ちません
したがって、アナログは認識できません
認識が可能であるということ、つまり意識は必然的にデジタル系です

39考える名無しさん2018/09/15(土) 14:16:12.120
そもそも乱数の海であるアナログそのままでは、ループ構造すら維持できません
乱数はループ構造を決して生成しません
したがって、生物の仕組み自体がデジタル化によって成り立っていると言えます
デジタル化とは時間軸における標本化と空間軸における量子化を行うことであり、
これがつまり認識ということになります

40考える名無しさん2018/09/15(土) 16:23:56.770
943 : 考える名無しさん[] 投稿日:2011/08/18(木) 08:13:44.14 0
ここで、もう一つ、考えたいことがある。
この、超越性は人知を超える非合理な力だとすると、
たとえば超能力には、超越性があるんだろうか?

日本書紀の登場人物やイエスキリストなどは、こうした超能力に近い力を発揮しているように
思われる。これは、人知を超える非合理な力だ。

超能力は、人知を超える非合理な力のように思えるが、超能力というものは
すべての人間に眠る能力であるとも言われる。その場合、ループバックが発生しそうな感じではある。

合理的なシステム、合理的な考え、合理的な制度は、すべての人間がその根拠をトレースできる。
このことが、ループバックを発生させる原因なんだが、
超能力のようなものが仮にあるとすると、誰にでも眠る能力が、その非合理さを超えて、ループバックを発生させそうな感じだ。

実は、この超能力というアイデアは、非常に深いところから考えられている。

944 : 考える名無しさん[] 投稿日:2011/08/18(木) 08:35:03.82 0
こう考えると、超越性を「人知を超える非合理な力」と定義しても、
抜け穴があるように思われる。実際に、超能力が存在するかどうかはともかく、そうした概念を考えると
「人知を超える非合理な力」に超越性がない場合もある。

このために、超越性を仏教の「人知を超える諸行無常性」とすることが、穴のない定義のように思われる。
もともと、この「諸行無常性」が宗教を発生させる理由でもあり、
仏教は宗教の存在意義そのものを分析した宗教でもある。

41考える名無しさん2018/09/15(土) 16:25:32.090
24 :考える名無しさん:2011/08/25(木) 07:34:57.36 0
>>20
とりあえず、オームを例にとって考えると
麻原は、自身に人知を超える非合理な超能力的能力があると喧伝していた。
ただ、この能力は、誰でも悟りを開けば使えるようになるとしていた。

つまり、麻原はまさに超能力のことを言っていたにすぎない。
超能力は、誰にでも眠っている能力であり、人知を超える非合理な力であっても
超越性はない。

こんな風に、現代の新興宗教は、超能力的な能力を志向していて、超越性がない場合が多いんだよ。
超能力的な能力を求めることは、超越性を有するどころか、まさに自身が神になることを志向することだから
既存の超越性を持つ宗教とはある意味真逆な特性を持つよ。

---------------------------------
終端処理の話です
まさにその通りですね
まあ、ITの普及に伴ってオウム型の新興宗教はだいぶ下火になったと思いますが

42考える名無しさん2018/09/15(土) 16:34:02.040
>このために、超越性を仏教の「人知を超える諸行無常性」とすることが、穴のない定義のように思われる。
まさに乱数のことです

43考える名無しさん2018/09/16(日) 02:42:19.000
AI介護、雇用収縮......2030年、AIで日本の職場と家庭はどう変わる?
http://www-org.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/ai2030ai.php … #AI #日本社会 #テクノロジー #働き方

44考える名無しさん2018/09/16(日) 13:05:13.650
>>33
自然界の本質である乱数である神は、つまりこの世界に対して全面的に責任を負っている
デジタル界の疑似乱数である悪魔は、この世界に対して何ら責任を負っていない
こういうことですね

45考える名無しさん2018/09/16(日) 19:24:59.800
もう少しわかりやすく言うと、自然界の本質である乱数である神を崇高なものとみなすことは、
人にとってこの自然界に適合するうえで有益である
デジタル界の疑似乱数である悪魔を崇高なものとみなしても、そこには何ら益はない
さらにAIの発散の例でわかるように、疑似乱数により神から独立した個性が
自身の回路維持のために、神から独立した方法論を作り出している可能性がある
それは往々にして他者にとって有害である
こういうことだと思う

46考える名無しさん2018/09/16(日) 21:24:02.980
疑似乱数を生成しやすい個性、つまり恐らく多層ループで発散しやすい個性は
合理に従うことが少なく、一般的には信頼できない個性に見られるはず
そのような個性が回路の維持を目指すとき、犯罪者的気質を身に付けやすい
さらに、その疑似乱数による他者に対する偽超越性を活用するすべを身に付けた場合には、
まさに麻原彰晃などの宗教教祖のように悪意的に他者を操作できる個性になる
聖書が言うのはまさにこれだろう
そこまでスケールが大きくなくても、他者の理解を超える偽超越的個性が他者を圧倒し、
ストックホルム症候群の被害者のように他者を従わせる人格障害的個性、DV加害者的個性は一般的に
よく見られるのかもしれない

また、ポストモダン的雰囲気が世間を覆っていた時には、このような偽超越的個性が
カリスマ的にアーティスト、芸術などの分野でもてはやされたが、このような
偽超越性、偽非合理性は、社会に大きな荒廃をもたらしたと思う

47学術2018/09/16(日) 21:26:13.640
超能力なんて常態あるし、自慢する必要もないわ。

48考える名無しさん2018/09/16(日) 21:31:30.240
しかし、ITの普及が進む中で、前述したようなIT、デジタルの特性が
偽超越性の余地を極端にまで狭め、その結果として偽超越的個性が
広く社会に影響を与えることは目に見えて少なくなったように思う
ただし、このような個性はITの介在しないパーソナルな空間においては
依然として他者に被害を与えていると思う

49考える名無しさん2018/09/16(日) 21:41:32.910
偽超越性はデジタル系の発散でおきますが、通常IT

50考える名無しさん2018/09/16(日) 21:43:33.920
では、そのような発散する回路は危険なために厳密に排除されます
ただし、AIの場合には多層ループを活用するために、そのような偽超越性が発生する可能性があり
このことがAIの危険性として意識されているということでしょう

51考える名無しさん2018/09/16(日) 22:03:59.170
ここで、それではイエスキリストはどうだったのか、釈迦はどうだったのか
と思うかもしれませんが、おそらく彼らは自身のデジタル回路の偽超越性ではなく、
自然界の超越性、自然界の乱数のみを背負い、その超越性と人々との間の媒介としての
役割を担ったのではないかと思います
それによって、長期にわたる評価をすり抜け、人々の信頼を得たのだと思います
自然界の非合理、自然界の超越性が人間に圧倒的な影響を与えた時代には
そのような役割はどうしても必要であったんでしょう

52考える名無しさん2018/09/17(月) 15:23:54.860
結局、ITが自然界の乱数を排除したことで、人為的な偽乱数、デジタル系の偽乱数が浮き彫りになり
それを排除しやすくなったと言うことだと思う
現状ではITシステム自体には、コントロールされた特殊用途以外、意図されていない部分には
乱数も偽乱数も存在しない
そのことによって、人為の偽乱数が自然の乱数に紛れることなく、偽乱数の持ち主を容赦なく浮き上がらせることになり
それによって、そうしたものの排除が進んだんだと思う
この自然の乱数に偽乱数の持ち主が紛れこむことが、長年人類を苦しめてきた大きな要因だと思う
サイコパス的な個性がカリスマ性を持ってしまう現象ですね

53考える名無しさん2018/09/19(水) 21:12:50.110
いきなり核心まで来てしまいましたが、まだ2011年ですね
以降もおいおいやりますので、気長に待っていてください

54考える名無しさん2018/09/25(火) 01:36:51.670
ちっとも結論に至らないし発散したくても陰にこもってるし
誰もついて来ないことが自慢だったけど、一人か二人巻き込んで執行猶予付き有罪を決める裁判も随分無駄だったし
オウム真理教も狭い世界の中だけで筋を通せば墓穴を掘って、全体からは邪魔にされて埋め立てられる

55考える名無しさん2018/09/25(火) 03:16:17.150
長々と書いている人に少し反論してみようかな。

デジタルが超越性を縮減する、という意見のようだけど、メディアやSNS、ITの普及は
媒体として、超越性やカリスマ性を拡張する方向にも作用するんじゃないかな。
だから、TVによく出ている人たちは社会に強い影響力がある。

トランプもSNSの力を使った訳だし、オウムもメディア露出が多く、、ニューアカの
中沢新一などが教義をアカデミズムの側からバックアップしたことで強大な組織と
なったのではなかった?AIの乱数が超越性を胚胎させるというのは、なかなか良い意見
だね。ディープラーニングはその内部がブラックボックスになっているので、人々は
そこに知的超越性を感受する、ということはありそうだ。

ヒットラーもゲッベルスの宣伝工作やプロパカンダを通じて、大衆の支持を獲得した
訳だし、それはメディアというデジタルな媒体を通じてでしょう。戦争でコンピューター
が使われ出したので、大義の宣伝にもそうしたデジタルの果たす役割は大きいと
思うのだけど。ただし、超越性を相対化できるITの側面も、やはりあるだろうけど、
それでも電通が刷り込みを流し続ければ、超越性を演出することは現代でも可能だろう

56考える名無しさん2018/09/25(火) 07:46:26.030
鍵は細分性にある
ヒトラーの時代は細分性がなく、メディアに載せる時に発生するアナログ-デジタル変換の誤差
が大きすぎた
要するに、いろいろな細分がすべて一緒くたに一つのメディアに載って、そこで複写・伝播される
この誤差が超越性になる
ITはツボはこの細分性に対応しながらデジタル化することにある

57考える名無しさん2018/09/25(火) 07:50:19.510
結局、トランプも含めて、ITはあらゆる細分をデジタル化して、複写・伝播する
これをできる限り破綻なく調停するシステムが求められているということになるね
それが可能になったときに、資本主義的な市場による合理の衝突を解決するという
これも残酷さを伴うシステムへの依存も減るだろうと思う

58考える名無しさん2018/09/25(火) 08:03:58.050
トランプ絡みで言えば、北朝鮮や中国はこの市場による合理の衝突が機能しない
部分があるので、少し危険が伴う
市場によって解決できない合理の衝突は、その次の段階である軍事による合理の衝突の解決に持ち越されてしまう
基本的に、トランプの政策によって北朝鮮や中国が完全に市場による合理の衝突の解決の枠組みに収まれば
それは成功だろうと思う
ただ乱暴で未熟な感じは否めないけど

59考える名無しさん2018/09/25(火) 08:05:37.990
この辺のことも西部スレ合理論では議論したのでおいおいまとめていきたいと思う

60考える名無しさん2018/09/30(日) 20:48:53.300
48 :考える名無しさん:2011/08/25(木) 19:33:40.22 0
超越性などないし、イデアなどないと端的に言うべきだ。
それらは立証できない。
立証できないものに言及しないのが科学的・哲学的立場ではなかったか?
宗教家がそれをいうのは別に構わない。ただし、信者以外に通用しない言語だろう。

単一のイデアはそれを共有しない人々に抑圧になることを理解すべきだ。
個人の趣味・自由としてそれを主張するのは構わないが、
多様化した現代社会では個人の自由に干渉するように抑圧的に機能するだけだ。
我々は共通利害の調整として法を戴いており、その範囲で自由に生きることを許されている。
日本的美学を押付けることはもはや困難だろう。

----------------------------------------------------------
このスレを読んできた人にはもうわかると思う
超越性はあらゆるところに潜んでいる
アナログそれ自体が人から超越しているわけだから
そして、デジタル側だけでも偽超越性が発生する可能性がある
基本的にアナログそれ自体の超越は絶対になくすことはできない
逆にデジタル側の偽超越性はできる限り排除しなければならない

61考える名無しさん2018/09/30(日) 22:43:14.090
合理の衝突を如何に偽超越性を介さずに解決できるか
ここに、人々の苦を軽減するための鍵がある

62学術2018/10/01(月) 07:15:11.810
イデア界は実在します。

63考える名無しさん2018/10/01(月) 08:44:39.750
超越性への着目は西部スレ合理論の初期からあったんだが
鍵となったのは、デジタルとアナログの切り分けだな
これで、超越性について何が問題なのか、一気に核心に迫ることができた

64考える名無しさん2018/10/01(月) 16:02:15.670
市場による合理の解決->軍事による合理の解決の部分は
スパイラルダイナミクスという理論で哲学的に説明できる
んだがこれが出たのは2015年ぐらいだったか
まだ先だが、気になる人は調べてみてくれ

65考える名無しさん2018/10/01(月) 16:03:35.710
>市場による合理の解決->軍事による合理の解決
->
市場による合理の衝突の解決->軍事による合理の衝突の解決

66考える名無しさん2018/10/08(月) 07:52:18.080
341 :考える名無しさん:2011/09/10(土) 09:18:40.15 0
欧米の一部でオタク文化がもてはやされるのもそれが原因。
欧米の文化では、ヒューマニズムは完全に死滅しつつある。
ヒューマニズムを称揚するいかなる作品も陳腐化してる。

そういう状況で、オタク文化が持つヒューマニズムは
新鮮な驚きをもって迎えられ、敏感な人はそこに希望があることを感じ取っている。

ただし、ヒューマニズムの敗退は自然の摂理として決まっている。

-------------------------------------------------------
ヒューマニズムとは、超越性を認めない態度と言える
オタクによるヒューマニズムは、ひたすら細分化し、従来は
超越性が存在した隙間を細分化によって、つまりアナログデジタル変換
の精度を上げることで、超越性を埋める作業と言えるかもしれません
この部分では、まだフロンティアは残っていると思われます
ITによる細分性の向上も同じ流れです
欧米でうまくいっていないのは、この細分化を妨げる何か、それは人種の壁であったり
その他大きなコミュニティを志向する何かが強かったりするためでしょう
本質ではなく政治的理由による区分が強い
アメリカのオタクの対極であるタフネス志向も政治的理由です
タフであることで、すべての属性を受け入れることができるわけですから
ただし、これは細分性に逆行しますから、超越性が大きくなり、したがってヒューマニズム
は行き詰まります
ただ、ITではそうした志向にとらわれず、細分化は進んでいます

67考える名無しさん2018/10/08(月) 08:41:21.610
オタクは、ソフトウェア的な細分性への取り組み
ITはハードウェア的な細分性への取り組みと言えるかもしれません
もちろん、両者の相性が良いのは、周囲を見れば明らかでしょう
そして、細分化による合理の衝突について言えば、これはIT・AIによる
解決システムの実現が待たれているところだろうと思います

68考える名無しさん2018/10/08(月) 12:39:09.670
日本的視野狭窄のガラパゴス化がオタク化の領域にあるもので、
トランプ的古い視野狭窄田舎者的差別や低脳低学歴貧乏ネットウヨが、
マッチョなタフネス志向や全体性への志向の典型か

69考える名無しさん2018/10/08(月) 13:10:41.040
ガラパゴス化ではあるけれど、それが内面の本質だから
デジタルアナログ変換の精度を上げてるんだよ
足下をおろそかにすれば、それは無用な超越性を発生させるだけ
ガラパゴス化自体の弊害は、ITが解決するでしょう

70考える名無しさん2018/10/08(月) 13:48:46.940
同様にマッチョもそれが内面の本質ならかまわないけれど
政治的理由、つまりマッチョであればあらゆる属性を受けられられる
みたいな理由でそれを広めているなら、それは無用な超越性を発生
させているだけということになるね

71考える名無しさん2018/10/08(月) 13:50:27.070
それは封建領主が所領を収めるという状況と
同じ類のものだよ

72考える名無しさん2018/10/27(土) 20:33:05.020
854 :考える名無しさん:2011/10/12(水) 19:20:04.88 0
今の時代って頭の悪い人間でも市民権を得てる時代でしょ。
頭の悪い人間でもあれこれ工夫して、自分の立ち位置を高くしようと努力してる。
これが、昔の頭悪い人間が発言権のなかった時代と比較して、衆愚が増えたと感じてしまう
理由だと思うよ。頭の悪い人間が目立つから、衆愚が多いと不愉快に思う。
だから、これが不快なら、頭悪い人間を黙らせるしかないと思うよ、昔みたいに。

73考える名無しさん2018/10/27(土) 20:35:00.610
858 :考える名無しさん:2011/10/12(水) 20:19:13.02 O
兄弟が何人か居た。
しかし、兄弟のうちの一人は平凡に成長できず幼くして亡くなった。
ひとりは悩みを抱え精神を病みで生を断念した。
お袋は平凡な生活を望んでいたが、親爺の商売の失敗で塗炭の苦しみを味わった。
親爺は七転び八起きの末に、細やかな会社を興した。

皆平凡に普通に生きようと思ったが、なかなかその希いは叶えられなかった。

色々な事があったけど、やっと今平凡な暮らしが出来る。
兄弟や親の量り知れない(だろう)犠牲を経て、俺はささやかな暮らしをさせてもらっている。

家族と天に感謝する。

74考える名無しさん2018/10/27(土) 22:25:32.690
234 :考える名無しさん:2011/10/27(木) 16:51:31.73 0
誰もが経験するような何かを描いて金をとることはできないし
ましてそれで賞賛されることはないでしょ。

賞賛される芸術的小説というのは、人間性の中にイデアを
うまく表現できたとき(ヒューマニズムの巧みな表現)に与えられるもの。

小説にしろ映画にしろドラマにしろ、誰もが経験する当たり前のことを
描いても誰も興味を持たない。何かのイデア、つまり真善美が求められてる。

ドラマなんかで注目されるファッションなんかですら、真善美の美を示している。
ただし、こうしたものは超越性がないので、すぐに人に一体化して霧散する。

75考える名無しさん2018/10/30(火) 09:48:13.040
242 :考える名無しさん:2011/10/27(木) 19:19:18.90 0
ヒューマニズムの行き詰まりとともに本格的なイデアを追求してきた小説の
存在意義が失われつつあるということだよ。

それに対して、形だけのイデアとして愛や美を添え、娯楽性をメインに追求している
映画などのメディアの存在意義はそれほど薄れていない。

いずれにしろ、形だけであってもイデアを提示できない作品は、公衆向けの作品としては
体をなさなくなると思う。

イデアを持たない公衆向けの作品は、たとえ娯楽作であっても不謹慎、不道徳であるとすら感じられる。
それは、公衆向けの作品には、人々が宗教性の代替としての存在を求めているからかもしれない。

76考える名無しさん2018/10/30(火) 09:52:03.960
246 :考える名無しさん:2011/10/27(木) 19:57:32.35 0
>>245
ちょっと・・、それは元はアマデウスの話だろ。

愛をイデアとして添えた娯楽映画は数多くあると思う。
タイタニックを初めとして、アルマゲドン、インディペンデンスデイ、アバターなど。
そのほかにも、公衆向けの作品には何かのイデアが必ず添えられている。
名作として挙げられるのは、娯楽性以外にも、そうしたイデアの描き方が巧みな作品だと思う。

アマデウスは、美のイデアを神から切り離すことができることをモーツァルトが体現する
ある意味異色の名作だと思う。

77考える名無しさん2018/11/03(土) 21:27:11.050
52 :考える名無しさん:2011/11/17(木) 16:59:02.08 0
昭和中期がよく見えるのは
下層にも優秀な人たちがいたからだろうね。
戦前までのほぼ生まれで決まる階層のために、
優秀な人間も大勢下層に存在した。
だから、下層であっても幸せな励ましあいがあり、すばらしい人たちが存在した。

それを良いと思うか悪いと思うかは判断の分かれるところでしょ。
社会全体としてみればそういう社会もいいものだと思うけれど
個人として見れれば、優秀であっても下層に留まらなければならないというのは憤懣を感じる部分もある。
まあそれは今の時点の見方で、その当時の人々はそう感じていなかったかもしれないけどね

78考える名無しさん2018/11/03(土) 22:14:45.610
776 :考える名無しさん:2012/01/10(火) 16:36:21.09 0
ヒューマニズムというのは、個人の力で何でも出来るって考え方。
人間の本質を解放すれば、すべてがよくなる、すべてが解決するって考え。
だから、ニーチェの超人なんていうのもヒューマニズムだね。
ニーチェは、ニヒリズムじゃなくて、しょせんヒューマニズムでしかない。

ヒューマニズムは人間の本質を解放すれば良くなるって考えなので
わざと偽悪的になったりする。ドクロマークは、実はヒューマニズムの象徴なんだけど
それは、人間の本来の性質を信じてるっていうメッセージ。

だから、ヒューマニズムによって道徳が乱れるのは、ある意味当然。
道徳が乱れても、人間の本質を信頼してるから、制約から解放されることでよりよくなるって考えが
ヒューマニズム。

79考える名無しさん2018/11/08(木) 17:46:01.160
中国を「チャイナ」「シナ」と呼ぶのは(ネト)ウヨ

小物を「先生」「さん」付けするのは西部シンパ(土建カルト)

80考える名無しさん2018/11/22(木) 09:58:11.740
256 :考える名無しさん:2011/10/27(木) 22:02:10.63 0
ここで一つ、「人道」という言葉がある。
「人道」は、ヒューマニズムの訳語となる場合もある。

人の道とは、まさにヒューマニズムのことを指しているように思われる。
そうであるなら、超越性が生じることはない。

なぜ、武士道や茶道では超越性が生じ、人道では超越性は生じないのだろう?
それは、義務的な繰り返しによる道の確立があるかどうかによるんだと思う。

職業的な「〜道」は義務的な繰り返しによって確立されるのに対して、
「人道」は何も繰り返すことなく、ただ無条件にあることが期待されている。
それは人の生来の性質としてあることが期待されている。
まさに、人の自発的な性質として「人道」が存在する。そこに超越性が介在する余地はない。

それに対して、武士道などの職業的な「〜道」は義務的な繰り返しにより確立され
その非自発的性ゆえに、超越性が生じてくることになる。
このことは、非情に興味深いことだと思う。

ここでカントの定言命法について考えると面白いかもしれない。
絶対的な定言命法を命じるものが、人道なのか、武士道などの職業的な道なのか、あるいはその他の超越的な道徳なのか。
定言命法を命じるものに超越性があるかないかで、その性質は大きく変わるものになると思う。

258 :考える名無しさん:2011/10/27(木) 22:36:28.18 O
生活も繰返しだし、人間の生きることって殆ど強制された条件の中で毎日を繰返すことだと思うよ。
だから、人生もまた道のひとつではないのか。

道に超越性が生じるのなら、また宿命を生きる普通の人間にも超越性が生じるということになる。

81考える名無しさん2018/11/22(木) 10:14:50.850
613 :考える名無しさん:2012/01/01(日) 07:09:53.60 0
淘汰を許容しないといっても並大抵のことじゃないよ。
どうしようもない人間もたくさんいる。
そう言う人間を淘汰なく矯正するには遺伝子治療や人格矯正なんかが必要になると思う
。でも、左派は自然の克服を是とするから、その方向にむかうと思う。

82考える名無しさん2018/11/22(木) 18:06:09.150
馬鹿の考え休むに似たり
ニタリニタリかな

83考える名無しさん2018/11/22(木) 18:11:49.120
途上なんで口を出さないでくれ
ここは黙々と貼り付けていくだけ

84考える名無しさん2018/11/22(木) 18:15:30.300
836 :考える名無しさん:2012/01/16(月) 10:27:41.23 0
ALWAYS 三丁目の夕日という映画が人気だが、
主人公は作家志望の高等遊民だね。
そして、人々は知にあまり接していなくて、エリートに対する尊敬の念が十分に残っている。

主人公は、エリートとして、あるいは知の神官としてのアイデンティティを余裕を持って持ちながら
人々の昭和の暮らしのいいとこ取りをできる。

エリート崩れ、つまり世俗的でないヒューマニズム信仰者にとって、夢のような舞台だけれど
それは人間を廃人にしてしまうシチュエーションでもある。

85考える名無しさん2018/11/22(木) 18:19:05.790
881 :考える名無しさん:2012/01/18(水) 16:41:37.21 0
バブルというのは、それまでの日本文化の集大成なんだよ。
あの非合理さというのは、それまでの昭和文化の表出にほかならない。
バブル崩壊後の合理主義的な文化というのは、それまでの日本文化には
あまり見られなかった。

バブルの崩壊時に日本文化は大きく断絶してると思う。
昭和までのいい加減さが終わり、平成の合理性がとって代わった。
これは、さらにさかのぼった日本の歴史の中でも大きな文化的な出来事なのではないか
と思う。日本のいい加減さというのは、かなり古くから続いてきたものだしね。

86考える名無しさん2018/11/22(木) 18:20:40.320
896 :考える名無しさん:2012/01/19(木) 09:46:29.54 0
昭和30年代、40年代というのは、神としての「知」が健在だった。
神が存在する世の中というのは、穏やかで人々は希望を持ち、満たされている。

ただ、神としての「知」の欠点は、それがループバックすること。
つまり、「知」が神であったはずなのに、いつのまにか自分が神になる。
これが昭和50年代、あるいは1980年代に起きた。

その結果として、ちっぽけな自分(自分がそのことを一番よく知っている)が神であるなら、
この世に神は存在しないということになる。それが、現在。
神のいない世の中では、人々は希望を失い、絶望の中を生きることになる。

87考える名無しさん2018/11/22(木) 18:37:21.910
360 :考える名無しさん:2012/02/17(金) 11:20:40.45 0
根本の問題は、他人に必要とされない人間が酷い目に合うことは
正しいのか、そうでないのかだ。
他人に必要とされない人間でもちゃんと生きることができる世の中が正しいと思うなら
自由経済では無理だ。そこに、強制的な再配分の仕組みが必要になる。

でも、ここで考えて欲しい。配偶者に何の魅力もない人間をあてがわれることを許容できるかどうか。
それを許容できるのであれば、自由経済を捨てる覚悟はある人間だろう。
昔の人間は、お見合いの相手をそのまま受け入れていたから、これは必ずしも無理な話じゃない。
もし、魅力のある人間と付き合いたい、そういう人間が周りにいて欲しいと思うなら
自由経済を選択するしかないだろう。
その場合、他人から必要とされない人間が酷い扱いを受けることになるのは必然ってことになる。

88考える名無しさん2018/11/22(木) 18:42:08.470
当時は、娯楽がほとんどなかったから、何の魅力もない相手でもそれなりに遊びを思いついていたけど
まで読んだ。

89考える名無しさん2018/11/22(木) 18:45:40.410
388 :考える名無しさん:2012/02/20(月) 08:31:21.57 0
また、社会全体の問題とは別に、
人々の行動の合理化によって、割を食う存在がある。
それは今まで、人々の行動に無駄が多かったために、合理的に立ち回ることで
利益を得ていた存在。つまりエリート層だね。
このようなエリート層は、今まで合理的に行動することで無駄の多かった一般大衆よりも
優位に立つことができたんだが、人々の行動が合理的になるほど、
合理的であるという点のみで優位に立つことは難しくなる。

このような点のみで優位に立っていて伝統的エリート層はかなりいると思う。
「合理的である」というその一点だけで、良い教育を選択し、良いキャリアを選び、良い待遇を得る。
これは人々に無駄が多く、人々が不合理であったが故に比較優位があったから。

ところが、人々の行動が合理的になると、「合理的である」という点だけど比較優位を得ることは難しくなる。
これが現代社会。このときに比較優位を得るには、本当の生まれながらの「才能」が必要になる。
これは、自身の意思選択や努力では獲得できない部分でもある。これは皮肉だけれど、よく考えれば当然のことなんだよね。

90考える名無しさん2018/11/22(木) 18:47:12.860
これは6年前の言説なんで、議論するのは辞めてくれ
これらもそのうち徐々に解決されて、整理されてくる

91考える名無しさん2018/11/23(金) 13:28:44.390
608 :考える名無しさん:2012/03/09(金) 08:29:50.78 0
この世界、自然、そして運命は、人間個人の尊厳など一切考慮せず、
それを押し潰していく。伝統宗教はそれを受け入れる心の準備をするためのもの。

スピリチュアルは、人間個人の尊厳こそ至高のものであり、それを守るための
努力を諦めるなという。そしてたとえ負けた場合でも、それは仮のものであり
生まれ変わりでもなんでも可能。なぜなら、人間個人の尊厳こそ至高だから、
それを保証するものは何でも存在するって考え。また人間個人の尊厳は、周りの人々との
調和がなければ成り立たないから、それも重視する。ただし、人間個人の尊厳を確立するための
周囲との調和であって、それを一切無視したものは受け入れない。
それに対して伝統宗教は、人間個人の尊厳を一切無視した運命を受け入れる準備をするための教え。

92考える名無しさん2018/11/24(土) 19:43:39.140
177 :考える名無しさん:2012/07/11(水) 06:58:30.49 0
いじめっていうのは、パープルとレッドの世界だよ。
理屈が通らず、印象的呪術的に物事が動く。その中で強いものが君臨する。
原始的呪術的なパープルの海の中からレッドが君臨するんだよ。それがいじめの世界。

178 :考える名無しさん:2012/07/11(水) 07:39:20.44 0
レッドを抑えるには、ブルーの規律が必要。
オレンジやグリーンは、パープルやレッドに直接には対峙出来ない。
日本は今、ブルー的な規律が不在になってる。
この部分をなんとかしないと、いじめに対処できない。
そのために、イエロー的な視野からのブルーの再構築が必要だと思う。
小中学校の教師は特に、ブルー的な価値観が必要。
高校大学からオレンジ、グリーンへと導くべき。

93考える名無しさん2018/11/24(土) 19:44:35.710
186 :考える名無しさん:2012/07/12(木) 06:53:45.59 0
オレンジが主流の現代社会では、子供たちにはとりあえず
ブルーの素養までは身につけさせないといけないと思う。
ブルーの素養があれば、たとえオレンジに対して反発したり抑圧を受けたりであっても
社会とまともな接点が持てる。そこから社会に参加し、影響を受けたり影響を与えたりできる。

これがパープルやレッドに留まると、社会とまともな接点が持てなくなる。
そうすると、社会から脱落したり犯罪者になったりする。
だから、初等教育においてはブルー的な規律を身につけさせることを
まず目標にしないといけない。

187 :考える名無しさん:2012/07/12(木) 09:53:41.94 0
江戸時代においては、支配階級がブルーであり、
庶民はパープルやレッドであっても、ブルーから抑圧されたり指導されたりという
直接的な関与を受けることが出来た。だから、江戸時代では庶民はパープルやレッドでも社会参加できた。

ところが、現代社会では、支配階級のオレンジがパープルやレッドに対して直接関与する術を知らない。
だからオレンジは、パープルやレッドを法律の枠内であれば完全放置する。
こうなると、パープルやレッドは社会に参加できなくなる。
いじめ問題もこの放置から来てる。ブルーはパープルやレッドに対処し指導できるけど、オレンジには
それが出来ない。
このために、初等教育においてはブルー的な人員を配置して、パープルやレッドを指導し
ブルー的な素養をすべての子供に身につけなせないといけない。
それが江戸時代と現代の違いだと思う。

94考える名無しさん2018/11/24(土) 19:45:15.640
189 :考える名無しさん:2012/07/13(金) 08:04:54.97 0
スパイラルダイナミクス関連のリンク
http://blog.livedoor.jp/rsuganami/archives/1322494.html
http://www.geocities.jp/deepbreathinghp/spiraldynamics.htm

http://www.geocities.jp/deepbreathinghp/yellow.htm

http://blog.livedoor.jp/rsuganami/archives/1343699.html

ベージュ→パープル→レッド→ブルー→オレンジ→グリーン
これが第1階層

イエロー→ターコイズ
これが第2階層

基本的にブルーやグリーンなどの寒色系は、エゴは環境に従属すべきと考え
レッドやオレンジなどの暖色系は、エゴが環境を管理すべきと考える。
各階層の最初のベージュとイエローはエゴと環境が統合されている。

パープルは、呪術的。エゴと環境はまだ未分化。
レッドは、強さこそ正義。環境からのエゴの独立。戦国時代。
ブルーは規律を重んじる。武士道、キリスト教、儒教など。
オレンジは自由を重視。資本主義と民主主義。
グリーンは多様性を重視。ポストモダン。

95考える名無しさん2018/11/24(土) 19:46:46.530
191 :考える名無しさん:2012/07/13(金) 08:37:12.52 0
なぜ、イエローで次の階層になるのかというと、
イエローは第1階層のすべての色の意義と重要性を理解しているから。
第1階層を俯瞰的に捉え、それぞれの色の長所と欠点を理解し、構造全体にとって各色が不可欠であることを
理解しているから。このために、次の階層に置かれることになる。

また、イエローではエゴと環境が統合されるけれど、イエロー自体は暖色系でありエゴの力により序列化を行い
それを進化の力とする。

96考える名無しさん2018/11/24(土) 19:48:29.510
197 :考える名無しさん:2012/07/13(金) 16:48:04.95 0
とにかく、いじめ問題は酷すぎる。
オレンジ的な手法やグリーン的な手法はいじめにはまったく効かないどころか
かえって逆効果。

ブルーの規律を学校現場に導入しないと、どうにもならない。
レッドとパープルからなる原始的な力と論理のない感覚の世界がいじめであり
これを指導するにはどうしてもブルーの規律を学校現場に導入しないとダメ。
オレンジやグリーンにはまったく手に負えない世界だよ。

97考える名無しさん2018/11/24(土) 19:50:56.820
スパイラルダイナミクスを理解してもらうには学校のいじめ問題が一番わかりやすい感じだな
また、これはアメリカや中南米のギャング集団なんかに当てはめてもわかりやすい

98考える名無しさん2018/11/24(土) 19:55:16.160
218 :考える名無しさん:2012/07/14(土) 07:57:39.89 0
なぜかというと、近代理念というのは、それ以前に確立していた
規律を前提として生まれてきたものだから。
その規律がなくなってしまうと、近代理念が生まれた前提がなくなってしまうことになる。
そうなると、近代理念の存在理由自体が怪しいものになる。

かといって、規律が確立する前の状態に戻れば、それは混沌とした
戦国時代のようなものであり、はっきりいって酷い世界。
近代理念を活かすには、それが成り立つ前提となった規律を身につけないといけない
ってことだと思う。

99考える名無しさん2018/11/24(土) 20:26:43.270
229 :考える名無しさん:2012/07/15(日) 10:43:54.40 0
>>224
未分化なエゴを持つパープルの集団に強いエゴを持つレッドが君臨する構図だね。

昭和40年代ぐらいまでは、学校に強い規律が存在したので
こうした集団をうまく指導できたんだが、その規律が薄れてしまい
オレンジやグリーン的な指導が学校で行われるようになると、パープルとレッドを直接指導できなくなって
しまった。それで生徒間の関係が原始状態に逆戻りしてる。
とても文明社会とは言えない。学校に規律を取り戻さないと、オレンジ的(民主的)教育をする基盤がないよ。
それ以前の原始状態だから。

230 :考える名無しさん:2012/07/15(日) 10:49:51.40 0
強い規律を持つ人々に民主教育をするから意味があるのであって、
原始状態にある人々に民主教育などまったく意味がない。

歴史的にも、強い規律を持つ人々が民主主義を選択したわけで、
原始状態の人々が選択すべきなのは強い規律だよ。
歴史はまさにその通りに経過してきたわけだし。

100考える名無しさん2018/11/24(土) 20:32:34.500
264 :考える名無しさん:2012/07/28(土) 16:21:54.83 0
要するに、グリーン的な間違いに陥ってるんだよ。
平坦な多様性を認めても、問題は何も解決しないどころか
却って悪化する。いじめられる多様性やいじめる多様性も認めろよとなるだけ。
そこに問題があるわけじゃない。むしろ逆。

ブルー的な規律が必要であるのに、それを排除しようとしてる。
それは、グリーンのみの価値観があればいいと考えるグリーンの欠点。
イエロー的視点で、すべての段階の価値観が必要であると認めれば、現状の学校に不足しているのは
ブルー的な規律だとすぐに分かる。

尾木ママのようなマイノリティ的立場の人は、自身への迫害を恐れるあまり、
多様性を重視するグリーン的価値観の人が多いが、
そこからさらに進んで人間の歴史においてたどってきた各段階の必要性にも目を向けないといけない。
同時代の横軸の多様性だけでなく、歴史あるいは成長の縦軸の多様性を認めないといけない。
そしてその上で、社会を良くしていくという視点を忘れてはならない。

101考える名無しさん2018/11/24(土) 20:48:12.530
996 :考える名無しさん:2012/09/13(木) 07:00:11.59 0
腐りかけが一番おいしいんだよな。
特に、封建社会から近代社会への移行期は
民衆の忠誠心が封建支配層からアカデミックエリートに振り替わった時期だから、
アカデミックエリートにとってみれば神になった気分を味わえた。
アカデミックエリートにとっては、戦前のような移行期はあこがれの対象なんだよ。

997 :考える名無しさん:2012/09/13(木) 07:47:35.68 0
封建期から近代への移行期は、民衆はまだ自我に目覚めておらず、
その一方で知識人は自我に十分に目覚めていた。
これは、気持ち良いよ。今みたいにみんなが自我に目覚めてしまっては不快そのものだけど、
民衆は素朴で信心深く、言ってみればうざい存在ではない。
その一方で自身は自我に十分に目覚め、民衆の思いもよらないいろいろなことに思索を巡らす。
まあ、神になった気分になると思うわ。

102考える名無しさん2018/11/24(土) 21:04:38.040
558 :考える名無しさん:2012/10/11(木) 22:06:16.67 0
もし遺伝子を自由に操作できるのであれば、
人類の夢であるヒューマニズムは完遂できるようになると思う。
ヒューマニズムがうまくいかなかったのは、人が人の属性を自由に決定できなかったことが原因だから。
だから、自然淘汰の仕組みに頼るしかなかった。これによって人は超越する存在にすがるしかしょうがなかった。
それは人の立ち位置が動物と同じであり、発達した大脳を持つ人にとってはその立ち位置を
納得するために超越した存在を架橋して自由な大脳の働きに制限を掛けるしかなかった。
そうした人にとってある意味残酷な制約が、遺伝子操作技術によって不要になる。

山中教授のIPS細胞の技術は、アインシュタイン以上に歴史に名が残る、科学技術分野だけに留まらない
哲学思想分野にまで影響を与える千年に一度の大発見だよ。

103考える名無しさん2018/11/24(土) 21:06:53.900
569 :考える名無しさん:2012/10/15(月) 18:56:56.52 0
文芸作品というものは、基本的にヒューマニズムを描かなければまともな話にならない。
このヒューマニズムを描くうえで非常に都合の良い時代がある。
それは19世紀の後半から20世紀の初頭。
この時代は、人々の伝統的な信仰心が科学文明への崇拝に変わっていく過渡期で
ヒューマニズムを描くうえで非常に都合が良い。
映画で言えば、タイタニックなどはこうした時代背景がまさに神がかり的にマッチしていて
まさに映画史上最高の名作といえる出来になっていると思う。

また、今年のアカデミー作品賞とその候補となった3作はすべてこの時代を描いているもので
それぞれ自然にヒューマニズムを描くことに成功している。今後面白いと思える映画作品は
この時代を描くものが多くなるかもしれない。

日本の西洋崇拝のモデルとなっているのもこの時代で
まさに古き良き西洋文明の円熟期とも言えるのかもしれない。
宮崎駿のアニメなんかもこの時代を念頭に置いた雰囲気のものが多いと思う。
今年のアカデミー作品賞の候補になった「ヒューゴの不思議な発明」は、宮崎アニメ的な雰囲気
が多分にあって、この時代を描く作品は、ヒューマニズムを求める人々の琴線に触れるものがある
と思う。

104考える名無しさん2018/11/24(土) 21:10:29.960
573 :考える名無しさん:2012/10/15(月) 21:37:47.44 0
ヒューマニズムを描くには、超越性がないといけないんだと思う。
それが伝統的な神であるなら、19世紀や20世紀初頭は良い舞台になるし
現代でも超自然的霊的な現象などを導入することでそれに成功することがある。
村上春樹なんかのポストモダン派的な小説では、こうした霊現象をうまく使って
ヒューマニズムに必要な超越性をうまく導入してたりするね。

575 :考える名無しさん:2012/10/15(月) 22:02:59.32 0
もともとヒューマニズムというものは超越性を廃したいという人々の願いでもある。
その願いは、まさに超越性が存在するからこそ成り立つもので、超越性がなくなってしまえば、
ヒューマニズムも消えてしまうのは当たり前なのかもしれない。
イデアは超越性があるからこそ存在するもので、超越性がなくなれば消えてしまう。
そうなると、人々はニヒリズムに怯えることになるね。

105考える名無しさん2018/11/25(日) 20:41:55.000
とりあえずスパイラルダイナミクスまで出てきたね
ここでは、いじめ問題を例に取っているけど
これは、先に述べたように市場による合理の解決と軍事による合理の衝突の解決
についてもうまく説明できる
つまり、まずオレンジによる解決が試みられ、それで無理な場合にレッドによる
解決が試みられる
エゴとエゴの衝突だから、エゴが前に出る暖色系の解決策になる

106考える名無しさん2018/11/25(日) 20:44:15.490
要するに、勝てば官軍ってことですね
このために、まず市場が戦場になり、それで解決出来ない場合に実際の戦闘が行われる
これが、現代の世界の秩序維持の仕組みです

107考える名無しさん2018/11/27(火) 10:36:11.690
>>105
>これは、先に述べたように市場による合理の解決と軍事による合理の衝突の解決

>これは、先に述べたように市場による合理の衝突の解決と軍事による合理の衝突の解決

108考える名無しさん2018/12/02(日) 15:56:40.940
109 :考える名無しさん:2012/12/05(水) 10:19:25.35 0
なぜ論理的に解決できない矛盾が人間の根本に存在するのか?
それは、この宇宙に人間が存在すること自体に矛盾があるから。
この宇宙を認識すること自体が矛盾ある行為なんだ。宇宙というものは元来そういうものではない。
宇宙は認識してはいけないんだ。宇宙を認識することで、宇宙の状態が固定される。
認識者がいて初めて、この世界は固定される。でもそれは矛盾ある行為なんだ。
なぜなら、それは認識者自身を自己否定することになるから。宇宙というものは、そういうものだ。

宇宙は時間も空間もなく不定常にあることが元来の姿であり、それこそが安定した状態なんだ。
宇宙の認識者はある時点空間での宇宙を固定化させてしまう。でもそれは、認識者に悲劇をもたらすだけなんだ。
宇宙はそういう状態では安定しないから。

これこそ仏教の世界観であり、またキリスト教が原罪と言ってるものでもある。
元来は知恵の実を食べてはいけないんだよ。
それでも、知恵の実を食べてしまった人間でも、この世界を信頼しないといけない。その解決策としては、超越性の向こうにある
何かを信仰することしかないんだろうと思う。
そして、それは人間性の源泉として理性の自立性と調和するものでなければならない。この難しい問題を解決することこそ
本来の哲学の役割だと思う。

109考える名無しさん2018/12/02(日) 15:58:15.520
111 :考える名無しさん:2012/12/05(水) 11:07:57.49 0
そして、超越性の向こうにある何かとは何ってことになると思うけれど、
これは人間がこの世界を信頼するために行うものであるから、それを可能にしてくれる神聖な何か、
人間がこの世界を信頼するために信じるべきものってことになると思う。
それこそが、イデアあるいはイデアの源泉となる神ってことなんだろうと思う。
それは、人間の理性がこの世界にあるべきと思うものであり、それがあることで
人間の理性はこの世界を信頼に足るものであるとみなすためことができる。

それがないとき、人間はこの世界を信頼できなくなり、ニヒリズムへと墜ちることになる。

110考える名無しさん2018/12/02(日) 15:59:26.460
112 :考える名無しさん:2012/12/05(水) 11:12:21.35 0
つまり、信仰とは理性が導くものなんだね。
本当にスコラ哲学の後をたどる感じになるけど。

113 :考える名無しさん:2012/12/05(水) 11:24:24.58 0
そう考えると、仏教は人にとって超越性が必要である理由を理論化したのに対して(色即是空)
キリスト教は、その超越性に対する人間性のあり方を理論化した(空即是色)ものといえるね。

超越性が必要である理由については、キリスト教は原罪の一言で片付けるけど、仏教は膨大な
理論を残している。
逆に、超越性に対する人間のあり方については、仏教では親鸞の結論に至ったところまでだけれど
キリスト教では信仰と人間性の源泉である理性の関係について膨大な理論を残している。

こう考えると面白いね。

111考える名無しさん2018/12/02(日) 16:45:47.420
402 :考える名無しさん:2013/02/19(火) 18:28:12.83 0
遺伝子工学は人類を救うよ。
今のままだと、あまりにも残酷だから。
すべての運命を受け入れるのが当たり前と思えなくなった人間にとって
今の状況はあまりにも残酷だよ。遺伝子工学の発達がないと
結局人間は動物と同じ扱いになってしまう。運命によって、つまり遺伝子によってほぼ人の生きる道は決まる。
それがヒューマニズムの行く手をさえぎった一番大きな要因だから。

遺伝子工学によって思想は大きく変わる。
まず保守思想の人間は変わらないという前提が遺伝子工学によって崩れる。
これによって、思想の潮流は再びヒューマニズム側に大きく振れると思われるよ。

112考える名無しさん2018/12/02(日) 18:22:05.160
109 :考える名無しさん:2013/04/27(土) 19:45:59.15 0
フェアであるからこそ、超越性の重要さに気づくんだと思うよ。
生まれ持った能力というものは、結局自分ではどうにもならない。
そして、その能力によってフェアに結果が決まるのであれば、その結果は
結局は超越性がもたらすものとしか言いようがない。
ところが、アンフェアであるなら、そこにたどりつく前に人間の悪意が視野に入るわけで
それは結局争いに種にしかならない。そして、悪意というものは人間の意思が介在する要素が非常に大きい。
天賦の才能は超越性がもたらすものであり、人間の意思では制御できないけれど、悪意の狡猾さは人間の意思で制御できる。
超越性が争いをもたらすというより、その手前の人間の悪意が
争いをもたらしているんだと思う。

113考える名無しさん2018/12/02(日) 18:24:50.530
114 :考える名無しさん:2013/04/27(土) 20:47:57.45 0
超越性とは、欧米人にとっては神の意志だけど
日本人にとっては絶望なのかもな。
ここの部分は辛いね。
ヒューマニズムにどっぷり浸かってるように見える欧米人が、その根本で
神の超越性を受け入れているのであれば、絶望を避けられる。
日本人が欧米人の表層のヒューマニズムを心底まで受け入れてしまうと、
絶望は避けられないということになってしまう。

116 :考える名無しさん:2013/04/27(土) 21:07:05.33 0
欧米人の意識の二重構造にだまされてたのかもな。
昔の日本人には日本人なりの超越性の意識の仕方があったんだが、
欧米人のように表層のヒューマニズムと深層の超越性の意識をはっきり分け持ってる
人々とは思考回路が全く違ったんだと思う。そこで、深層の超越性の意識については全く気がつきもしないで
表層のヒューマニズムだけに影響されてしまった。
今の日本人の絶望はこの部分にあるのかもしれないと思う。
まあ、今でもこの表層のヒューマニズムに影響を受けていない日本人は、昔ながらの超越性への意識を
持ってる人も多々居るのかもしれないけどね。
その辺のことが今の思想界の潮流の根底にあるような気がする。

114考える名無しさん2018/12/02(日) 18:26:23.940
126 :考える名無しさん:2013/04/28(日) 05:27:20.85 P
表層のヒューマニズムと深層の超越性への意識というものこそ
資本主義精神の核なのかもな。それで、資本主義の考え方そのものが理解できる気がする。
表層に超越性を持つのであれば、何らかの神権政治になる。
ここの部分が日本人にとって資本主義精神を理解しにくい根本だと思う。

115考える名無しさん2018/12/02(日) 18:29:52.440
133 :考える名無しさん:2013/04/28(日) 06:39:32.70 P
つまり、フェアで正直で努力することこそ、天賦の才能を発揮させることであり
それこそが神の意志に沿うってことか・・
欧米では長々とこういう神学論争をやってたわけだ。
それは無駄というわけでもないよ。というより有益だったかも。

136 :考える名無しさん:2013/04/28(日) 07:05:27.09 P
天賦の才能という超越的な要素で最終的な結果が決まるのであれば、
それを神聖なものとして扱わないと、健全な社会を維持できない。
何しろ、公正さの概念やら努力やら人間が大きなエネルギーをかけて
取り組むことの目的がそれなんだから、それが神聖でないとするなら、世の中は荒廃してしまう。
それこそが資本主義の倫理ってことになるんだろう思う。
資本主義と神の関係というものには、一定の合理性があるように思う。

116考える名無しさん2018/12/02(日) 18:31:08.340
141 :考える名無しさん:2013/04/28(日) 07:26:40.97 P
わかりやすい例を挙げると、整形手術というものに人はある種の抵抗、不正感を感じるでしょ。
それはなぜかというと、天賦の容姿によらないで、人の意思の介在した容姿によって
資本主義社会でメリットを受けようとする行為が整形なわけだから、そこに不公正感を感じてしまう。
天賦の容姿は神聖であって、その神聖なものによって決まる結果だからこそ尊重されるんで
人為的な整形によって得られた結果には不公正感がつきまとう。
この部分は、すごく深い思想的な背景があると思う。
この部分の掘り下げが日本の思想界ではまったく足りてないよ。

117考える名無しさん2018/12/02(日) 18:33:36.800
178 :考える名無しさん:2013/04/29(月) 10:51:54.56 0
フェアという概念は超越性と密接に結びついてる。
超越性を持たないなら、フェアという概念は成り立たないのかもしれない。
いや、超越性を持たないならフェアという概念は結果の平等というヒューマニズムになる。
つまり、超越性がないならフェアという概念はヒューマニズムになる。
まあさんざん言われてる結論になってしまうけど。

179 :考える名無しさん:2013/04/29(月) 11:01:58.48 0
つまり、ヒューマニズムでは人間が最も崇高な存在と最終的には考える。
人間は一人一人が神である。その神に対して、あの神よりこの神の方がえらいなどと言えるだろうか?
すべての神は平等にえらいのである。したがって、結果の平等が求められる。

それに対して、人間を超越する崇高なものを想定するのであれば、
その最も崇高なものを基準として、人間の価値の高低をフェアにつけることができる。
これが機会の平等ってことになると思う。

118考える名無しさん2018/12/02(日) 18:34:54.030
180 :考える名無しさん:2013/04/29(月) 11:13:33.34 0
要するに、資本主義というものは、超越性がなければフェアには機能しない。
それを無理に不正に機能させるか、フェアにこだわるのであれば結果の平等という社会主義化するしかなくなる。
つまり、資本主義がフェアであるためには超越性が必要であり、
超越性がないのであればフェアであることを諦めるか、資本主義を諦めるかどちらかになる。
これが今の日本の現状そのものだと思う。

181 :考える名無しさん:2013/04/29(月) 11:27:07.73 0
そう考えるなら、フェアな資本主義というものは、超越性を持たない
日本人にはまったく理解不能ということになる。超越性を持たない人にとっては
資本主義は常に不正であり、フェアであるのは社会主義であって、妥協の産物として
資本主義を選択しているということになる。

119考える名無しさん2018/12/02(日) 18:51:53.710
188 :考える名無しさん:2013/04/29(月) 21:19:15.60 0
独立価値というより超越価値と言った方がいいかもね。
超越価値と従属価値の方がわかりやすい。

189 :考える名無しさん:2013/04/29(月) 21:32:56.89 0
確か、内在的価値と独立価値が比類されてたように思うけど、
内在的価値と超越的価値って対義語に近いと思う。
従属価値と道具的価値はほぼイコールのように思うけど、
内在的価値と超越的価値が対義語であるなら、それぞれが対義語を構成する3つの言葉(内在的価値、超越的価値、道具的価値)
が存在することになるよ。これはどこか言葉の定義におかしなところがあることになる。
3つの言葉がそれぞれ対義語になるということはないはず。どこかで定義が重なってる。
となると、おそらく内在的価値と超越的価値に重なりがあるってことになる。この両者と道具的価値の区別は明らかだから。
それでも内在的価値と超越的価値は対比的であるように感じる。
この部分は思想的に重要な気がする。

191 :考える名無しさん:2013/04/29(月) 21:46:42.16 0
内在してるのに超越してるっていうのは、神学的に重要な概念なのでは?
この辺にわかる人がいそうだけど。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

120考える名無しさん2018/12/02(日) 18:55:29.390
217 :考える名無しさん:2013/05/01(水) 07:44:14.49 0
内在的価値⇔道具的価値
これは哲学界で実際に使われてるからいいよね。
独立価値⇔従属価値
これも語義も意味も対義になってる。
超越的価値の対義語は、普通に考えるとどうも内在的価値になってしまう気が・・・。

視点によって、対義語にもなり、同義語にもなるのは
思想的に何かの意味があると思う。

219 :考える名無しさん:2013/05/01(水) 08:17:35.61 0
視点を変えたときに二つの言葉が同義にもなるし、対義にもなるというのは
あり得ることだよ。だから、その視点がどういうものであるかというのが
思想的意味ってことになると思う。

121考える名無しさん2018/12/02(日) 18:59:04.790
238 :考える名無しさん:2013/05/01(水) 11:31:41.77 0
京都大学の児玉聡氏のホームページにはこうあるよ。

あるものが内在的価値を持つとは、それ自体に価値があることである。
自体的価値などとも呼ばれる。 対義語は、道具的価値(手段的価値 instrumental value)で、
道具的価値を持つものは、 なにか別の目的を達成するための手段として価値があるということである。

たとえば、薬が価値があるのは、 「健康のために役立つ」からであり、
したがって薬の価値は道具的である。 それに対し、健康はそれ自体として
重宝される場合があり、 その意味では健康は内在的価値を持つ。

またたとえば、 カントやアクィナスは、 動物を虐待すべきではないと考えたが、
それは動物を虐待する人は、 人間に対しても冷酷になり、人間(や神)に
対する義務を果たすことが できなくなると考えたからであった。
この場合、 動物は手段として重要なのであり、それ自体として価値があるわけではない。
それゆえ、カントやアクィナスは動物に道具的価値を認めたが、 内在的価値は認めなかったことになる。

しかし、あるものが内在的価値を持つのか、道具的価値を持つのかは、
人によって異なる場合がある。 たとえば、「健康であることはお金をもうけるための
条件にすぎない」 と考える人にとっては、健康は道具的価値しかもたないといえる。
また、そういう人は、お金を道具的価値と考えているかもしれないし、
あるいはそれ自体で価値があると考えているかもしれない。
(守銭奴は、お金という本来は道具的価値しか持たないはずのものを、
内在的価値を持つものと考える例としてよく挙げられる)

また、知識や自由や平等、民主主義が内在的価値を持つのか、
あるいは道具的価値しか持たないのか、 というのはよく議論になるテーマの一つである。

http://plaza.umin.ac.jp/kodama/ethics/wordbook/intrinsic.html

122考える名無しさん2018/12/02(日) 19:02:17.390
264 :考える名無しさん:2013/05/02(木) 19:34:23.20 0
結局、知性を持った生物であると言うこと自体がこの宇宙の仕組みと
矛盾しているからこそ、超越性が必要になる。
人間ももともと宇宙の一部じゃないかと思うかもしれないが(これが汎神論だろう)
知性を持った人間は宇宙と矛盾する存在であって、宇宙の一部であって一部ではない。
仏教はこの本質に一番近づいていると思う。ただ、それに対して人間がどうすべきかとなるとキリスト教の方が
理解が深いのかもしれない。キリスト教の解答は、内在と超越であり、その意味するところは
人間への愛ということになるんだろう。矛盾した罪深い存在してはいけないものに対してすら愛が存在する。
これが仏教の空即是色に相当するんだと思う。そのことがあるからこそ人間はこの世界を信頼できる、
また信頼しなければならない。そういうことだと思う。

265 :考える名無しさん:2013/05/02(木) 20:42:15.64 0
内在しつつ超越するということは、要するに
色即是空、空即是色ってことでしょ。
内在が色、超越が空。

内在的価値と超越的価値は同じであり、それは色即是空・空即是色であり、
内在しつつ超越するということ。

そして色即是空を理解するために必要なのは論理であり、空即是色を理解するために必要なのは慈悲(愛)ってこと。

要するに、内在的価値を超越的価値として理解するのは論理であり、
超越的価値を内在的価値として理解するのは慈悲(愛)ってことです。

これが一連の議論の解答だと思う。

123考える名無しさん2018/12/02(日) 19:07:05.090
277 :考える名無しさん:2013/05/03(金) 06:51:48.96 0
キリスト教が一神教である理由がわかったよ。
超越的価値を内在的価値とみなすには、愛と信頼が必要なんだけど
それには愛と信頼を与える対象が必要なんだ。それがいろいろ存在してしまうと
愛と信頼は得られず、内在的価値を信頼しきれない。そういうことだと思う。
出口の部分だね。仏教が出口の部分が混乱しているのは、この愛と信頼を与え切れていないからだと思う。

124考える名無しさん2018/12/02(日) 19:09:23.280
284 :考える名無しさん:2013/05/03(金) 18:08:37.78 0
親鸞の悪人正機というのは、空即是色・慈悲に当たる部分だけど
あまりにも未熟すぎる。それでも、仏教ではこの結論に至るしかないのかもしれない。
まず、色即是空が自然の摂理とそのまま主張してしまうのはしょうがないのかもしれないが
空即是色が観音菩薩の慈悲としてしまうと、色即是空と空即是色の動因が分かれてしまう。
これでは、空即是色の慈悲が非常に厳しいものであるという部分にならない。
色即是空をもたらす存在が、空即是色の慈悲をもたらすことで、その空即是色の慈悲は非常に厳しいものになる。
それと同時に愛と信頼の有り難さが伝わることになる。

これがないから仏教ではすべての人が救われるという慈悲になってしまった。
この原因は色即是空の主体と空即是色の主体が分かれているために、空即是色の慈悲をもたらす主体が
無条件の慈悲を持つものと解釈するしかなくなってしまうことだと思う。

125考える名無しさん2018/12/02(日) 19:11:09.980
289 :考える名無しさん:2013/05/03(金) 20:55:28.54 0
元々、近代の秩序は西洋人が作り上げたわけだから
彼らの精神のあり方が近代を生きる上で一番適応してるんだと思うよ。
特に、表層のヒューマニズムと深層の信仰は、この今のある意味狂った世界を生きるのに
よく適合するように思う。
かといって、他の人々が世界をリードして文明を作っていたらこれほどよくできた文明には
絶対ならないだろうというのも確かではあるわけだけど。そういう意味でキリスト教は
欠点がないわけではないけど、特に世界の厳しさを知りながら世界を信頼するという
宗教にとって最も大事な役割を十分に果たしている唯一の宗教ではあると思う。

126考える名無しさん2018/12/02(日) 19:20:10.450
297 :考える名無しさん:2013/05/04(土) 09:08:24.91 0
内在的価値と超越的価値が仏教の色と空に対応するということで
すべての謎が解けてしまったね。

内在的価値なんてないんだと仏教はさんざん言うんだけど、
かといってニヒリズムを主張しているわけではない。空というのは超越的価値のことだ。
そして空を導き出す縁起論では道具的価値を併用して、内在的価値が存在しないことを証明している。

なぜ空が超越であるかというと、空とは縁起の無限連鎖であり、その無限連鎖こそが超越性そのものであるということ。
そして仏とは空と一体化した存在であり、それは要するに仏とは縁起の無限連鎖と一体化した超越的存在である。
いや、空が言いたいのは超越そのものであって(なぜ縁起の無限連鎖を考えるのかというと、それこそ超越性の根本だから。
縁起の無限連鎖は宇宙の摂理であり、それこそ超越性の本質だから)、その仏こそ尊いのだと言うことは
要するには尊いものは超越性の向こうにあるということだと思う。これはイデア論そのものということになる。

298 :考える名無しさん:2013/05/04(土) 09:33:17.44 0
なので、色即是空とは
内在的価値とは超越的価値であるという主張であって
空即是色とは
超越的価値とは内在的価値であるという主張ということになる。
超越的価値を内在的価値と見なすには、この世界に対する信頼が必要になる。
それこそが慈悲であり愛であり、また禅などの修行にもその要素があるのかもしれない。

127考える名無しさん2018/12/02(日) 19:23:55.800
301 :考える名無しさん:2013/05/04(土) 13:16:01.71 0
内在的価値がないというのはわかるんだが
超越的価値というのは何なんだろ?
超越とは神の意志であり、それは縁起の無限連鎖であるってことでしょ。
そこに価値がある。縁起の無限連鎖の末に獲得する価値。それが超越的価値であり、
それは神の意志による価値。こういうことかな。

303 :考える名無しさん:2013/05/04(土) 13:36:45.22 0
超越的価値とは、縁起の無限連鎖の末に獲得する価値だね。
仏教って縁を大事にする。袖すり合うも多生の縁などと言って、縁によって獲得する価値があると考えるのが
仏教の本質だと思う。そして、その縁は無限に続く。それは神の意志と言って良い。
そうであるならば、その縁によって獲得したものに価値がないわけがない。なぜならそれは神の意志だから。
これが超越的価値。

128考える名無しさん2018/12/02(日) 19:51:05.280
445 :考える名無しさん:2013/05/29(水) 07:30:41.99 0
結局は、利益の分配に争いは必要かどうかってことになるんだろうな。
利益を分配するために争いが必要だとすれば、それは昔なら戦闘、今なら市場競争で決着しないと
いけない。また、利益を分配するために争いが必要のない世の中もいずれ訪れるかもしれない。

市場によって善悪が決まるというのは、昔ならば戦闘によって善悪が決まっていたことが
今は市場によって決まっていると言うことなんだろうと思う。勝てば官軍という言葉があるように
今は売れれば正義ということなんだろうね。
でも、善悪の概念というものは、歴史的にはそういう戦闘の勝者が作ってきたわけで
戦闘の勝者が善悪を決めるにしても、市場の勝者が善悪を決めるにしても、それは
伝統的な方法から外れてるわけではないんだよ。

446 :考える名無しさん:2013/05/29(水) 07:54:30.20 0
そう考えると、国家社会主義の一番の問題点は、
外国との利益分配で、市場競争を使えないってことだと思う。
利益分配に必ず争いが必要なんだとすれば、そして市場競争が使えないとすれば
残る利益分配のための手段は戦闘だけということになってしまう。
これが国家社会主義に戦争が常につきまとう理由なんだと思う。

129考える名無しさん2018/12/02(日) 19:52:34.710
453 :考える名無しさん:2013/05/29(水) 18:55:25.83 0
国家も最初に武力で統一したものがその国家の善となるわけだけどね。
まず、人々の価値観でもルールでも統一しなければ、共同体は生まれない。
その力となったのが武力。統一するということは、押しつけるということだから、力がいるんだよ。
そして価値観やルールを同じくする人々が国家を構成するようになった。
今は、この価値観やルールの統一化を武力ではなく、市場で行ってるってことだよ。
価値観やルールの押しつけには力がいるけど、現代ではそのために武力を使うことはできない。
その代替となっているのが市場。
利益の分配も同じ事だとおもう。利益を分配するには、ある種の押しつけが伴う。誰にとっても満足できる
分配方法はないわけだから。その押しつける力となっているのが、昔であれば武力であり、今であれば市場
って事だと思う。

日本の武士道のように、こうした力と道徳というものは密接に結びついてる。
だから武というものは神聖なものと捉えられるんだよ。それは道徳を押しつける力であるから。
その部分が現代では市場に変わったわけで、保守派が不満に思う部分の本質はそこなんだと思う。
道徳の源泉が武から商に変わることで、道徳の中身は大きく変わるからね。
このことが、市場が善を決めてるという意味だと思うよ。

130考える名無しさん2018/12/02(日) 20:08:29.190
605 :考える名無しさん:2013/06/15(土) 14:01:32.81 0
現代の本当の対立軸というのは、どうもコスモポリタニズム(個人主義)とコミュニタリアニズム(集団主義)みたいだね。
サンデル以降、このことがアメリカなんかでも意識されだしてきたようだ。
この本当の対立軸をうまく管理できるようになれば、人類の社会学的な経験値はだいぶ上がると思う。
それは、実際の社会に目に見える恩恵があるほどの影響があると思う。

コスモポリタニズム(個人主義)   コミュニタリアニズム(集団主義)
資本主義・国際社会主義          封建主義・国家社会主義
自由主義                    統制主義

これが本当の対立軸。そしてこの対立軸は人間の本質を分ける最も重要なものだと思う。
もちろん、両極端を選択する必要はないけど、双方の特性、利点、欠点の理解が進むことで
この対立軸をよりうまく管理できるようになり、その結果として人類の多くの問題が解決されることになる
んじゃなかと思う。これは、実際にはアメリカでの社会科学の進歩を持つしかないところが残念ではあるけど。

606 :考える名無しさん:2013/06/15(土) 16:09:28.64 0
よく考えると、2つの世界大戦と冷戦はすべてこの軸で行われてる。

             自由主義            統制主義
第一次世界大戦   連合国       同盟国(ハプスブルク-オスマン)
第二次世界大戦 連合国             枢軸国(国家社会主義)
冷戦           西側諸国           東側諸国(国家社会主義)

まあ今さらこの軸に気づくのも遅すぎるのかもな。
社会科学は、良い人材を自然科学に取られすぎてるからかやっぱり未発展だと思う。

131考える名無しさん2018/12/02(日) 20:49:03.810
909 :考える名無しさん:2013/07/20(土) NY:AN:NY.AN 0
結局、問題になるのは超越に対する理性のあり方なんだと思う。
超越自体は、この宇宙の性質から必ず存在する。
その超越に対して、理性はいかにあるべきかというのが本当のテーマ。
それが哲学にとって最も重要な部分なんだよ。

だから、スコラ哲学の一見すると不毛な論理の積み重ねが
実は最も重要な作業であったということだと思う。
西洋人が他の人々よりも優位になったというのは、このスコラ派のおかげだと思う。
これによって、超越に対する理性のあり方というものをある程度定めることができた。
日本人には、この部分はほとんど手つかずで、それ故に日本の今のいろいろな問題が
生じてるとすら思う。

132考える名無しさん2018/12/02(日) 20:59:01.790
13 :考える名無しさん:2013/08/15(木) NY:AN:NY.AN 0
市場は戦場だからね。
戦争というものは、革命よりもはるかに深く多くの伝統を喪失させる。
日本でも戦国時代で伝統が断絶したでしょ。
市場というのは、そういうバーチャルな戦場だよ。

本当の戦争の場合、被害があまりにも甚大になるので、たとえ数十年戦闘が続いても
その後長い間平和が続いたりする。それは、人々が戦争の悲惨さが骨身にしみてわかるから
争いを決して起こさないと決意するから。

ところがバーチャルな戦場である市場は甚大な被害が起きないので、常に戦闘状態であっても
誰も困らない。なので、薄い戦国時代が常に続いている状態になるんだよ。
戦国時代では、既成の秩序は失われ、新しい秩序が生まれる。
既成の伝統は失われ、新しい慣習が起こる。
それが、日々永遠に続くのが資本主義の市場だよ。常に下克上が起きる。
それは革命よりもはるかに強力なものだよ。
なので、本当に伝統を守ることが必要であるなら、資本主義は続けられないってことになるね。

133考える名無しさん2018/12/02(日) 21:02:36.290
62 :考える名無しさん:2013/08/18(日) NY:AN:NY.AN 0
>>60
日本人にとって超越それ自体はなじみ深いんだよ。
それは諦観みたいなものだからさ。
仏教と言ってることは同じだし。
ただ、超越を前にした理性の有り様がどうにもらない。
諦観を前にしても理性を働かせ続けるということができないから。
その辺が神を前にした理性のあり方を考えるというある意味とんでもな
学問を究めてきた西洋人は強いんだよ。

134考える名無しさん2018/12/02(日) 21:05:26.720
75 :考える名無しさん:2013/08/19(月) NY:AN:NY.AN 0
逆に今の方が厳しい部分もあるんだよ。
戦前は素性がボロでも厳しい教育と社会がそれを矯正してくれた。
ところが今はそのままが良い教育なので、素性がボロだとボロのまま。
そしてたぶん、ボロのままだと生きていけないよね。
今の方が素性重視主義なんだよ。そのままで良いっていうのは、そういうこと。
そして、そっちのほうが厳しい部分も多い。
精神的には昔の方が厳しいだろうけど実態としては今もかなり厳しい。

でも戦前のやり方にも欠点はある。素性がボロの人間を無理矢理矯正して社会に適合させても
結局はそれなりであって、本当に良い人間にはならない。だから、外面はまともでも、
中身が腐ったような人間が野放しになる。中身が腐ってれば外面も腐る今の方が
社会全体としてはありがたいかもしれない。素性主義は、外面だけじゃなくて中身までの潔白さを求めるから
逆に偽物は通用しないってことでもあるね。

戦前のような素性を軽視する社会では外面まともでも内面が腐った人間が野放しで、そういう人間が要職についたりすると
社会は大損害を被ってしまう。

135考える名無しさん2018/12/02(日) 22:11:06.040
54 :考える名無しさん:2013/10/11(金) 13:28:58.44 0
この世界に超越が存在するのは明らかだけど
それで諦めちゃだめなんだよ。
それで諦めれば、猿が天皇でも良いでしょになってしまう。

信仰とは、理性が導くんだよ。
超越を認識する目的は、理性を健全に働かせるためであるということを忘れてはならない。
超越とは何かを理性で最後まで追求したトマスアクイナスの姿勢こそ、
現代人が今見習うべきものだと思う。

136考える名無しさん2018/12/08(土) 09:16:04.370
58 :考える名無しさん:2013/10/12(土) 06:49:58.69 0
トマスアクイナス

全体的にみれば、トマスは、アウグスティヌス以来のネオプラトニズムの影響を残しつつも、
哲学における軸足をプラトンからアリストテレスへと移した上で、神学と哲学の関係を整理し、
神中心主義と人間中心主義という相対立する概念のほとんど不可能ともいえる統合を図ったといえる。

人間は、理性によって神の存在を認識できる(いわゆる宇宙論的証明)。
しかし、有限である人間は無限である神の本質を認識することはできず、
理性には限界がある。もっとも、人間は神から「恩寵の光」と「栄光の光」を与えられる
ことによって知性は成長し神を認識できるようになるが、
生きている間は恩寵の光のみ与えられるので、人には信仰・愛・希望の導きが必要になる。
人は死して初めて「栄光の光」を得て神の本質を完全に認識するものであり、真の幸福が得られるのである。

137考える名無しさん2018/12/08(土) 09:17:00.230
59 :考える名無しさん:2013/10/12(土) 08:33:40.91 0
これはどういうことを意味してるかというと、
人間は死ぬことによって、宇宙と自身との矛盾が解消されるということだよ。
死ぬことによって、真に人間は宇宙と調和する。
理性は決して宇宙とは調和しない。それでも理性は、その活動を止めてはならない。
そういうこと。

138考える名無しさん2018/12/08(土) 09:18:27.540
61 :考える名無しさん:2013/10/12(土) 14:52:50.32 0
宇宙論的証明

全ての事物や出来事には、必ず原因があり結果がある。これは原因とか結果の概念は何かを考えれば、必然的に妥当な命題である。
ところで、宇宙には、運動している物体がある。物体が運動するには、何か原因がなければならない。原因となった出来事が存在して、
初めてこの宇宙での物体の運動という出来事は説明される。そこで、原因となった出来事を考えると、この出来事にもまた原因がなければならない。
こうして考えると、出来事の「原因」の序列は、より根本的な原因へと遡行して行くことになる。しかし、この過程は「無限」ではないはずである。
宇宙には「始まり」があったのであれば、原因が無限に遡行するというのはおかしい。それ故、一切の運動には、原初の根源原因があるはずであり、
出来事の因果は、この根源原因よりも先には遡らない。これこそ「神」であり、宇宙に運動があり、出来事があるということは、その根源原因である「神の存在」を自明的に証明している。

あるいは、神の世界創造を否定して、宇宙の時間は無限にあるなどという議論も可能かも知れない。原因は無限に遡行して、
根源の原因には辿り着かないという可能性である。しかし、我々の世界はそもそも「有限の世界」であり、宇宙が無限だというのなら、
そのような宇宙は、この世界に対し超越的であり、超自然である。もし無限の宇宙があるなら、それこそ神の存在の明証である。
このような論証を、「神の宇宙論的証明」と言う。

------------------------------------------------------
この後段のことを仏教は言ってるんだね

139考える名無しさん2018/12/08(土) 09:34:47.410
63 :考える名無しさん:2013/10/12(土) 15:26:09.22 0
>>59
>理性は決して宇宙とは調和しない。

これがキリスト教でいう原罪であり、仏教でいう一切皆苦だね

64 :考える名無しさん:2013/10/12(土) 15:32:27.47 0
理性は宇宙と調和できなかったがゆえに「イデア」という概念を発明したんだよ。

140考える名無しさん2018/12/08(土) 09:40:50.510
130 :考える名無しさん:2013/10/23(水) 23:31:57.54 0
いや、初めから諦念を持ってきちゃ駄目だよ。
まず理性で詰めて行って、それから諦念を持ってこないと。
最初から諦念では、差別、自棄、怠惰、依怙贔屓、無気力、依存心、
負け犬根性、主体性の無さ、という不道徳なもので社会が溢れかえってしまうよ。

131 :考える名無しさん:2013/10/24(木) 09:57:00.10 0
きれいなもの、正しいものを追い求めるほど、そこから落ちこぼれる
人たちが出るんだよな。それはものすごく残酷なことなんだよ。
でも、それから逃げれば世の中不道徳のたまり場になってしまう。
この世の中は基本的に残酷なんだよ。まず、それを覚悟しないといけない。
人はきれいなもの正しいものを見つめることで、正しくいきることができる。
でもそれは残酷なんだ。それは生まれ持った生来の何かによって誰かを切り捨てることになる。
生きると言うこと自体が残酷であるわけだから、これはどうしようもないことなんだろうけどね。

132 :考える名無しさん:2013/10/24(木) 11:51:50.88 0
ポストモダンはそういう近代主義的考えからの逃げだったんだけど、
結局社会に不道徳を蔓延させただけだった。
世の中を常によくしていこう、進歩させていこうという考えから逃げたときに
世の中は不道徳と退廃にまみれてしまう。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

141考える名無しさん2018/12/08(土) 09:41:31.960
137 :考える名無しさん:2013/10/24(木) 13:46:27.50 0
理性によって理想を追うこと自体が残酷ってことでしょ。
それが理性とこの世界の矛盾であり、キリスト教の言う原罪ってことだよ。
そこに許しと愛がいるっていうのがキリスト教で、それはおおむね正しいと思う。

142考える名無しさん2018/12/08(土) 09:44:23.350
173 :考える名無しさん:2013/10/27(日) 23:16:34.90 0
情報化が進んでみんな生き方を大きく間違うことが少なくなった。
だから後天的な要因で逆転することが難しくなったんだよな。
ギフトされた要因の優位性がそのまま逆転されることなく最後まで行ってしまう。
人々の行動が最適化されるほど、先天的な資質による要因が大きくなる。
後天的な努力で逆転できるのは、相手が大きなミスをした時だけ。
こういうことも残酷なことの一つだよ。

174 :考える名無しさん:2013/10/28(月) 03:01:21.75 0
きみ、それらの考察を保守思想と直裁に結び付けて書いてみないか?

175 :考える名無しさん:2013/10/28(月) 06:06:51.93 0
こういう風に言えるんじゃない?
人々の行動が理性的になるほど、人々の行動が最適化されるほど
人間の意思、人間の意向よりも神の意志、神の意向が大きくなる。
人々が理性的になるほど、神の影響力が強くなる。
これはどういうことなんだろうね? 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

143考える名無しさん2018/12/08(土) 09:45:40.460
176 :考える名無しさん:2013/10/28(月) 06:20:54.25 0
ポストモダンというのは、ヒューマニズムの最後の反撃だったのかもしれないな。
近代主義を否定し、人々を理性から遠ざければ、人々の行動の最適化が解消され
それによって逆説的に、神の意志よりも人々の意思の力の方が大きくなる。
ぶっちゃけ言ってしまえば、ぼんくらが増えれば、人の後天的な意思の力で逆転できる可能性が大きくなる。

でもその試みも(当然)失敗し、いよいよ人々の行動は理性によって最適化され、
人の意思よりも神の意志の影響がどんどん大きくなってる。

144考える名無しさん2018/12/08(土) 09:47:11.970
179 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 06:10:25.33 0
これさ、少なくとも超越性を神聖なものと見なさなければ
資本主義に耐えられないんじゃないの?
特に、今の日本はその部分にまさに突き当たってる感じがする。
超越性を神聖なものと見なさなければ、資本主義を公正なものと見なすことが出来ず、
公正さを希求するならば社会主義もしくは国家社会主義に行くしかなくなる。

180 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 06:15:00.47 0
天賦の才能に優れ、高い人格を持つ人を自分とは無関係な単なる幸運な人間と見なすのであれば、
そこにはもう嫉妬の感情しか生まれない。これに人間は耐えられない。
そして、足の引っ張り合いを始めてしまう。まさに今の日本でしょ。

天賦の才能に優れ、高い人格を持つ人を神から祝福された人と見なすことで初めて、その人の素直に成功を認める
ことができる。資本主義にはこれが不可欠だと思う。

145考える名無しさん2018/12/08(土) 09:48:44.030
181 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 12:55:51.07 0
>>180
どんな汚い手を使った成功者でも素直の祝福しろと?

182 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 13:44:45.02 0
汚い手というのは、人間がコントロールできるんだよ。
みんなが理性的になるほど、あるいはその行動が最適化されていくほど
「汚い手」は通用しなくなってくる。それは、人間の意思でコントロールできることが少なくなってくるってことでもある。

人々の行動が最適化されるほど、人間がコントロールできる「汚い手」で逆転できなくなってくるんだよ。
そして人間の意思でコントロール出来ることが少なくなるに伴って、神の意志がもたらす影響がどんどん大きくなる。
それは要するに、天賦の才能や運による偶然の影響が大きくなるってことだね。

183 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 13:49:35.78 0
天賦の才能で勝つことを「汚い手」とは言わない。
それに対して、人が自分なりの独自の手で勝つことを「汚い手」という。

これは要するに、神の意志に反する行動を「汚い」と言ってるんだよ。
勝つこと自体が「汚い」わけじゃない。神が与えてくれたもの以外に頼って勝つことを「汚い」といってるんだね。
これは考えてみたら、すごいことだよ。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

146考える名無しさん2018/12/08(土) 09:50:20.660
184 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 14:05:28.66 0
>これは要するに、神の意志に反する行動を「汚い」と言ってるんだよ。

どこの誰が神の御意志を知り得ると言うのだろうか?

185 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 14:20:46.39 0
>>184
天賦の才能を、人間の悪知恵で打ち負かしたら、それが「汚い」ってことになるんだよ。
美人コンテストを整形で優勝するとかね。
天賦の才能のある新人を狡猾な小細工で潰すとか。

186 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 16:05:55.77 0
昔は、天賦の才能よりも運の要素の方が大きかった。
これも人間がコントロールできないものだね。
そして、世界が近代化され始めると、運の要素の影響力が少なくなってきた。

そこで人々は、人間がコントロールできる範囲が拡大することを期待した。
それは、確かにその通りになったが、今度は人々の行動の最適化が十分に進むと
天賦の才能という人間がコントロールできない要素の影響がまた大きくなってきた。
これが今までの流れだと思う。この流れに応じて、ヒューマニズムの影響が大きくなり、また小さくなってきた
んだと思う。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

147考える名無しさん2018/12/08(土) 09:52:31.330
191 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 17:15:54.82 O
「天賦の才能」 なんて、運そのものだろうがw

192 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 17:20:36.62 0
>>191
まあ運ではあるけど、その他の運の要素は近代化で影響が小さくなったのに対して
天賦の才能の影響は近代化で極端に大きくなったんだよ。
近代化・資本主義における公正という概念が、天賦の才能をより尊重することだったから、当然ではあるんだけどね。

193 :考える名無しさん:2013/10/29(火) 17:23:54.53 0
天賦の才能を尊重することがなぜ公正なのかというのも、よく考えると不思議ではあるんだけどね。
でも、これはキリスト教徒だけじゃなくて、日本人にとっても心の奥底から納得できるから
何かより深い普遍的な根拠があるんだとは思う。
それは生物にとって本能に組み込まれた「常識」なのかもしれないね。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

148考える名無しさん2018/12/08(土) 09:55:58.800
229 :考える名無しさん:2013/10/31(木) 19:58:46.49 0
人間にとって反合理って非常に危険なものなんだよ。
それは、下手に使うと人類社会に致命的な打撃を与えることすらある。

といっても、この世界の性質から、反合理から人間は逃げられない。
人間はどうしても反合理と付き合っていかないといけない。
そのつきあい方を厳重に管理しようというのが、宗教なのかもしれないね。
それぞれが好き勝手に反合理を乱用するようになると、文明社会が崩壊してしまう。
これがポストモダンの危険性なんだと思う。

230 :考える名無しさん:2013/10/31(木) 20:17:58.53 0
合理と反合理の均衡を伝統に取らせようというのかま保守
近代理性に取らせようというのが革新
保守、革新どちらにせよ、イデアという指針は必要だけどね

231 :考える名無しさん:2013/10/31(木) 20:50:17.49 0
均衡とかじゃないよ。
基本的に、合理が圧倒するんだよ。それが文明社会。
それでも、最後に不合理がどうしても残る。
その不合理を前にして、血のにじむ思いで諦念することになる。
それは簡単なことじゃないよ。
合理と不合理の均衡とかそんな軽いものじゃないんだよ。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

149考える名無しさん2018/12/08(土) 09:59:01.470
232 :考える名無しさん:2013/10/31(木) 20:52:11.34 0
不合理が合理と均衡してもいいなら、
もう北斗の拳のような野蛮社会の到来だよ。
言葉の美しさだけを追うんじゃなくて、その内容もよく考えた方が良い。

233 :考える名無しさん:2013/10/31(木) 21:01:24.01 0
人間にとって避けられない最も重大な不合理は、死だよ。
死ほど不合理なものはない。人間の理性にとって、死を全く理解の範囲外にある。
そしてこれこそ、超越の本質だ。
人間にとって最も重大な不合理である死を宗教が扱うことになるのは、必然なんだと思う。

150考える名無しさん2018/12/08(土) 10:04:35.210
293 :考える名無しさん:2013/11/06(水) 07:53:17.56 0
美とは物理的な美だけじゃないんだよ。
武士道なんかも美のイデアを志向するものだしね。
美しさというものは、儚さ、そして死と隣り合わせと日本人は捉えてる。
それは、イデアの性質からして、正しいんだよ。

294 :考える名無しさん:2013/11/06(水) 07:57:08.14 0
そして、日本人は整形を嫌うでしょ。これも、外見的な美じゃなくて、
本質的な美、本当の美、つまり美のイデアを求めてるってことだと思う。
偽物では我慢できないんだよ。それは、神がもたらす美を求めてるってことでもある。
だから、儚さ、死と隣り合わせなんだ。桜が美しいのは、そこに儚さにあるから。永遠に桜の花が咲くのであれば
日本人はそこに関心を寄せない。なぜなら、それは作り物だから。美のイデアはこの世に存在しない。
それでもそれを求める以上、儚さと死がつきまとう。逆に、それがないものは偽物ということになる。

151考える名無しさん2018/12/08(土) 10:13:13.580
395 :考える名無しさん:2013/11/17(日) 08:29:43.32 0
現代の一番の問題は、ヒューマニズムの限界がいよいよ露呈し、
それに対抗するための最後のヒューマニズムの試みであったポストモダンも明確に失敗に終わったということ。
これが一番の問題点。
このために、人々はヒューマニズムの限界としての超越・信仰に向き合うしかなくなりつつある。
これをしなければ、イデアを正しく取り扱えず、一方で万能感にどっぷり浸る人間、他方で無力・無気力に沈む人間に分かれてしまう。

396 :考える名無しさん:2013/11/17(日) 10:02:51.67 0
世の中の最適化が進んで、合理を選択しても大きな差別化にならず
そのメリットが大きくなくなったときに、逆説的に合理に対する信頼が失われるんだよ。
ヒューマニズムとは、このいずれは解消される「歪み」に立脚していただけ。
合理を選択してもメリットが大きくなくなったときに、ポストモダンは合理の選択の価値を高めるために
多様化の名の下に非合理の再拡大を図ったけれど、それは犯罪的行為だよ。
良く言っても、悪あがきでしかない。

いずれこの「歪み」は解消される。
そうなったときに、人間は合理の追求の先にある超越性の壁に阻まれることになる。
これによって、楽天的なヒューマニズムは消え去り、神の采配の大きさに人間は再び気付くことになる。
これが本能的にわかっているから、真にヒューマニズムを信じている人は、合理の追求に恐怖を覚えるんだよ

152考える名無しさん2018/12/08(土) 10:16:41.800
397 :考える名無しさん:2013/11/17(日) 10:27:52.47 0
このために、合理を追求するヒューマニズム信奉者がいた場合
その人は解消すべき非合理が存在しないと困ることになる。
そうした非合理が存在しなくなったときに、神の采配が非合理に邪魔されることなく、
人々の生活を大きく左右することになる。それは、公正な社会ではあるけれど、ヒューマニズム信奉者にとっては
絶望の世界ということになるね。

398 :考える名無しさん:2013/11/17(日) 13:12:58.32 0
小学生のときは、良い走り方を覚えれば、他の子よりも速く走ることができるけれど
大人になるほど、走り方よりも先天的な運動能力の要因の方が大きくなる。
これは、それと似ている。みんなが不効率であるときは、効率的なやり方を覚えることで他に先んじることができる(これが自由)。
ところが、みんなが効率的になるほど、やり方を覚えるだけでは差がつかず、先天的な能力に左右されるようになる(これが不自由だね)。

みんなが非効率であればあるほど、自由は人が管理できる。
それに対して、みんなが効率的になるほど、自由を手にするのは神に選ばれた人だけになる。

153考える名無しさん2018/12/08(土) 10:18:57.870
400 :考える名無しさん:2013/11/17(日) 17:38:34.31 0
もしヒューマニズム信奉者の心の奥底の願望が、不合理の乱用による自由の獲得
にあったとしたら、それはとんでもなく卑怯な考えだと言わざるを得ない。

考えるに、不合理の乱用こそ、人間が自分の意思で物事を左右できる唯一の手段なんだと思う。
合理に従うのであれば、そこに人間の意思が介在する余地はない。不合理を乱用するからこそ、人間の意思が介在できる。
つまり、合理を追求することは、人間から自由を奪うことになるわけだよ。
このことを考えると、ものすごく大きな欺瞞が裏に隠れてる。

合理の追求が自我をなくすことになるのに対し、不合理の乱用が自我を肥大させる。
この当たり前のことが、大きな欺瞞の裏に隠されて、人間の自由というものが論じられていると思う。

154考える名無しさん2018/12/08(土) 10:23:34.770
409 :考える名無しさん:2013/11/18(月) 16:17:37.03 0
結局、中庸でいることが一番人間の選択肢を多く持てるってことだろ。
その、馬鹿な奴らがいた方が自分が楽だという動機が道義的にどうかという問題は残るけどねw
西部さんもそんな感じでしょ。自分のわがままが一番通りそうな道を本能的に嗅ぎつけてる。


411 :考える名無しさん:2013/11/18(月) 17:14:59.13 0
不合理に泣く人もある程度はいた方が良い。
天賦の才能を発揮できずに終わる人もある程度はいた方が良い。
才能があっても人為的な不合理のために貧困に終わる人がある程度はいた方が良い。

この理屈が果たして通るかな。中庸というきれいな言葉で通せるかな、この理屈が。

155考える名無しさん2018/12/08(土) 10:25:56.400
412 :考える名無しさん:2013/11/18(月) 18:07:04.96 0
人為的な不合理は許されないよ。それを許すと戦乱原始時代に逆戻り。
神から出た不合理だと人々が納得しなければ、その不合理を人々は許さない。
神がもたらした不合理についてのみ、人々は納得する。それ以外の人為的な不合理を人々は決して許さない。
こうして、人間は文明社会を築いてきたわけだから。
これを否定するのは、原始時代に逆戻りするポストモダンだよ。

156考える名無しさん2018/12/08(土) 10:27:49.590
431 :考える名無しさん:2013/11/24(日) 13:16:36.32 0
争いがない世界は美しいというイデアがある一方で
争いがあるからこそ自由が可能になるという現実がある。
富の分配、職業の選択、さらには配偶者の選択に至るまで、すべてのことに争いが付随して
その争いがあるからこそ、職業の選択の自由や、配偶者の選択の自由ですら保証される。
人間は矛盾した生き物なんだよ。

157学術2018/12/08(土) 10:36:35.290
生まれる前も生まれた後も少しでも良い存在になろうとあがきなさい。
天賦の才もも恥かきながらならつかみどれるかもしれない
或いは当たり前のことと努力して、天運を待つとか。
僕は酒のみだったから美については酒が大事だと思う。

合理というと、理性に合致したことだというが、理性の働きを自覚するのも
ダフって良くないと思うよ。不合理、不条理などは、人生が伸びるうえで重要な事柄だ。


神というとどんな姿をしているのを思い浮かべますか?神への階段が合ったって
いいと思う。可能性はゼロに等しいとしても。

158学術2018/12/08(土) 10:37:46.690
剣や銃を使う戦争は救済主が現れて仕事をしなければいけないという
同じ繰り返しに陥りやすいのでは?

159学術2018/12/08(土) 10:38:12.520
核戦争も爆弾テロもそういうところはあるでしょう。

160考える名無しさん2018/12/08(土) 10:38:33.360
487 :考える名無しさん:2013/11/29(金) 08:14:18.09 0
神というのは、キリスト教徒だけの問題じゃないんだよ。
この世界に生まれる人間はゼロからスタートするわけじゃなくて、その時点で何かを意味なく与えられてる。
そして死ぬときも、何かを意味なく残していく。その不合理を前にして理性が狂わずにいるためには
理性が信頼できる神聖な存在が必要なんだ。それがないなら、理性はこの世界の不合理に耐えられず
それを壊そうとし始めると思う。
だから、神は理性が信頼できるものでなければならない。信仰は理性が導かないといけない。
それは、プラトンが唱えたイデアとまさに重なるものだ。イデアも神も理性がその存在を見いだすものであり
またこの世界から超越している。キリスト教にプラトンの思想が混入するのは不可避だったと思う。

プラトンのイデアの超越に対して、アリストテレスは内在からのアプローチを取ったわけだけど、
キリスト教は、この超越からの視点と内在からの視点を統合させた。これこそ、
人類の最も偉大な哲学的業績だと思う。この内在と超越の矛盾こそ、人間が宇宙に対して抱えている矛盾そのものであり
それは仏教で言う色即是空、空即是色の矛盾に対応するものだ。

161考える名無しさん2018/12/08(土) 10:41:57.050
490 :考える名無しさん:2013/11/29(金) 11:19:56.62 0
色即是空、空即是色と内在的超越の関係については、
トマスアクィナスのいう宇宙論的証明のこの部分が手がかりになる。

>あるいは、神の世界創造を否定して、宇宙の時間は無限にあるなどという議論も可能かも知れない。原因は無限に遡行して、
>根源の原因には辿り着かないという可能性である。しかし、我々の世界はそもそも「有限の世界」であり、宇宙が無限だというのなら、
>そのような宇宙は、この世界に対し超越的であり、超自然である。もし無限の宇宙があるなら、それこそ神の存在の明証である。
>このような論証を、「神の宇宙論的証明」と言う。

この無限が空であって、それがこの世界に対して超越しているということだよ。
空というのは、縁起の無限連鎖の結果としての空であり、それはこの世界から超越している。
色はもちろん、内在に対応している。要するに、色即是空空即是色とは、内在的超越のことを意味している。

そして、この人間と宇宙との間にある矛盾は、絶対に解決できない。これは、仏教が既に証明している。
この矛盾を理性が納得するためには、超越した神聖な何かが必要になる。論理では解決できない矛盾であるが故に
超越が必要になるんだよ。
なので、カントであろうとウィトゲンシュタインであろうと、この矛盾を解決する試みはすべて無駄だよ。

162考える名無しさん2018/12/08(土) 10:51:38.450
614 :考える名無しさん:2013/12/13(金) 17:59:02.48 0
お見合い結婚とかそうだよな。
自由がないから、それで救われる人たちがいる。
自由を与えても、結局その自由はすべての人に与えられるわけじゃない。
お見合い結婚から恋愛結婚に変わって自由になっても、逆に相対的には不自由だった時代より酷くなってしまう。
自由というのは、一部の人にしか与えられない。そして、それによって割を食う人たちがいるんだよ。
それから、学校の班作りとかもそうかもしれない。先生が強制的に班を作らせれば誰も困らないけど
自由に班を作ってと言われたら、余ってしまう人が出てしまう。
自由というのは、怖いものでもあるんだよ。

163学術2018/12/08(土) 10:54:22.820
頭で考えたことが哲学ではなく、行動して体験して書き残すものに比重を置かなくてもよいはずだ。あくまでリアルに現実的に生きてみて、自分の桁通りに哲学を刻むといいと思うよ。宇宙に行ったことがなければね。

形而上学スレッドがいるな。神が平凡ではならない。姿、能力ともゲームのキャラや
ボスぐらいできていないといけない。

164学術2018/12/08(土) 10:55:25.950
自分の自由は他人の不自由。敢えて果敢に自分の不自由をとれ、エゴを捨て去ってな。

165考える名無しさん2018/12/08(土) 11:10:34.370
エゴを捨て去りたいなら
死ぬまで黙れ

166学術2018/12/08(土) 11:54:52.740
黙っているのも物騒でしょう?あなたは何かをかくすために黙っているのでは。
声にならない声があってはならないはずで。

167考える名無しさん2018/12/11(火) 10:15:09.260
独立価値と従属価値の概念で始まった議論は
ここで、キリスト教の内在的超越の概念で一つの結論を得ました
つまり、独立価値とは、内在的価値であり、また超越的価値です
そして、独立価値を超越的価値とみなすのは論理、
独立価値を内在的価値とみなすのは恩寵、愛ということになります

ただし、これは伝統的な解決手法であり、この後、
ITや遺伝子技術の進歩を勘案した議論へと進むことになります

168考える名無しさん2018/12/16(日) 17:38:53.180
777 :考える名無しさん:2014/05/19(月) 06:51:23.97 0
合理というのは透明だから、その大元に悪魔の非合理がある場合には、合理の透明性の向こうに悪魔の非合理が透けて見えることになる。
これが合理が誤解される原因なんだが、無限性の縁起に起因する非合理を悪魔の非合理と見なすことはできない。
そうしてしまうと、この世の中は悪魔が作った世の中であると見なすことになってしまう。論理的には、それが間違ってるとは言えないけど
人間はそれをしないと決めたんだよ。必ず存在する世界と人間との間の矛盾を、神の意志とみなすことに人間は決めた。
これを悪魔の意思とみなすことに人間は耐えられないからね。

だから人間は、無限性の縁起に起因する非合理は、神の非合理であり、神の意志であって、神聖なものと見なすことにしたんだよ。
そういう前提の中で人々は善の意識を構築しているので、これを悪魔の非合理とみなしてしまうと、善の意識そのものが崩壊してしまう。

778 :考える名無しさん:2014/05/19(月) 06:54:34.12 0
つまり、ここで補足するなら、悪魔の非合理とは、人為的な非合理と言えるってことだね。
神の非合理は、無限性の縁起に起因する非合理であり、
悪魔の非合理は、人為的な非合理ってことだよ。
こう考えると、善と悪について、うまく説明できるよ。

169考える名無しさん2018/12/16(日) 17:39:34.400
779 :考える名無しさん:2014/05/19(月) 08:07:28.13 0
ここで一つ例として、男女平等を過度に追求するフェミニズムを考えてみると
この思想は、まず神の非合理(無限性の縁起に起因する非合理)を否定し、それを合理に置き換えようとしている。
でも、合理は透明であり、その先にその合理を導き出した非合理があるはず。その非合理は、おそらく人為的なものなんだと思う。
それは、女性が虐げられてきた怨念とか、既成秩序を破壊したい衝動とか、そうした人為的な非合理が大元にあり、そこから合理が演繹されてる。
だから、フェミニズムというのは、神の非合理を大元に持つ(そこから演繹された)合理ではなく、人為的な非合理を大元に持つ非合理ってことになる。

これがフェミニズムが間違っている理由だと思う。合理の大元には、あくまで神の非合理が存在しないといけない。
良い合理は、神の非合理(無限性の縁起に起因する非合理)から演繹されたものでないといけないってことだね。

170考える名無しさん2018/12/16(日) 17:40:15.540
780 :考える名無しさん:2014/05/19(月) 08:31:46.35 0
このことでわかるのは、合理には、必ずその大元に不合理な前提があるってこと。
この不合理な前提がなければ、合理の連鎖は宙ぶらりんになってしまう。
男女の例で考えるなら、男は力が強く、女は力が弱い。そして、女は子供を産む。
これらの属性は、神が与えた不合理であり、この不合理を前提として、合理を演繹していかなければならない。
つまり、男は力が強い->力仕事に適している、とか、女は子供を産む->母性が求められるとか、
こういうふうに合理が演繹されなければならない。

合理は透明性があるので、その大元に人為的な怨念や衝動があると、それが透けて見える。
そういう合理は胡散臭いものになる。

171考える名無しさん2018/12/16(日) 17:43:34.680
813 :考える名無しさん:2014/05/21(水) 22:29:57.54 0
ドワンゴ会長の川上氏は、論理は突き詰めると人間の敵になると言ってるけど
それは違うんだよ。論理を突き詰めると非合理に突き当たる。
その非合理を否定することは非人間的であり、その非合理にこそ人間性があると言ってるんだろうけど、
その非合理には二種類あるんだ。そして、人為的な非合理は合理に置き換えていかなければならない。
神が与えた非合理についてのみ、尊重していく。
そうしないと、良い世の中はならない。

この部分で混乱してしまったポストモダンは、合理よりも人為的な非合理を優先してしまい、
犯罪や悪徳を助長させることになってしまった。

172考える名無しさん2018/12/16(日) 17:48:12.780
849 :考える名無しさん:2014/05/27(火) 23:24:21.53 0
まず、合理だから良い、非合理だから悪いという良し悪しの判断方法が間違ってる。
これが混乱のもとだ。もちろん、その逆も違う。
合理に良いも悪いもない。良い悪いがあるのは非合理の方。
この点がポストモダンの混乱の大元でもある。
ポストモダンでは、みんな最終的には非合理なんだから良いも悪いもないとなってしまった。合理がよいという思い込みのためにね。
実際は、非合理だからこそ良い悪いがある。合理には良い悪いはないからね。

173考える名無しさん2018/12/16(日) 17:50:04.550

174考える名無しさん2018/12/16(日) 17:50:38.210
855 :考える名無しさん:2014/05/28(水) 10:36:15.57 0
もともと人間に自意識があることが、自然と人間を分けてる。
自然界は自意識のある存在を想定していないので、自意識を持つ存在にとって
自然界は矛盾だらけなものになる。そのことが、人間を苦しめるんだね。
これが原罪であり、一切皆苦なんだ。
人間から見たこの矛盾、非合理は避けられない。なので、こうした非合理は神聖なものとして棚上げしてきた。
人間の生死とか性別とか、生まれ持った性質、その他自然界に直接つながっていて、人間の自意識とは切り離された属性は
人間の自意識にとっては矛盾だらけなものに映る。それは、人間の自意識にとって矛盾だらけの自然界に直接つながっている属性だから。

この避けられない矛盾から波及して、あたかも何かの障害に対する二次障害のように、生じてくる矛盾がある。
これが人為的な矛盾なんだと思う。こちらは、自意識が作り出す産物で、自意識の枠内に留まり、そしてこちらも人間を苦しめる。
ただ、こちらは解決可能なので、この二次障害的な矛盾をなくしていくことが、人間の苦しみを少なくしていく方法だと思う。

175考える名無しさん2018/12/16(日) 17:54:56.740
913 :考える名無しさん:2014/06/11(水) 20:44:11.45 0
ひょっとしたら、善とは次のように定義できるかもしれない。

人、生物、物を不必要に傷つけない、人の自意識を介さない、不合理な事象、行為または想念


これに当てはまるものを善として良いんではないだろうか?

なぜかというと、まず合理には善悪はないので、合理は除外する。
人の自意識を介する非合理は悪とみなされるので、これも除外する。
そして、人、生物、物を不必要に傷つけることは、悪なのでこれも除外する。

それらを除外すれば、そして非合理には必ず善悪があるという仮定をすれば、
上記の定義で善を説明できるんじゃないだろうか?

914 :考える名無しさん:2014/06/11(水) 21:34:49.71 0
なぜ消去法かというと、この世界の事象は基本的に善であるという前提があるから。
それらは、神の縁起が引き起こしている以上、基本的に善なんだ。
そうみなすことに人間は決めたわけだよ。神がこの世界を作ったということにしたわけだから。

なので、悪の定義に明示的に当てはまらないものは、基本的に善とみなしても良いと思う。
この世界は基本的には善なのだから。

176考える名無しさん2018/12/16(日) 17:57:02.460
924 :考える名無しさん:2014/06/14(土) 09:35:34.79 0
合理は善、非合理は悪という不毛な思い込みから、
すべての合理の背後に非合理があると気付いたときに、善悪の基準が崩壊してしまった。
これがポストモダンの最大の失敗。
まず、合理には善悪はないこと、非合理こそ善悪の区別を付けなければならないことを知らなければならない。
これによって、現代のモラルハザードを立て直すことができるはず。

非合理の善悪の基準は、>>913のようなガイドラインはあるが、基本的にその都度ごとに判断しなければならないと思う。
>>913のガイドラインのうち、自意識を介する非合理を悪としたのは、非合理こそ色・個性であり(合理に色・個性はない)
その色・個性を人が恣意的に持ち出すのは、仏教の一切皆苦の禁令にかかるから。
色・個性を恣意的に持ち出せば、結局その人は無駄に苦しむことになる。これは、仏教とキリスト教の教えるところ。

キリスト教では、これをヒューマニズムとして戒めている。
合理に従うことは透明であり神に背かないけれど(その合理の背後・基盤に神の非合理がある)、
恣意的に非合理を持ち出すことは(またその恣意的な非合理を基盤にして合理を構築することは)、神の非合理に衝突することになり
それは神を背くことになる。これがヒューマニズムの本質。

177考える名無しさん2018/12/16(日) 18:51:47.560
3 :考える名無しさん:2014/06/25(水) 19:42:53.58 0
907 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2014/06/11(水) 07:55:32.80 0
クリミナルマインドを見てたら、こんな台詞が出てきた。

MITの認知科学者曰く『偶然とは人間の持つ最大の不合理性のもとである』.

このスレ見てない人には、ぴんとこない台詞だけど、ものすごく深いな。
神学と哲学を貫く深淵にまで届く。

908 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2014/06/11(水) 08:01:50.10 0
このエピソードで、FBIエージェントの一人が、車の座席の下に仕掛けられ、座席から立つと爆発する仕組みの
爆弾を処理している間、座席に座っている人の手を取って励ますというシーンがあった。
合理に従うなら、この行動は何の意味もないわけだけど、たまたまそこに居合わせ、その座席に座る人と
目が合ったという偶然のみが、その不合理な行動の引き金になった。

こういうことこそが、人生の意味そのものかもしれないな。
合理には意味はない。意味があるのは不合理の方だから。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

178考える名無しさん2018/12/16(日) 18:52:06.820
909 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2014/06/11(水) 08:04:24.87 0
そしてこのシーンの後に、MITの認知科学者の話を言わせてるから
脚本家は完全に、そのことを理解し、それを意図してるわけだよ。
アメリカのドラマは恐ろしく高尚になってるね。

910 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2014/06/11(水) 08:48:45.74 0
合理には、良い悪いはない。良い悪いがあるのは非合理の方。
それでは、このFBIエージェントが取った非合理な行動は、良いのか悪いのか?
直感的には、良いものと思われる。なぜなら、偶然が引き金になった非合理だから。
偶然が引き金になった非合理は、要するに無限性の縁起に起因する非合理であり、つまりは神による非合理だ。
そのために、良い非合理と直感的に思える。

この行動が人為的な非合理に起因するものであれば、
たとえばFBIエージェントが何かの人為的な非合理(名誉欲、あるいはそうした因習がFBIにあるとか)でそうした行為を取ったのであれば、
それは悪い非合理であると直感的に思える。

179考える名無しさん2018/12/16(日) 18:53:05.950
911 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2014/06/11(水) 08:59:22.39 0
ここには、人間の自意識の介在というものが関係しているように思う。
人間の自意識こそが、人間と自然をわけ、人間を自然とは異なる存在にしている。
人間の自意識が介在すると、それは無限性の縁起、神の縁起から離れ、人為のものとなる。

このFBIエージェントの行動は、自意識が介在せず、ただその目の前の偶然から引き起こされたオートマティックな行動だからこそ、
それを正しいと思える。
それに対して、自意識が介在する非合理な行動は、それが何かの欲であれ因習であれ、悪いものと
直感的に捉えられるんだと思う。

180考える名無しさん2018/12/16(日) 20:31:03.010
947 :考える名無しさん:2015/03/29(日) 12:58:34.30 0
生来の容姿の良さや頭の良さも、それが神によって与えられたと考えられているから尊重されるわけで
遺伝子技術の発展で人がそういう面も操作できるようになると、単なる既得権益の一つでしかなくなる。
まるで、髪を染めたり付け毛をしたりするように、知能を上げたり容姿を整えたりできるようになったときに、
人の能力の概念そのものが変わってしまう。人から尊重される何かというものには、神の裏付けが必要なんだと思う。
それが人の手によるものであるならば、単なる既得権益の一つになってしまう。
既得権益だから、後から能力や容姿を高める奴は、自分の権益を侵害する奴ってことになる。
でも、そういう軋轢を超えた後、残るのは、やはり神によって与えられた何かを信奉する気持ちであることには変わりは無くて
それはかつて共産主義者が考えたような人の命そのものの平等性というものに目を向けられるようになるかもしれない。
でもそれは、まるで商業的ショッピングセンターやチェーンストアのようなのっぺりとした感じのものになるね。

948 :考える名無しさん:2015/03/29(日) 13:17:54.87 0
容姿の問題は以外に大きいんだよ。
ここで、特に配偶者の選択が決まる。
最終的に、人と人との競争、特に男性間の競争は、配偶者の取り合いが大元だから。
それ以外のものは、たいてい妥協できる。でも、この部分で妥協できないから、そこが起点になって
競争の論理がどんどん積み上がっていく。共産主義でも、この部分での競争が解消できないことが結局破綻の原因じゃないかとすら
思うよ。金銭的な平等を実現できたとしても、配偶者の取り合いはどうにもならないからね。

181考える名無しさん2018/12/16(日) 21:22:53.120
236 :考える名無しさん:2015/04/14(火) 08:47:39.24 0
前にジブリの風立ちぬの話が出ていたが、主人公の堀越二郎はそれが重要な職務と認められていた
が故に、安定とさらに名誉すら与えられた。話の中で飢えた子供達数万人を救える予算で
ドイツの飛行機を買い付ける話が出てきたが、そのような潤沢な予算に恵まれた環境で、
安定を与えられ、やりがいのある職に没頭できる。それはひとえに、彼の自身の優秀さのおかげなわけだよ。
すべての人にそれが与えられるわけではもちろんない。他の人は、平気で人間爆弾として犠牲になった時代だ。
それでも、自身の優秀さと、選んだ職務の重要さが、彼をそのように恵まれた環境の中においた。
ストーリーの彼に感情移入した多くの人たちも、実際には飢えた子供の側であり、人間爆弾を抱かされる側だ。
優秀な人間は自身の意思で天国を選択できるが、ほとんどの人はそうではない。
それは今でも程度の差はあるけど、基本的に変わってない。
この世の中は非常に残酷で無情だ。優秀であるかどうかが天国と地獄を分ける。
この基準は人間の世界に留まらない。たとえば牛や豚は優秀じゃないから食べられてしまうわけだし、
まったく知能のない蟻や昆虫は無意味に殺されても誰も気にしない。
優秀であるかどうか、知能が高いかどうかで、人の境遇は大きく変わる。

182考える名無しさん2018/12/16(日) 21:26:57.770
258 :考える名無しさん:2015/04/15(水) 07:38:05.19 0
風立ちぬでの資本主義の考察があったが、あの話に出てくる堀越二郎とか同期の本庄とか
会社の若手がイケメンでベテランが不細工というのが、現代の大企業って感じだった。
本庄は女性人気が高かったらしいが。
資本主義が進むと、有能遺伝子と美男美女遺伝子が配偶関係になって、それが数世代続くと
有能な奴は美男美女という恐ろしい状態になるんじゃないかと思う。
現に、今の東大生は美男美女が多く、それに対して下位大学では不細工が多いというような
すごい事態になってるらしい。

259 :考える名無しさん:2015/04/15(水) 08:23:43.11 0
>>258
ここに出てた。
http://dot.asahi.com/aera/2014061900064.html

確かに、身もふたもない説だよね。

260 :考える名無しさん:2015/04/15(水) 11:09:45.76 0
宮台氏なんかだと10年以上前からとっくに予想してそうな話だ 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

183考える名無しさん2018/12/16(日) 21:28:19.780
270 :考える名無しさん:2015/04/15(水) 16:31:53.74 0
まあ、あんまり悲観的に考えてもしょうがないよ。
遺伝子技術で人の能力差を緩和できるとか、寿命そのものが大幅に伸びるとかさ、
将来は何があるかわからない。もちろん、そうならないかもしれないけど。
今最善と思えることを粛々とやっていくしかないんだと思うよ。

272 :考える名無しさん:2015/04/17(金) 08:03:57.46 0
寿命が延びれば能力差の意味というのも若干薄れるんじゃないかというのはある。
たとえば、1000年の寿命があるなら、努力による成長曲線が緩い人でも徐々に成長できる。
それから、やり直しについても、今みたいな一度失敗すれば人生終了来世に期待みたいな感じでは
なくなるから、宮台的なやり直しの機会を考慮したような考えもある程度説得力を持つようになるね。

184考える名無しさん2018/12/16(日) 21:29:24.160
278 :考える名無しさん:2015/04/17(金) 10:16:39.00 0
これは宮台に限らないけど、どうしようもない生来の優劣の差というものを目の前にしたときに
優劣の概念そのものをなしにしてしまおうと考えるのはNGだよ。それはメチャクチャ。
優劣はどうしようもなくあるんだよ。その前に人間はひざまずくしかない。
特に、美醜というものはどうしようもなくある。宮台氏自身だって、プライベートでは美醜で思いっきり差別してるでしょ。
自身でそうしているのに他の人間には優劣なんてない、美醜なんてないなんてそりゃ無理な話だよ。

でも、人間は誰もが平等だと思いたい気持ちもわかる。その両者の矛盾を解決してくれるのが
遺伝子技術だと思う。
要するに、人間が平等であるためには、本当にまやかしではなくそれぞれが等しい価値を持つ存在でないとダメってことだよ。
インチキな詭弁で口先だけで平等だと言ってもそんなの通用しない。

185考える名無しさん2018/12/16(日) 21:39:45.690
388 :考える名無しさん:2015/04/19(日) 14:21:53.03 0
>>386
その合理っていうのは、伝統は誰にとってこんな風に役立ちますって説明することでしょ。
世界人類のため、個人のため、それともあらゆる存在にとって役立つとかさ。
いずれにしても、そこに非合理があるわけですよ。世界人類でさえ、最終的には存在理由はないわけだから。
この世界というものは、そういうもの。最後には非合理に行き着く。だから、非合理を引き受けてその善悪を判断しなければならない。
世界人類が生存することは善であると言うふうにね。
つまりここでは、「世界人類が生存する」という非合理を善と判断あるいは定義したわけだよ。
こんな風に、非合理に対して、それを非合理と承知の上で、それを非合理と引き受けたうえで善悪を判断しないといけない。
合理だから善という風に逃げてはいけないってこ。そこで逃げると、非合理のほころびがどんどん出てきて、
たとえば人を殺してはどうしていけないのなんて質問にすらまともに答えられなくなる。

186考える名無しさん2018/12/16(日) 21:49:21.360
600 :考える名無しさん:2015/04/20(月) 09:16:49.93 0
結局、この世界は人間のために作られたものじゃない。
だから、最終的にはどこかで人間(社会)のためには存在していない何かを信頼しないといけないんだよ。
人間社会から出ないんだから関係ないかというと、そうではない。人間は最終的に死ぬわけだから。
そこで、人間社会から出るんだよ。その死と向き合ったときに、人間のために作られたわけじゃないこの世界を
信頼することが必要になる。それが、合理を超える善ってことになる。

601 :考える名無しさん:2015/04/20(月) 10:11:55.92 0
人間は生まれてくる非合理と死ぬ非合理という2つの非合理に囲まれてるからね。
最初と最後が非合理なわけだから、結局はすべての合理は最終的に非合理に行き着く。
合理のまま完結するものなどない。そうした非合理のそれぞれについて、善悪の判断をしなければならない。
合理だから善、非合理だから悪、あるいはその逆の基準を使っていると、最終的にポストモダンが陥ったように
すべてのことについて善悪の判断は不可能ということになる。なぜなら、すべての合理の背後には非合理があるから。
その背後にある非合理から目をそむけてはならない。その背後にあるに非合理に対して、善悪の判断を付ける覚悟が必要なんだ。

187考える名無しさん2018/12/16(日) 21:50:35.610
611 :考える名無しさん:2015/04/21(火) 09:49:25.06 0
良い悪いの白黒を付けたときに、それがいろいろな価値観の中で衝突してしまう。
昔はそれが軍事衝突にまで発展した。そして、その勝者の価値観が採用される。
しかしこれでは、犠牲があまりにも大きすぎる。
そのために、良い悪いの白黒を付けるのを辞めようってことになってしまった。

現代では、競争原理は軍事ではなく、経済に移ってる。
そうであるならば、たとえ価値観が衝突しても大したことにはならない。
それぞれがそれぞれの価値観で善悪の白黒を付ければいい。
それが衝突しても、経済的競争原理が解決するし、それは実際大したことにはならない。
こういうことかもな。

188考える名無しさん2018/12/16(日) 21:57:01.090
835 :考える名無しさん:2015/05/08(金) 08:54:42.65 0
>>833
いや、知能自体が人為的に変更できるようになれば、それは洋服のファッションと変わらない
ものになる。それに大きな意味合いを求めることすらなくなると思う。
仕事で必要ならば、まるでPCを買うように知能を上げればいいだけ。
そうなったときに、能力差を基準とする今の資本主義は根本的論拠を失うと思う。
あらゆる意味で、資本主義はその存在意義を失うんだよ。
こんな大きな変化が、単なる遺伝子技術の進歩で実現するわけだよ。
これで、問題の本質がどこにあるかよくわかると思う。

189考える名無しさん2018/12/16(日) 21:59:26.840
843 :考える名無しさん:2015/05/08(金) 09:21:08.09 0
もともと遺伝子というのは、子孫に伝達されるときに必ずエラーが発生する。
それをそのまま放っておくと、生命体としての存在を維持できなくなる。
だから、剪定が必要なんだよ。それが資本主義の本当の目的。
ところが、遺伝子技術の進歩により、その剪定の必要がなくなれば、資本主義の本当の存在意義はなくなる。
そうであれば、残酷な剪定を行う意味はまったくなくなるので、人々は資本主義を放棄するだろう。

846 :考える名無しさん:2015/05/08(金) 09:25:18.35 0
>>844
あるよ。人類社会を維持することが目的だよ。
その目的があるから、資本主義の残酷な剪定を人々は許容してるんだよ。
他の手段が可能になれば、そんな剪定を人々が我慢するわけがない。植物の枝じゃないんだからな。

190考える名無しさん2018/12/16(日) 22:22:44.420
136 :考える名無しさん:2015/07/25(土) 10:18:17.17 0
現代の世界の根本的な枠組みというものは、(主にアメリカの)軍事力によって裏付けされた
自由市場経済による競争と配分の原理にある。
これは、今の人類社会そのものの基本的構造そのものに対応してる(レッドの軍事力とオレンジの経済力)。
ここで大事なのは、レッドの軍事力を恐れるあまり、それをなくしてしまってはいけないってこと。
その空白によって、全体構造自体が成り立たなくなる。そして、 別の管理されていないレッドが新たに現れるだろう。

自由経済社会が軍事力によって担保されているのは、決して今だけの現象ではない。
人が生まれてから死ぬまでの各ステージに対応する各ミームは、たとえ時代が下ってもなくならない。
そうであるならば、レッドは管理されなければならない。そして、レッドの代替としてオレンジを機能させなければならない。
その仕組みが現実世界では、自由経済社会によって管理された軍事力によって担保された自由経済社会に対応するんだと思う。

191考える名無しさん2018/12/16(日) 22:26:06.550
194 :考える名無しさん:2015/08/16(日) 10:44:29.03 0
111 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2015/07/15(水) 10:15:15.41 0
いや、むしろ自由経済というシステムがきわめて人工的なものだから、
それを守るには強力な人工的意思が必要なんだよ。だから、そういう意思がなく
自然に任せたら、武力による配分が行われた世界に戻ると思う。
自由経済は、人類が人工的に選択した一つの「視点」だからね。
それに対して武力による配分は、動物の世界でも見られるより普遍的なものだから。

113 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2015/07/15(水) 10:24:47.28 0
だから、自由経済は、普遍的な真理につながる何かの解ってことではないんだよ。
人類が選択した一つの視点でしかない。
そういう意味では、オレンジ以降(ひょっとしたらブルー以降)のミームは、人類の自意識が選択した一つの視点でしかない。
でも、すべての視点を網羅することはもちろんできない。人間は神ではないから。
レッド以前の動物と一体化したような状態は、それはある意味神から離れていない状態とも言える。
そして、ブルー以降は、神から離れた状態(エデンの園から追い出されたわけだね)ってことだね。

116 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2015/07/15(水) 11:43:13.03 0
武力による配分では、武力が優位にあるものが、配分を有利に進めることができる。
自由市場とは相反するやり方だよ。政治配分は、政治の力の源泉である武力と結びつくんだよ。
共産主義で血が流れるのはそのため。

117 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2015/07/15(水) 11:45:28.66 0
ここは、キモの部分だよ。これがわかれば、現代の世界の仕組みがかなりわかるし、
今何が問題になっているのかという部分についても、核心がわかる。
TPPと有事法制がセットになっているということもわかる。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

192考える名無しさん2018/12/22(土) 09:10:10.300
626 :考える名無しさん:2015/10/14(水) 15:43:05.58 0
人間ってさ、ただ生きてるだけじゃ満足できないんだよ
低俗な人たちは直接的な欲望にそれを見いだすけど
あなたみたいな人はそうじゃないでしょ
何か美しいもの、崇高なもの、希望を与える何かをどうしても求めてしまう
そうでなければ生きてる意味がない
そしてそれが格差を生む
人間はただ生きてるだけじゃ満足できないから
そして、それこそがこの世界と矛盾し、苦しみを生む
でも、人間として生まれた以上、その苦しみは引き受けるしかないんだよ
人間はいずれ死ぬけど、人間として生まれたからには、人間として背負う苦しみも当然受け入れないといけないんだと思う
ただ生きる屍として生きるために生まれたわけじゃない

193考える名無しさん2018/12/22(土) 09:10:52.860
627 :考える名無しさん:2015/10/14(水) 16:53:58.48 0
最後に一つ書いておくと、
それをお金のせいにしているうちはまだいいんだよ
格差はお金のせい、お金を第一に考える価値観が原因とかさ。
でも、それはいずれ改まる。お金の必要以上の浪費はいずれ改まるだろう。
でも、そうなったときに、本当の問題が現れる。問題の原因が、人間のあり方そのものにあることに人々は気付く。
そうなったときに、人々は愕然とすると思うよ。

194考える名無しさん2018/12/22(土) 09:12:12.690
639 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 07:03:49.73 0
問題の根本はお金じゃないことは確かだけど
でも、その結論は「世の中はお金だ」という意見よりもはるかに過酷だからね
いずれにしても「お金」のせいにして、その過酷な結論を見ない様にしてるだけ
「お金で幸せは買えない」っていう意見は、
「世の中はお金だ」というレベルの過酷さすら受け入れられない、すべて逃げの一手の意見だよ

642 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 09:53:45.49 0
「お金で幸せは買えない」じゃなくて、「お金で買えない幸せがある」なら
正しいかもしれないけど、むしろそっちの方が怖いんだよ。
「世の中お金だ」という意見の方がむしろ優しい。
だって、その方が自分でなんとかなるでしょ。

195考える名無しさん2018/12/22(土) 09:13:11.160
644 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 10:30:32.06 0
たとえばさ、生まれつき手足がない人にとっては、お金で買えない幸せは
山ほどあるわけだよ
「お金で買えない幸せがある」という言は、正しい。だからこそ残酷ってこと。
むしろ、そっちから入った方が、わかりやすいのかもな。

196考える名無しさん2018/12/22(土) 09:13:43.130
648 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 10:54:59.80 0
もう一つ例を挙げると、生まれつき容姿の劣る女性にも、お金で買えない幸せが山ほど
あると思う。これも残酷な例の一つ。

197考える名無しさん2018/12/22(土) 09:29:06.140
656 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 11:42:11.20 0
むしろ、金が悪者になっていた方が救いがあるのかもな
それである種の希望というか、努力のモチベーションが得られるし
そこのところが金の一番の効用なのかもね
本当に金の問題が解決してしまうと、人間は途方に暮れるかもしれない

198考える名無しさん2018/12/22(土) 09:30:45.700
661 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 14:37:45.27 0
金でも買えないし、何をしても実現できないってことだな
そういう幸せが世の中にはあふれてるんだよ
それが残酷ってこと
ただ生きてれば良いというなら、残酷じゃないかもしれないけどね
だから、良い生き方を目指すほど、その残酷さが目に入る

662 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 14:39:26.93 0
だからね、金がすべてっいてう価値観は救いなんだよ
倒錯してるのは、それだけ本当の現実が残酷だから

663 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 14:44:46.55 0
もう一つ例を挙げると、今下流老人というのが話題になってる
報道ではあの人たちは金がないから不幸だっていうニュアンスだけど実際は違う
まず、一人だから、そして何よりも老いたから
これが不幸の一番の原因。ぶっちゃけ言えば老いたことが不幸の原因なんだよ。
ああいう状況で金なんてあってもまったく幸せにはならない。
まさに、金では手に入らない幸せ、何があっても手に入らない幸せってことだよ 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

199考える名無しさん2018/12/22(土) 09:31:29.260
669 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 17:28:16.25 0
個人としては、生活の質を幸せと考えるなら、金に換算できない価値は山ほどある
健康や寿命なんてまさにそうだし、容姿の良い人間やコミュニケーション能力の高い人の生活の質は相当高い。
ただ、集団として考えると、金というものは致命的な価値を持つ。政府予算、企業の収益、これが人々の生活を致命的に左右するからね。
金のない国家の国民ほど惨めなものはない。
そしてこの辺に共同体主義の欠点もあるんだけど。

670 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 17:43:27.22 0
金って素性主義を緩和する一つの手段かもしれないな
すべての人が同量の金を持っている場合を考えると、すべての人が幸せにはならない。
おそらく、素性の良い人が幸せになり、素性の悪い人が不幸になる。
それはもうあからさまに残酷な区分けになると思う。
金は、素性の悪い人が幸せになるための手段に成っている面もある。
素性の悪い人でも努力して金を稼ぎ、幸せを手にすることができる。

200考える名無しさん2018/12/22(土) 09:34:02.420
670 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 17:43:27.22 0
金って素性主義を緩和する一つの手段かもしれないな
すべての人が同量の金を持っている場合を考えると、すべての人が幸せにはならない。
おそらく、素性の良い人が幸せになり、素性の悪い人が不幸になる。
それはもうあからさまに残酷な区分けになると思う。
金は、素性の悪い人が幸せになるための手段に成っている面もある。
素性の悪い人でも努力して金を稼ぎ、幸せを手にすることができる。

672 :考える名無しさん:2015/10/15(木) 18:02:35.28 0
まあ、素性主義が悪いかどうかというのもある
そして資本主義のフェアという概念が素性主義に寄ってるので、これから金の集まる先も素性主義に近くなるかもしれない
素性主義の方が世の中は良くなるという直感はあるけど、それは酷く残酷なんだよ

201考える名無しさん2018/12/22(土) 09:37:09.380
692 :考える名無しさん:2015/10/16(金) 17:56:39.74 0
これを貼っておこう。右左翼の軸よりも、個人主義・共同体主義の軸の方が歴史的には実は重要

                                    世界主義・個人主義

コスモポリタニズム(トロツキー下ソ連)                ↑  グローバリズム(英米)

左翼←−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−→右翼

国家社会主義(ナチスドイツ・戦中日本・スターリン下ソ連)   ↓  封建主義(ハプスブルク下ドイツオーストリア)

                                    共同体主義

こう考えると上下の対立軸は世界大戦・冷戦と殺し合いしまくり。左右の対立軸で殺し合いにまで発展することはまれ。
上下の対立軸は非常に激しい。

202考える名無しさん2018/12/22(土) 09:43:11.170
744 :考える名無しさん:2015/10/27(火) 06:36:41.86 0
チームワーク重視の文脈で、みんなが安い給料で一生懸命働いて、充実感が得られる仕組み
というのが、1980年代の日本的経営には確かにあったよ
それが終身雇用であったり年功序列の企業競争力にとっての良い部分
でも、それは個人の自我が目覚め、大きくなると難しくなる

鍵はみんなが安く一生懸命働いて、しかも充実感が得られる仕組み
私生活はほとんど犠牲にされてたけど、それでも不満はなかった
逆に、私生活を重視するほど、会社が運命共同体ではなくなり、そういう生活に我慢できなくなるんだよね

745 :考える名無しさん:2015/10/27(火) 08:38:38.70 0
要するに、みんなが今の非正規よりもちょっと高く、正社員よりもちょっと低い待遇で
満足すれば、今でも終身雇用は可能なんだよ
でも、それは選択されない
今の正社員の人は、生活水準を下げるのに猛反対するだろうからね
したがって、一部の人のみが高い給与と終身雇用を享受し、そうでない人は安い給料と非終身雇用という結果になる

203考える名無しさん2018/12/22(土) 09:44:09.520
746 :考える名無しさん:2015/10/27(火) 09:08:17.71 0
社会主義が国家社会主義まで撤退せざるを得なくなった時点で、概念的に社会主義は敗北したんだよ。
民族や血筋で決まる社会なんて、上手くやっていけるはずもないからな。
金銭で決まる社会にすら負けるというか、不戦敗のレベルだよ。
素の社会主義が上手くいかなかったのは、すべての人間を一緒くたに扱おうとしたから。
それは上手くいかない。何かで人を選別しないといけない。
社会主義の共同体主義としての性格からして、そのために民族や血筋による共同体まで撤退するのは不可避だった。
そういうこと。

747 :考える名無しさん:2015/10/27(火) 09:19:50.67 0
だから、金銭で決まる社会にはある種の優しさがあるんだよ。
そこが評価されてるんだと思う。
国家社会主義も素性主義の一種だけど、評価体系が硬直しすぎてるし、近代の制度とはとても言えない。
でも、現代資本主義も素性主義の面がだんだん強くなってるけどね。
こちらの評価基準は納得できる範囲だけど、いずれにしても素性主義は非常に残酷な一面があるのは確か。

204考える名無しさん2018/12/22(土) 09:48:19.010
782 :考える名無しさん:2015/10/29(木) 21:02:06.92 0
なぜ、近代主義で人間性が喪失するかというと、近代的理性と人間性との間に食い違いがあるから
しかし、これで人間性の方を優先してしまうと、不正、さらには犯罪や暴力すら肯定されることすらある
それも含めて人間性だから
実は、近代的理性で別段問題は無いんだけど、この人間性との食い違いが問題になる
最終的には、不正や暴力に流される人間性を矯正して、近代的理性に近づけるのが、良い社会を作るために
必要なんだが、その理性で人間性を押しつぶすのはなかなか人間にとって辛い
その板挟みがある
現代資本主義は、この理性に従えない人間を脇に追いやって、その結果として良い社会を作ろうという試みでもある
んだけど、これもなかなか残酷
そこで、最終的にすべての問題を解決してくれるのが、遺伝子技術の向上によって人間性そのものを管理できるようにすること
これで、人間性を押しつぶすことなく、良い社会を目指すことができる

205考える名無しさん2018/12/22(土) 09:49:29.730
786 :考える名無しさん:2015/10/30(金) 16:54:21.44 0
どっちにしろ、子孫への伝達で遺伝子に欠損が生じるので
剪定が必要になる
そうしないと、人類は滅びる
それが、今までのやり方
でも、動物と同じ残酷なやり方をいつまでも続ける必要はないってこと

787 :考える名無しさん:2015/10/30(金) 17:13:17.68 0
そして、そういう世の中になったときに、今の左翼思想家の考えはすべて正解になると予想しておく
つまり、遺伝子問題こそが、保守と左翼の思想の正否を決める最も決定的な鍵だったってことだよ

206考える名無しさん2018/12/22(土) 09:51:33.730
836 :考える名無しさん:2015/11/02(月) 10:00:10.43 0
効率とか生産性とかは、
結局は勝者を決めるマーキングでしかないんだよ
バカらしいとも思えるが、
勝者を決める何かのマーキングがいる
命の有無を勝者のマーキングとしないためにね

207考える名無しさん2018/12/22(土) 09:52:47.570
855 :考える名無しさん:2015/11/03(火) 07:53:49.49 0
結局、人間は序列付けが必要なんだろうな
生活のあらゆる場面で、個々の人間に対して誰を優先するかが常に意識されるわけだから
どうしても人間は序列にこだわる
その序列を決める鍵となるものが、時代によって移り変わっていくんだよ
実存とかは、そういう序列付けが嫌な人がこだわるんだろうけど
優先順位を生活のあらゆる場面でいつも下位にされても平気なのか?
それとも引きこもるわけ?

208考える名無しさん2018/12/22(土) 09:56:06.120
859 :考える名無しさん:2015/11/03(火) 08:22:42.53 0
宮台をある程度評価してしまうのは、この序列付けの現実をある程度意識してる
からなんだよな
ここの部分について逃げ回る思想家がほとんどだからな
むしろ、そこから逃げるために思想を探求するのかもしれないが、
生活のあらゆる場面で、リニアに順序を決めないといけない場面があまりにも多すぎる
序列付けは、実存的に求められてると言うよりも、目の前の生活での必要性に迫られて行われてるわけだから

860 :考える名無しさん:2015/11/03(火) 09:17:48.46 0
つまり、序列付けは生活のあらゆる場面で必要とされ、常に適用されるけれど
実存的にそれと無関係でいるためには、あるいはそれを無価値と見なすには
常に最下位に回されてもそこに意味を見いださないことが必要になるわけだけど
それができるのかどうかってことだよ

861 :考える名無しさん:2015/11/03(火) 09:52:16.14 0
承認欲求なんていうものにも、同じ事が言えるよ
共同体内で承認されていれば、常に序列付けで最下位であっても我慢できるのかどうか?
むしろ、承認されるということは、序列付けで上位にくることなんじゃないのか?
であるならば、すべての人を承認することはできないということになる 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

209考える名無しさん2018/12/22(土) 09:58:07.860
904 :考える名無しさん:2015/11/07(土) 18:40:52.60 0
共同体主義は人を選別できないからね
そこで行き詰まっちゃう
共同体主義で無理矢理人を選別するとナチスになる
でも、人を選別することは社会を運営していくために不可欠だから

210考える名無しさん2018/12/22(土) 10:00:36.470
936 :考える名無しさん:2015/11/09(月) 13:17:31.51 0
自分で選べる共同体は、そのグローバル資本主義の内側にすっぽりと収まって
なんの矛盾も生じないからね
グローバル資本主義と整合しないのは、自分で選べない共同体の存在

937 :考える名無しさん:2015/11/09(月) 13:32:39.42 0
そして、自分で選べない共同体が存在するから、セーフティーネットや
さらに言えば社会主義的政策が可能なんだよ
自分で選べる共同体でそんなことをやれば、参加希望者が殺到してしまう
ここから、社会主義が国家社会主義に変性するのは必然なんだよね
逆にそう変わらなければ、社会主義制度は維持できない

939 :考える名無しさん:2015/11/09(月) 14:53:39.79 0
意思の力をあまり強調しすぎるとダメかもな
資本主義にしても、最終的には天賦の才能や偶然が重視される
社会主義は、自己決定権を重視する出発点が民族主義へと変わってしまう必然があり
これは、あまりにも酷すぎる
自己決定性を重視しても良いように世界は今のところなってない
遺伝子技術が向上すれば、状況はかなり変わると思うけどね 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

211考える名無しさん2018/12/22(土) 10:06:47.280
2 :考える名無しさん:2015/11/13(金) 15:42:32.62 0
議論の続きだけど、
昔は、野蛮人によって人類は苦しめられていた
そのために、野蛮人が淘汰されるような仕組みを作った
その制度では、バカは淘汰されるが、今度はサイコパスに苦しめられるようになった
そういうことでしょう

とりあえずは、野蛮人に苦しめられるよりは良くなってるよ
知能の高い反社会的性格の人間(サイコパスだね)というのは、それほど多くないよ
知能の高い人間の大半は、社会に順応する
それに対して、知能の低い人間が反社会的(野蛮人だね)である確率は高い

それを踏まえた上で、どうするかってことだと思うよ

3 :考える名無しさん:2015/11/13(金) 16:17:07.19 0
野蛮人にしてもサイコパスにしても、結局自分で自分をコントロールできないんだから
道徳的な話をいくらしても無駄ってこともあるよ
すでに、その人自体が自分の意思でどうにもできないわけだからね
だから、まず自分のことぐらいは自分でコントロールできないとどうにもならない
議論にすらならないんだよ

212考える名無しさん2018/12/22(土) 10:07:56.040
6 :考える名無しさん:2015/11/13(金) 16:59:41.82 0
>>5
自分で自分をコントロールできないというのは、最終的には遺伝子に原因があるんだよ
自分の形質を自分でコントロールできないっていうことだから
社会に順応している人たちも、たまたまその遺伝子が良好だったっていうだけで
自分で自分をコントロールした結果として社会に順応してるわけじゃないからね
社会に必要な必要な思慮深さと能力、これに欠けているときに
それでも生存を望むなら、反社会的な道を歩まざるをえない

213考える名無しさん2018/12/22(土) 10:09:33.820
14 :考える名無しさん:2015/11/13(金) 18:27:08.90 0
たぶん、遺伝子技術の向上によって今とはまったく違う問題が持ち上がると思う
今は、人々が求める自己決定性が、まったく現実に即していないことが
人々に苦しみを与えてる
その問題が解決したときに、また新たな問題が持ち上がるけど
そうした問題こそ、哲学するに値するより高尚な思索が対象とすべき問題なんだと思うよ
今の問題は原始的すぎて、哲学思想ではお手上げだと思う

214考える名無しさん2018/12/22(土) 10:11:39.260
35 :考える名無しさん:2015/11/15(日) 06:45:22.24 0
今までの壮大な哲学は、自己決定を求める人間がその人間自身についてすら自己決定できない
ことの言い訳で大半が占められてるんだよ
遺伝子技術が向上すれば、少なくとも人間自身については自己決定できるようになる
人間の外部について自己決定できないことは、当然なわけだから、言い訳の必要はない
そこから、本当の意味で建設的な哲学が始まるんだと思うよ
今の哲学は結局の所、言い訳だから場当たり的であっちを立てればこっちが立たずだよ

それまでの間は、まあベーシックインカム的なことでお茶を濁すのもいいと思うけどね
ベーシックインカムは別の問題を引き起こすけど、あっちを立てればこっちが立たず状態はどうしようもない

215考える名無しさん2018/12/22(土) 10:29:40.480
43 :考える名無しさん:2015/11/15(日) 11:04:11.26 0
分断された個人として存在させられていても、善行のみが公共性を生み出す
のであり、善行とは、絶えずコモンセンスを追求することに他ならないのである。


45 :考える名無しさん:2015/11/15(日) 11:13:34.24 0
>>43
ほとんどの人がそのレベルに達してない
そのレベルに達するには、あるいはそのレベルを維持するには、人の選別が必要になる
そこで、人を選別できない公共性を持ち出すと、すべてがスタックして行き詰まる

人の選別の問題について、社会システムではなくて遺伝子技術の向上で対応できるようにならないと
どうにもならないんだよ

216考える名無しさん2018/12/22(土) 10:35:32.750
79 :考える名無しさん:2015/11/24(火) 18:19:01.40 0
神に選ばれた羊、という選民意識が羊たちに気力をもたらすのだ。

81 :考える名無しさん:2015/11/24(火) 19:19:47.11 0
>>79
それだよね
今の資本主義の原動力はそれだ
遺伝子技術の発達によって、それが無意味になったときに社会がどう変わるかだよ

82 :考える名無しさん:2015/11/24(火) 20:41:21.49 0
自身を自己決定できるわけだから、そしてそれは人々の総体としての決断に影響されるだろうから
人間はどこまでも理想的な存在になっていくと思われる
そしてその理想ですら無意味なものになる。まるでファッションのようにそれを自己決定できるわけだから。
そうなったときに、人間はまったく新しい価値観を身につけるようになると思われる。
それがどういうものかは想像出来ないけど。

83 :考える名無しさん:2015/11/25(水) 08:23:49.83 0
透明な存在になるだろうね、どこまでも
そして今で言うところの人間性が失われる
それは結果的に人間至上主義から離れる結果をもたらす
でも、その先にあるのは、自己決定の及ばないこの世界
自身を自己決定することは、理性的存在である人間として求められるとしても
それはこの世界全体に比べれば、ほんのわずかな領域でしかない
この世界は圧倒的に神のものであることに変わりない 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

217考える名無しさん2018/12/22(土) 10:38:22.620
92 :考える名無しさん:2015/11/25(水) 11:18:11.66 0
人間性は失われるけどね
でもそれが可能になったらそうなると思う
それが可能ではないという一点で、いままで壮大な神学・哲学が構築されてきた
それが無駄になる
そのことに恐怖を感じるかもしれないけど、そうなると思う
人間の苦しみの本質がそこにあるから
人間は常に、その苦しみを軽減するために文明を築き上げてきたから


94 :考える名無しさん:2015/11/25(水) 11:42:14.68 0
人間性なんていうものは、しょせん動物レベルのものなんだよ
その動物レベルのものをありがたがるなら、当然動物レベルの苦しみも付いてくる
それを続けるという選択は、結局は人間はしないと思う

それから、欲望も人間性の一部で、おそらく欲望そのものがなくなるよ
本当に透明な存在になると思う
理性とはそういうものだから

218考える名無しさん2018/12/22(土) 10:40:00.770
100 :考える名無しさん:2015/11/27(金) 08:23:40.95 0
自身で自身を自己決定できないってことは、要するに動物と同じってこと
だから、動物と同じレベルの悪徳と隣り合わせに付き合っていくしかないんだよ
自身で自身を自己決定できるようになったときに、動物界の悪徳から完全に抜け出すことができる
それでも、この世界を司る神に対してはまったく無力であることは変わりないけどね

104 :考える名無しさん:2015/11/27(金) 10:07:51.83 0
要するに、自分自身ですら自身が決定できないんだから
知性的な存在としては、欠陥が大きすぎるんだよ
半分動物なんだから、そんな存在が知性でいろんなことを考えても苦悩が大きくなるだけ
だって半分動物なんだから

219考える名無しさん2018/12/22(土) 10:43:32.780
185 :考える名無しさん:2015/11/29(日) 15:39:14.51 0
知が自身を自己決定していないわかりやすい例を挙げると
たとえば、知性あふれる哲学者は伴侶してブスを選ぶことがあるのかを考えれば良い。
美は知性が選ぶと言いたくなるかもしれないが、じゃあその相手はどうなんだ?
相手の美人(あるいはブス)は、自身の知でそれを選んだわけじゃない。
知で自身が美人であることを選んだ人間というのは、整形美人のことだが、それでもいいのか?

こんな風に人生で一番大事なことですら、知は自身を自己決定していない。

220考える名無しさん2018/12/22(土) 10:46:15.850
202 :考える名無しさん:2015/12/01(火) 09:12:34.77 0
まあ、遺伝子技術というのは、今の残酷な資本主義の淘汰システムの代替なんだよ
今のシステムは残酷すぎるからね
いずれにしても、人間の知性が人間の自意識を主導している限りにおいて、知性が自身を自己決定していくことになるだろう
資本主義システムもかなり酷いやり方だけど、それに該当するからね
ただ、数十世代にわたって死屍累々になるわけだが
それでも動物としての存在から見れば、それは当然のことなんだけど

221考える名無しさん2018/12/22(土) 10:48:16.530
207 :考える名無しさん:2015/12/01(火) 10:04:04.19 0
死を恐れなくなると、人類は絶滅するのではないかと思うかもしれないが
そうはならないと思う
恐怖や快楽といった動物的モチベーションではなく、またそういう動物的本能そのものが失われる中で
知性が原動力とするものは何なのか?
それを今から想像するのはなかなか難しいけれど、そこで哲学者たちが本当に必要とされることになるのかもな。

222考える名無しさん2018/12/22(土) 13:30:22.340
273 :考える名無しさん:2015/12/08(火) 07:40:54.98 0
自己決定の結果として、知の収斂が少しずつ進んでいく感じにしないと危険かな
それも少しずつ
動物的部分と知的部分のバランスを計りながら、少しずつ知的部分を大きくしていく
動物的部分と知的部分のバランスが歪になると、マッドサイエンティストみたいなのになるかもしれない
本当に知的な存在なら透明な感じになるはずだけど、動物的部分が歪に残ってしまうと、狂気的存在になりかねない
遺伝子レベルでの自己決定を数世代にわたって徐々に進める感じだろうな
たぶん、今の資本主義システムの延長線上で、自己決定による遺伝子レベルの選択を少しずつ進めていき
フィードバックを取りながらトライアンドエラーを重ねていく感じになると思う

274 :考える名無しさん:2015/12/08(火) 07:45:22.59 0
それから、可能性として、動物的部分を完全になくしてしまうのは危険なのかもしれない
これは、スパイラルダイナミクスの理論によるけど、ファーストティアがなくなってしまうと、セカンドティアの存在が危うくなるか
あるいは劣化したファーストティアに取って代わられるかもしれない
ファーストティアを管理下に置くためには、ファーストティアをなくしてしまってはまずい
無害でありながら、有害な動物的部分に対抗できる力を持ち、なおかつ知的部分と整合する動物的部分は
どういうものか模索していくことも必要なのかもね

223考える名無しさん2018/12/22(土) 13:32:34.310
276 :考える名無しさん:2015/12/08(火) 15:25:24.89 0
社会主義的体制でこうしたことを決めるのは危険すぎるからな
全体として決定するのはまずい
個々の自己決定による少しずつの積み重ね、そしてその自己決定の動機となるものは既に今の資本主義で揃ってる
あとは手段が出現するのを待つだけだ


278 :考える名無しさん:2015/12/08(火) 16:10:44.58 0
個々の自己決定というのが鍵なんだよ
それができないと、非常に危険な技術になる
そしてその自己決定を行う動機は、知をベースにしながらも個々の動物的部分に根ざしていることも必要なんだろうと思う
それによって、動物的部分と知的部分のバランスを計りながら、徐々に進めていける
さらにその自己決定の結果が適切にフィードバックされないといけない
それは資本主義的な評価基準に基づくしかないだろう
セーフティーネットはBI的なものでいいだろう。そしてこれは遺伝子技術の向上を待つまでの一時的な
ものになる。

224考える名無しさん2018/12/22(土) 13:35:06.360
285 :考える名無しさん:2015/12/09(水) 07:42:51.17 0
やっぱり遺伝子問題に目を向けないと、ステルスポジショントークから逃れないないと思う
ポストモダンも結局それだよ
自分の望むポジションを実現するためのステルストークでしかない
でも、結局遺伝子による制限があるので、そういうポジションは実現不可能だった
遺伝子問題は現状では自己決定が不可能なので、人種差別とか忌避的な問題になりがちだけど
遺伝子技術が向上して自己決定の可能性が視野に入ってくれば、そういう忌避性は失われていくと思う

286 :考える名無しさん:2015/12/09(水) 07:49:36.67 0
ポストモダンも非常に未熟な議論なんだよ
でもその未熟な議論ですら、遺伝子の制限に阻まれ、その制限のみに目が向くので
本来目を向けるべき未熟さに関心が行かない
そして、その未熟さ自体が、現状の問題とは無関係すぎて、人々の関心が向かない
現状は遺伝子の制限が問題なのに、それに直接目を向けることが出来なくて、
逃げ道ばかり探して不毛な迷路に迷い込んでる
いずれにしても、遺伝子技術が向上するまでは、この部分では出口はないと思うけどね

294 :考える名無しさん:2015/12/10(木) 07:57:07.91 0
ポストモダンだけじゃないけどね
本当に不可能なことって、人間は直視できないから
それを直視すると、絶望しきってしまう
人間は自分自身ですら自己決定できないっていう事実は、了解されているようで
了解されてないからね。それを本当に認めると、社会の根本が壊れるかもしれない
だから、この部分での遺伝子技術の向上はまさに救世主的なものになると思うよ 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

225考える名無しさん2018/12/22(土) 13:37:47.130
347 :考える名無しさん:2015/12/17(木) 07:42:06.03 0
調和の問題なんだよ
動物的部分と知性との調和
でも基本的に、動物的部分が大きくなるほど人は不幸になる
これは、人の動物的部分が苦しみの根源だから
だから、調和が大事と言っても動物的部分が大きくなる方向での調和は出来れば避けたい
なるべく知性優位での調和を模索したい

348 :考える名無しさん:2015/12/17(木) 07:57:37.10 0
ポストモダンも含まれるかもしれないけど、反知性主義の脈流というのは、
ものすごく深いところで流れていて、あらゆる場所でそれが表に現れてる
左派が言うような安保法案が反知性主義とかそういう我田引水はまったく無意味だけど(むしろ逆の意図があるのが安保法案)、
それよりももっと深いところで反知性主義の脈流は流れていて、それは人の動物的部分に対する調和を求める部分と
それにも増して、動物的部分による序列化を求める欲求がある
これは、動物の本能とも言えるべきものだよ
でも、動物的部分による序列化は、人の不幸をまさに最大限に高めるものだと思う
伝統的な力による軍事的競争に序列化がまさに動物的部分そのものであるのに対して
経済的競争による序列化ではいくぶん知性による管理が行われ、それによって人はいくぶん幸福になった
それでも、まだまだ十分ではない

とにかく、人は自分に有利な状況というものを望み、動物的部分に秀でた人たちは動物的部分による競争を望む
それが反知性主義の脈流の本質的な動因なんだろうと思う
これに流されてはいけない
ポストモダンは、この点について非常に危うく、また脆いものだと思う

226考える名無しさん2018/12/22(土) 13:40:00.480
371 :考える名無しさん:2015/12/26(土) 13:01:50.99 0
この世界のすべてが神なら、それが執着を引き起こすからね
最終的には執着だらけの無神論へとつながる
要するに、すべてに間違ってる
汎神論のような下からの方向で行くなら、仏教のやり方出ないとだめ
仏教は無神論から出発しても、その洞察の正しさから、超越への認識へと人を導くからね
汎神論は有神論から出発しても、その洞察の誤りによって、無神論へと人を導いてしまう

227考える名無しさん2018/12/22(土) 13:41:32.910
377 :考える名無しさん:2015/12/27(日) 06:22:30.06 0
簡単な話なんだよ
自分ではすべてをコントロールできないよってこと
それが超越を認識すること
そんなの当たり前だろって思うかもしれないけど、それがなかなか難しいんだよ
コントロールを手放すってことは信頼が必要になるからね

378 :考える名無しさん:2015/12/27(日) 06:27:00.80 0
その信頼自体も扱いは、また難しいからね
変なものを信頼されても困る
知性を超えた超越を認識し、それを信頼しなければ、自分で全部コントロールするしかないと決意してしまう
それもまた悲劇なんだよ
その信頼をどのように着地させるかというのが、非常に難しい

379 :考える名無しさん:2015/12/27(日) 06:39:12.48 0
その変なものを信頼してしまうというのが、偶像崇拝ってことでしょ
それも悲劇を引き起こす
だから、行けるところまでは知性が行かなければいかないんだよ
でも、必ず行き止まりになる
それがこの世界の仕組み
そこで超越を認識しなければならない
そこで、この世界を信頼しなければならない
そういうことだと思う 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

228考える名無しさん2018/12/22(土) 13:43:04.730
381 :考える名無しさん:2015/12/27(日) 08:16:42.55 0
神という概念は、超越の認識とそれに対する信頼に対応してる
これは避けて通れない
仏教の仏も同じだよ
超越の認識とそれに対する信頼だ

382 :考える名無しさん:2015/12/27(日) 08:27:16.45 0
仏というのは、無限に連なる縁起の総体を表している
この無限に連なる縁起こそが、まさに超越の正体と言っても良い
だから、神よりもむしろ仏の方が、より直接的に超越の認識とそれに対する信頼を表している
仏教は、日々の洞察から論期的にこれを導き出したから、宗教を論理で定義してしまったある意味とんでもない思想なんだよ

229考える名無しさん2018/12/22(土) 13:46:36.330
400 :考える名無しさん:2015/12/28(月) 13:09:32.10 0
神を信じるっていうよりも、この世界への信頼を失うことなく超越をどう解釈するかって部分なんだけどね
それを昔の人は、神への信仰という形で処理した
確かに現代ではそれは無理があるかもしれない
ましてや、将来においてはなおさらだろう
それは大した問題じゃないと思うかもしれないけど、そうではない
ポストモダンなんていうのも、この超越の扱いに失敗してるから出てきた思想なんだと思うよ

401 :考える名無しさん:2015/12/28(月) 13:47:19.33 0
要するにポストモダンは、近代の限界としてあっ超越があるねって気が付いたときに
この世界への信頼という部分を一切放棄して、またそれに異議を唱える知性をバッシングしたんだよ
これは超越に対しては最悪の処理だと思う

230考える名無しさん2018/12/22(土) 14:11:55.220
868 :考える名無しさん:2016/03/08(火) 18:43:47.73 0
資本主義では、各人の経済状況は最終的に神によって決まる
社会主義では、各人の経済状況は国家が決める

なので、弱い国家なら国家が決めると言っても大したことにはならないけど
アメリカみたいな強大な国の政府にそんな責任を持たせたら、庶民の圧力との相乗効果で
暴走すること必死だよ
それを止めるものは何もない

------------------------------------------------------------
アメリカが社会主義的(もちろん国家社会主義です。それ以外にありますか?)になるのは極めて危険ですね
今のトランプがこちらではないことを願うばかりです
トランプは実業家ですから資本主義者だと思いますが

231考える名無しさん2018/12/22(土) 14:14:22.470
893 :考える名無しさん:2016/03/10(木) 07:28:18.67 0
アメリカみたいに他の存在によって抑えられない共同体が共同体主義をやると
ブレーキがないんだよな
資本主義は、神の意思と自己責任だけど、共同体主義だと共同体の責任になる
アメリカは共同体主義にだんだんシフトしているように見えるけど、そうなると自分都合の政策が
どんどん増えていく気がするよ

232考える名無しさん2018/12/22(土) 14:18:05.070
901 :考える名無しさん:2016/03/13(日) 11:26:04.09 0
合理に反逆することで、人間性が生まれる
でも、その人間性によって、苦しみが生じることになる
これが、人間の原罪であり、一切皆苦
それを救うのが、神の愛であり、慈悲ってことだろう
ただ、その神の愛、慈悲に届くまでには、合理への追求が必要だろう
それは単なる悪徳になる
合理を追求した結果、人間性は喪失の危機に陥る
それを許すのが神の愛であり、慈悲ってことだろうと思う
最後の不合理を許すのが神の愛ってこと
でも、その神の愛は最後の不合理に適用されるのであって、すべての不合理に適用されるわけじゃないだろうと思う

902 :考える名無しさん:2016/03/13(日) 11:28:40.37 0
いずれにしろ、人間性を担保したとき、そこに苦が生じる
その苦を最小限にすること
それは、すなわち最後の非合理、最後の超越の段階に留まること
その非合理こそ神の愛を受ける資格がある

903 :考える名無しさん:2016/03/13(日) 11:36:41.16 0
これで、親鸞がなぜ間違ったのか明らかになったと思う
つまり、苦を削減する努力が必要なんだ
それは他力じゃない
でも最後の結果としては、救われるしかない
そこは他力だ
本当の信仰は、このように二重構造になってる
人事を尽くして天命を待つってことだろう 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

233考える名無しさん2018/12/22(土) 14:24:18.120
986 :考える名無しさん:2016/03/18(金) 14:09:28.56 0
1=1なんていうのも、デジタル化が前提になるわけだから
合理の前提にデジタル化があるかもね
そもそもアナログの完全な複写というのは可能なのかというのもあるし

988 :考える名無しさん:2016/03/18(金) 14:20:09.17 0
つまり、その部分にも原罪があるってことだな
人間の膨大な合理体系の大元に、アナログデジタル変換がある
ここに歪み、非合理が発生するのは避けられない
これも、最後の超越、最後の不合理の一つだね
この部分に対して信仰、許し、慈悲の手当が必要だと思う

989 :考える名無しさん:2016/03/18(金) 14:34:36.96 0
答えが出たね
複写というのは、すなわちデジタル化のことだ
つまり、合理の本質はデジタル化ってこと
そうであるならば、非合理の乱数というのは、つまりはアナログってことになるね
合理の本質はデジタル、非合理の本質はアナログということになる
だから、合理的な人間は、かならず非合理の断層に突き当たることにな 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

234考える名無しさん2018/12/22(土) 14:25:48.570
994 名前:考える名無しさん[sage] 投稿日:2016/03/18(金) 17:11:48.38 0
アナログは複写できないので、処理できない
なので、アナログそのもの自体しかありようがない
そのもの自体ではないものすべて、デジタルってことになるね
意識は、そのもの自体がない存在なので、すべてデジタルだね
アナログは処理できないので

235考える名無しさん2018/12/22(土) 14:26:35.650
5 :考える名無しさん:2016/03/18(金) 18:11:19.30 0
デジタルの世界の中だけでは、乱数は作れない
乱数を作るには、アナログを変換したデジタル信号がいる
つまり、デジタルの世界だけで完結する場合、すべてが合理ってことになるね

意識の場合を考えると、体からのアナログを変換したデジタル信号が絶えず供給されているわけで
そのアナログのところは複写できないってことになると思う

6 :考える名無しさん:2016/03/19(土) 06:33:48.57 0
非合理 アナログ、複写できないもの、再現できないもの
合理 デジタル、複写できるもの、再現できるもの

こうだね
非合理は再現できないんだから、唯一無比
再現できないということは、それが存在する経緯すら不明

236考える名無しさん2018/12/22(土) 14:27:52.330
18 :考える名無しさん:2016/03/20(日) 13:08:30.65 0
要するに、唯一無比性があるものは、それが何であるのかすらわからないってこと
だって、それしかないんだからわかりようがない
デジタル化して、1=1が成り立つ世界に写像して、はじめてそれが何なのかわかる

237考える名無しさん2018/12/22(土) 14:29:11.910
29 :考える名無しさん:2016/03/26(土) 15:27:12.80 0
二つのデジタル技術が人類を救うよ
まず、第一弾がコンピュータ技術
そして、第二弾が遺伝子技術

30 :考える名無しさん:2016/03/26(土) 15:37:19.04 0
コンピュータ技術は結局、それぞれの人の才能、性質の良さ、人格を直接、正確、精密に
その人の生活に反映させることを可能にするものになると思う。
今までの様な大ざっぱなやり方では、それだけ歪みが大きくなり、その部分で多くの人を無用に不幸にしてきた。
それを解消してくれるものになるはず。
今大混乱になってる欧州も、結局これが救ってくれることになると思う。

238考える名無しさん2018/12/22(土) 14:32:53.160
244 :考える名無しさん:2016/04/04(月) 09:14:17.50 0
経済と宗教は密接なつながりがあるよ
最終的には、分配を合理で行うことはできない
このスレの趣旨と矛盾すると思うかもしれないけど、
これは、最終的には合理は非合理に行き着くという部分に対応してる
分配というのは、その最終的な部分に相当するほどシビアなんだよ
それでも、人類はその文明において、分配の基準を腕力から知性へとどうにか変換させる努力を続けてきたし
それはある程度成功している
でも、真に最終的な分配の基準となるのは神であって、そこに至る道程として腕力ではなく知性を選択したいというところ
だと思う

239考える名無しさん2018/12/22(土) 14:35:31.670
30 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2015/06/16(火) 06:02:17.99 0
有事法制にしてもTPPにしても、自由経済、自由貿易を守るために血を流せるかどうかみたいなところが試されてるかもな。
それがないなら、国家社会主義的な>>25な感じに流れてしまうのかもしれない。
仲間内の人命と経済的利益のために、政治に頼ってしまう。
それは最終的には、商による配分から武による配分の論理に戻ることになる。
武による配分が行われる社会は、今の有事法制に反対している左派が一番嫌うような社会になるんだが。
とにかく、ものごとは単純ではない。

240考える名無しさん2018/12/22(土) 14:40:26.800
444 :考える名無しさん:2016/04/09(土) 08:37:54.29 0
キリスト教が鍵だね
共同体の上にキリスト教があるから自由経済が成り立ってる
共同体が史上価値(共同体主義だ)になったときに自由経済、自由貿易は終わる
そうなると全ての国がロシア、中国になる

241考える名無しさん2018/12/22(土) 14:43:11.240
499 :考える名無しさん:2016/04/10(日) 10:15:23.79 0
宮台氏は、左翼と国家主義の親和性を言ったそのすぐ後で、ナチスと戦中の日本は例外と言い放って
ズコーになったことがある
それこそ、まさに好例中の好例なのに
戦前の革新将校は、地方の貧困を憂慮し、資本家の不正を糾弾して、クーデターを連発させたわけだし
まさに左翼と国家主義の親和性そのものだった

戦後左翼は、それを感情によって修正しようとしたよね
宮台氏のやり方もそうだし、これは世界的なものかもしれない
でもそれが今、破綻しつつあるんだよ
合理への収斂が起きてる
それは、決して間違った動きじゃないよ
結局、合理から逸脱するほど、不幸な人が増えるんだよ

500 :考える名無しさん:2016/04/10(日) 11:21:26.74 0
要するに、左翼としては、あるいは共同体主義者としては、戦前の革新将校は
合理的なんだよ
共同体主義者が合理に従えばそうなる
それを感情によって阻止しようとしても無理ってこと

242考える名無しさん2018/12/22(土) 14:46:03.980
525 :考える名無しさん:2016/04/11(月) 10:04:49.50 0
だから社会主義には確固とした共同体が必要である前提を守った社会主義国は、国家社会主義化してるんだよ
それを守らない場合は、再分配などという利権を付けた共同体は、崩壊するってことだね
要するに、外部に対して壁を築かなければ、利権を守れない
共同体に大きな利権を付けるなら、そうするしかないってこと

243考える名無しさん2018/12/22(土) 14:54:34.350
701 :考える名無しさん:2016/04/18(月) 06:06:59.45 0
人は十分な配分が得られないときに、激しい怒りに駆られる
それが、配分の極限性の根源だよ
武による配分の時代でも、その極限性がときに社会を極限まで解体し、新たな秩序を再構築させる
ことが定期的に起きてる
商による配分では、それほど苛烈な極限性はないけど、それでもその鋭い刃先が社会を解体して
新たな秩序の構築を常に促してる

244考える名無しさん2018/12/22(土) 14:56:40.210
732 :考える名無しさん:2016/04/19(火) 17:54:35.19 0
共同体内ですら、政治的配分は極めて難しいからね
実際には、確立している既得権益に沿って配分するしかできないだろうね
それを少しでも動かせば、大変な騒ぎになるし

245考える名無しさん2018/12/22(土) 15:01:26.390
753 :考える名無しさん:2016/04/21(木) 05:59:46.11 0
トランプ現象というのは、ネットの非常に強力な微粒的処理能力と
従来の共同体主義の大まかすぎる概念の不整合によって起きたのかなと
この部分に修正がおそらく入ると思うけど、それによってネットはより大きな役割を
果たすんじゃないかと思う

754 :考える名無しさん:2016/04/21(木) 06:22:28.95 0
要するに、問題を微細処理できるのであれば、大まかな対立軸を設定して、それによってだいたいの
見当を付ける方法を取らなくても、答えをピンポイントで特定できる
そういう使い方として、ネット、コンピュータは期待されるんじゃないかと思う

755 :考える名無しさん:2016/04/21(木) 18:57:44.52 0
前近代的な共同体が衰退して、世界は近代へと移行することになる
しかし、近代による共同体の再編成がうまく行かない地域は多い
そのような地域は、共産主義や宗教原理主義や国家社会主義による共同体の再編成へと突き進むことになる
共産主義による共同体再編成の試みは、過去に悲劇を生み、
宗教原理主義や国家社会主義による共同体再編成の試みは、現在も悲劇を生み続けている
このような従来の共同体主義の大まかすぎな概念の不整合から来る悲劇を
ネットが増幅させてしまうのか、それともきめ細かく修正していけるのか
その行く末がトランプ現象から見えてくるのかもしれない 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

246考える名無しさん2018/12/22(土) 15:02:49.940
774 :考える名無しさん:2016/04/23(土) 08:42:10.47 0
まあ今から思えば、ナチスこそ共同体主義そのものだったんだよな
なぜかみんな気がつかなかったけど
宮台氏と同じように感情の問題だと思ってた
でも、
実際には共同体主義そのものの問題で
それを感情で誤魔化そうとしているだけだった

775 :考える名無しさん:2016/04/23(土) 08:48:32.26 0
ネットが、伝統も含めてあらゆる偽満を
解体して、その結果として共同体主義者と
してのナチスの正しさを浮き彫りに
したんだと思う

247考える名無しさん2018/12/22(土) 15:08:23.050
919 :考える名無しさん:2016/05/02(月) 15:20:39.22 0
そりゃそうだよ
だって、アメリカの庶民のための政治をするなら、アメリカのその強大な政治力、軍事力を考えれば
今よりもはるかに多くの富みがアメリカに集まる
だって、経済競争しないわけだから、政治力、軍事力の大きい国にひたすら富みが集まる
アメリカはそれで全然困らない
つまり、ブレーキがないんだよ
まったくブレーキがない
極端な不均衡でロシア・中国とのバランスが崩れたときに、世界大戦にでもなるしかない

248考える名無しさん2018/12/22(土) 16:27:47.560
539 :考える名無しさん:2016/05/27(金) 19:18:34.58 0
まあ、遺伝子がその超越性を失ったときに、変わらざるを得ないんだよ
そしてそれによって、人類は動物としての存在を辞めることを選択することになると思う
それが一番の人類の苦しみの原因となっているわけだから

540 :考える名無しさん:2016/05/27(金) 19:20:56.05 0
超越性を失ったものに、信仰を抱くことはできない
そうなったときに、遺伝子の意味は今とは大きく変わることになる
そしてそれは、人類のあり方そのものが大きく変わるということでもある

249考える名無しさん2018/12/22(土) 17:38:35.260
867 :考える名無しさん:2016/08/18(木) 21:58:55.99 0
合理というのは、デジタル化のことだよ
デジタル化した後の世界では、乱数は存在しない
すべての存在にはその理由が存在する
デジタルの世界ではランダムな事象は起きない
すべてに理由が存在する
つまり、デジタル化された後の世界こそ、合理的世界ということ

逆に言えば、デジタル化されなければ、物事は同定することすら不可能
デジタル化しなければ1=1すら成り立たない
つまり、あらゆる認識は不可能ということになる

デジタル化した世界によって、それぞれの事象の存在理由が、いやが上にも明らかになる
それは、それぞれの立ち位置でその存在理由を評価することが可能になるということ
これがネットでは、あらゆる粒度で行われる
このために、ネットでは細部から全体に至るまで、合理が進むことになる

868 :考える名無しさん:2016/08/18(木) 22:04:53.41 0
合理がデジタル化であるとするならば、旧来の一面的な合理とは
一億人すべてに対して1か0かを迫ったものだと言える
こんなものが使い物になるわけがない
したがって、旧来の「合理」は批判されて当然だった
ところが、ネットによって、個々の人に対して、たとえば65536通りの選択肢を提供できるようになった。
これは、実際にははるかに多いだろうけど
こうなると、合理の粒度は非常に細密になり、共同体主義の有機的な仕組みをもしのぐものになる

250考える名無しさん2018/12/22(土) 17:41:01.190
871 :考える名無しさん:2016/08/19(金) 08:59:49.63 0
一つ言えるのは、それぞれの立ち位置で合理が違う
ただし、それをもって不合理が許されるということはないってこと
それぞれの立ち位置で合理が違うのはいい
むしろ、それは当然のこと
しかし、それを理由に不合理を許容することは許されない
真の論点はそこだよ

872 :考える名無しさん:2016/08/19(金) 09:02:45.73 0
デジタル化したあとの世界には乱数は存在し得ない
つまり、すべてがデジタル化した世界では、無作為な事象は存在しない
それは、すべての事象に理由が存在するってことになる
現実的には、デジタル化した世界にもアナログからの情報が供給されるので、無作為な事象は存在することになるけどね
これは、すべてがデジタル化した世界を考えた場合の話
まあ、これよりも重要なのは>>871だけど

873 :考える名無しさん:2016/08/19(金) 09:25:57.77 0
コンピューターだけじゃなく、脳内でもより高度な概念的な思考はデジタル化されてる
デジタル化しないと、物事の同定ができないから
デジタル化しないと1=1すら成り立たない
それに対して、肉体はアナログの世界
こちらは不合理に満ちてる
昔から意識されてきたこの知性と肉体との対立は、実はデジタルの世界とアナログの世界の対立だってこと 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

251考える名無しさん2018/12/22(土) 17:43:07.270
877 :考える名無しさん:2016/08/19(金) 21:59:09.57 0
現在のところ、異なる立ち位置での合理の相違の衝突を解決する方法は、市場ってことになると思う
これは、昔なら戦場だった
資本主義の世の中になり、昔の戦場を今は市場が代替するようになった
そしてこれからだけど、一つヒントになるのは、ITにより合理の適用の粒度が上がれば、さらに各人が意識していない
粒度にまで合理の適用をより精密にできれば、それによって合理の相違の衝突が解決される場合もあるんじゃなかと思う
ただし、それですべてが解決されるかどうかはわからないけど

879 :考える名無しさん:2016/08/20(土) 06:30:05.56 0
それぞれの異なる立ち位置というのは、自我が透明化していければ、最終的には
神が与えた天与のそれぞれの立ち位置ってことになる
この天与の立ち位置に対して自我が透明化する
現状では、この天与の立ち位置は遺伝子で与えられる部分が非常に大きいわけだけど
遺伝子技術の進歩によって、この部分は知的存在としての自己決定に徐々に従うようになる
そうなると、天与の立ち位置は、現在よりもかなり小さな領域になるね

252考える名無しさん2018/12/22(土) 17:45:31.520
897 :考える名無しさん:2016/08/24(水) 06:04:58.48 0
結局、共同体主義やポストモダンに対して、ここで新しく指摘されたのは、
異なる合理間の衝突の解決のために、軽々しく不合理を持ち出すなってことだと思う
でも、それを言うことが可能になったのはITのおかげってことだろう

898 :考える名無しさん:2016/08/24(水) 07:26:50.91 0
まあそれは、特にポストモダンが不合理を持ち出す消極的な理由なんだけど
ポストモダンが不合理を持ち出すより積極的な理由もある
つまり、人間が不合理を行使することこそ、ヒューマニズムの本質ってこと
ヒューマニズムを追求するポストモダンの立場から、人間が不合理を行使することへのより積極的な動機がある

253考える名無しさん2018/12/22(土) 17:48:04.370
911 :考える名無しさん:2016/08/25(木) 07:03:27.67 0
近代以前は、それぞれの立ち位置での合理の相違は共同体内で不合理に解決が模索され、解決できなければエスカレーションして最終的には戦場で解決された
旧来の資本主義では、それぞれの立ち位置での合理の相違は共同体内で不合理に解決が模索され、解決できなければエスカレーションして最終的には市場で解決される
IT化された資本主義では、それぞれの立ち位置での合理の相違はネットを介して合理的に解決が模索され、解決できなければエスカレーションして最終的には市場で解決される
さらにIT化が進むと、この最終的な解決を直接人口知能が行うことになるかもしれない

912 :考える名無しさん:2016/08/25(木) 07:41:32.76 0
まあ、おそらく市場と人口知能が融合したような形になるかもね
人口知能といえども人が作るものだし、そこにすべて任せるのは無理
市場で絶えず評価・監査された人口知能というものが、使われる可能性が高い
というか、すでに使われつつある

913 :考える名無しさん:2016/08/25(木) 09:13:02.08 0
ネットを介するとなぜ合理的になるのか?
それは、コピーが可能になるから
共同体内で決定される場の雰囲気というのは、コピーできない
それはアナログの世界。アナログはコピーできない
ところが、そういう雰囲気ですらネットではデジタル化され、コピー可能になる
コピー可能になるということは、1=1が成り立つということ
つまり、論理の大元になるそれぞれの認識が可能になる
これによって、論理を構築していけることが可能になる 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

254考える名無しさん2018/12/22(土) 17:49:39.160
924 :考える名無しさん:2016/08/26(金) 19:37:49.14 0
人間には、神から与えられたアナログな部分がある
それに対して、自意識はデジタルな世界にあると言っていいと思う
この整合をどうするか
神から与えられた個性に対して、忠実になるのは良い
ただし、デジタルな世界において、擬似的に乱数を作り出し、それを個性とするのは、自我を肥大させることになる
その不自然さに問題があるんだと思う
これは、自身に超越性を帯びさせることで、人々を畏怖させて生存を計るという、生存戦略の一つになってるところもある
また、神から与えられた個性がそのまま幸福をもたらすかというと、それも違うわけだけど
この辺をすべて解決するには、はやり遺伝子技術の進歩を待つしかない

255学術2018/12/22(土) 17:50:14.850
2 名前:学術 2018/12/22(土) 17:27:16.87 0
アメリカは武器を持った兵隊しか人員を割かない性があるから、どこへ行っても兵士や武器が慢性的に不足してそのすきで大兵を失っているでしょうね。

アメリカは決して強大な国ではなく弱点だらけの弱小国家でしょう。

256考える名無しさん2018/12/22(土) 17:52:13.160
968 :考える名無しさん:2016/08/29(月) 14:22:41.23 0
というよりも、人為の不合理=擬似的な不合理ってことだね
なぜなら、意識の世界において真に不合理なものを作り出すことはできないから
要するに、疑似乱数ってこと
これは、小さな部分のように思えるけど、実際はそうではないんだと思う
ということは、神の不合理ではないものというのは、疑似の不合理、疑似乱数ってことになる
結構すごい論理だが、そういう結論になる

969 :考える名無しさん:2016/08/29(月) 14:39:00.22 0
要するに、暗号化だね
そこに疑似乱数が使われる
隠喩、不透明性、そういうことなんだろう

257考える名無しさん2018/12/22(土) 18:46:27.860
578 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2016/10/07(金) 16:52:26.88 0
戦争はいつでも正しい理由で行われる。
後でその理由が間違っていたことが判明してもね。
しかし、負けた戦争はいつでも誤った理由で行われている。

579 名前:考える名無しさん[sage] 投稿日:2016/10/07(金) 17:11:04.03 0
ただのマウント行為でも症状をみせたあとのマウント行為だからキレイみたいなスタイルなんでつか!?!?

580 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2016/10/07(金) 17:37:16.85 0
適正さといっても、いい加減さという意味ならいらないな
技術が未熟できっちり建て付けられなかった時代の遺物的慣習でしかない
正確・精密であることが結局は人々の不幸を軽減する
いい加減であることが結局は人々の不幸を増大させる
したがって、昔のようにいい加減さがなければ社会の建て付けがうまくいかず、成り行かないというような
どうしてもやむを得ない場合でなければ、いい加減さは極力さけなければならない

581 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2016/10/07(金) 17:47:01.09 0
商品の価格が適正ではなくて、正確・精密であるとはどういうことだろう?

582 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2016/10/07(金) 17:55:43.23 0
まあ、正確・精密であるためには、ITの力が不可欠だよ
昔はこれがなかったから、社会を成り立たせるためにいい加減さが必要悪になってた

583 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2016/10/07(金) 18:00:10.03 0
>>578
不合理を蔓延させるよりも、合理の衝突を選択すべきときもあるんだよ
昔はそれが軍事で行われたから、悲惨だったわけだけど
今は合理の衝突は基本的に市場で解決されるようになったから、合理の衝突を恐れずに
合理を追求できるようになった
このこともいい加減さを排除できるようになったり理由かな 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

258考える名無しさん2018/12/22(土) 18:46:55.080
584 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2016/10/07(金) 18:19:14.51 0
で、正確・精密な価格とはどういうものなの?

585 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2016/10/07(金) 18:28:01.99 0
値付けっていうものが、まさに合理と合理の衝突の結果として、市場で解決された値だからね
これが、市場の機能そのものなわけだけど、ここからあらゆる合理の衝突が解決されるというのも
不思議なものだね
戦争は、人の死によって合理の衝突を解決するのに対して、市場はものの値段を付けることによって合理の衝突を
解決する

586 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2016/10/07(金) 18:59:03.88 0
要するに戦争は1か0なんだよ
2ビット
それに対して、市場は十分なビット数でものの価値を評価する
この違いだと思う

587 名前:考える名無しさん[sage] 投稿日:2016/10/07(金) 18:59:38.32 0
2ビットではなく1ビットだった ?? 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

259考える名無しさん2018/12/22(土) 18:48:20.020
64考える名無しさん2016/10/28(金) 08:42:57.680
西部氏も宮台氏も共同体主義者だが、共同体主義者は共同体が必然的にかかえることになる
腐敗というものを引き受けることになる
両氏はその引き受ける腐敗の方向性が違うわけだけど、いずれの場合でもその腐敗は人々を不幸にすると思う
それでもIT以前の社会では、その腐敗を代償として微細な有機性が緻密さを提供し、それがおおざっぱな合理に勝る
精度の高さを提供していた
例えるなら、数ビット程度のサンプリングの音声はアナログ録音よりもはるかに精度が劣る
しかし、IT以後の社会では、そのような代償を払わなくても、合理の緻密さが高まり、
西部氏の方向性にしても宮台氏の方向性にしても、人々を不幸にする腐敗を引き受ける必然性は
なくなりつつあると思う

260考える名無しさん2018/12/22(土) 18:50:13.590
82考える名無しさん2016/11/09(水) 18:32:24.710
トランプが労働者の経済的利益をアメリカの国益と見なすなら、
当然政府の責任として労働者の経済的を取りに来る
それは、国家社会主義的政策をとることを意味し、対外的には
政治的な力によって経済的利益を取りに来ることを意味する
これは、要するにアメリカが現在の世界秩序を維持する役割を完全に放棄するってことになるわけだが
どうなるだろう

83考える名無しさん2016/11/09(水) 18:36:34.310
そして、それは最終的には、現在の秩序を維持しているルールである
経済的競争による配分の仕組みから、政治パワーさらに軍事パワーに従った配分の仕組みへと
逆戻りすることを意味する
この点は、現在の秩序の矛盾点をついた動きなので、すべて自然に任せるならそうなる恐れは十分にある

261考える名無しさん2018/12/22(土) 18:52:24.760
145考える名無しさん2016/11/23(水) 09:33:42.280
まず、方向性の問題がある
今は自由貿易を前提としているから、現状の体制でバランスしてる
これを保護主義を前提とするなら、今のバランスは大きく崩れて、関税導入がより一般的になるだろうと思われる
そして、そうなると政治パワー・政治判断が関税導入の判断の主体となり、
それは政治力学、そしての基板となる軍事力学に大きく左右されるものになるだろう
もともと、国民の生活を第一に考えるというのであれば、
強大な軍事力を持つ国が国民の生活向上・経済的利益のために
軍事力を活用しないという選択肢には無理がある
その無理を通しているのが、アメリカ主導の自由貿易体制であって、その前提が崩れるなら
世界の秩序は一変する

262学術2018/12/22(土) 18:54:30.180
正しい理由の戦争なんてあるだろうか。多くは醜い復讐だ。でも討たねばならない
というのが苦しいところなんだろうなあ。

263考える名無しさん2018/12/22(土) 18:54:31.010
161考える名無しさん2016/11/24(木) 13:21:06.970>>173
遺伝子技術の進歩によって哲学レベルにまで大きく影響する
知的存在としての人間が自身を自己決定できるようになるわけだから
これができないために、哲学は混乱の極地を極めたあげく、絶望しきっていたわけだし
この意味は、大きすぎて計り知れない
言ってみれば、人間は動物ではなくなるわけだからね

163考える名無しさん2016/11/25(金) 08:08:08.110
まあ、遺伝子技術が進歩することで、哲学は大きな影響を受けるけど
逆に自身を自己決定しなければならないっていうことは、
その根拠が必要になるわけで、社会において哲学が今よりもはるかに
重要な役割を果たすようになると思う
自己決定ができるということは、実は哲学の前提条件であって、それが
人類史上初めて実現するわけだから
そしてそれは、人間のあるべき姿としての前提条件でもあるよ

264考える名無しさん2018/12/31(月) 16:42:29.980
352考える名無しさん2017/02/02(木) 06:49:17.610
上方向の理はおおざっぱにとらえることができるので、
理に従う場合、従来の技術ではどうしても上方向が重視されがちだった
下方向の理は、緻密さが求められるので、従来の技術ではどうしても追うことが
不可能で、下方向では有機的直感に頼ってしまい、それが失敗の原因になった

新たなIT技術によって、下方向の緻密な理を追うことが可能になりつつある
下方向に掘り下げたい場合に、この部分を活かせるか、それとも
従来のやり方に頼ってしまうかだよ

265考える名無しさん2018/12/31(月) 16:43:18.130
353考える名無しさん2017/02/02(木) 08:48:51.550
まず最初の問題は、アメリカの今の問題は雇用ではないってこと
麻薬や銃、モラル低下が荒廃をもたらしてる
それは雇用の問題じゃない
むしろ今のアメリカは雇用は有り余ってる
つまり、今のアメリカの問題は格差じゃないってこと
モラル低下が問題
これは、対策可能な範囲で言うなら、できる限り理性を重視した
社会に方向転換する必要があるってことになると思う
ポストモダンはこの理性を軽んじたために、社会に大きな荒廃をもたらした
特にアメリカのような多様な社会では理性を軽んじることで荒廃の度合いは大きくなる
アメリカはポストモダンの第一の犠牲者だと思う

266考える名無しさん2018/12/31(月) 16:44:26.550
356考える名無しさん2017/02/02(木) 19:48:57.900
今のアメリカはITと理性否定が結びついたポストモダン状況だと思う
ITが緻密で理性的なフィードバックを形成できない
有機的直感のフィードバックループばかりが目立つ

357考える名無しさん2017/02/02(木) 22:10:30.720
最終的には、悪い民族の排斥じゃなくて悪い個人を排斥する方向に
緻密なITの情報力を使いたいんだよな
それは、ポストモダン的な文化活動ではなくて、資本主義的な企業活動によって
進行してるように思う

358考える名無しさん2017/02/03(金) 07:38:26.130
ポストモダンは人間はバカなんだからバカのままでいいって思想だから
そりゃ乱れるよ

267考える名無しさん2018/12/31(月) 16:45:15.280
359考える名無しさん2017/02/04(土) 00:18:30.060
でもポストモダンの中の一部に揺り戻しの時期がちょっとあったよね
ガチのポストモダンに飛び込む前に理性的なモダンをちゃんと経験しておかなきゃまずいよ
みたいな風潮が少しあった
でもそれも中途半端な風潮だったから結局人間は非理性的なバカであって
情念に引っ張られて自分が見たい現実を見たいように見るだけなのが人間の本質なんだよ
つまり人間はバカでいいんだというポストモダンの強い流れはどうにもできなかった
やっぱ文化的なものより資本主義に任せたほうがいいね

360考える名無しさん2017/02/05(日) 07:37:39.680
もともと、道徳と職業は密接に関係してる
職業を切り離してしまうと、道徳は成り立たなくなるのかもな
それは、現代においても変わらなくて、
したがって現代の道徳と資本主義は切り離せない

268考える名無しさん2018/12/31(月) 16:46:41.670
368考える名無しさん2017/02/14(火) 10:55:22.870
ITの進歩によって、共同体主義のメリットが薄れ
デメリットが目立つようになってきたと感じてる
もともと、共同体主義が人を不幸にしている要素は非常に大きい
それを上回るメリット、共同体の有機性のきめの細かさが、社会を回してきた
部分が大きかったわけだが、それがITにとって代わられつつあり
その結果、人を不幸にする共同体主義の欠点のみが目につくようになってきた

371考える名無しさん2017/02/14(火) 18:52:05.080
共同体の有機的直感に頼っていた
個別的情報を合理に落とし込むこと
これがITに求められていることだと思う
これができれば、不幸になる人を大きく減らすことができるはず

269考える名無しさん2018/12/31(月) 17:00:09.600
401考える名無しさん2017/03/08(水) 08:08:29.780
結局、不合理が人を不幸にする
まず、自分の足下に対する不合理
そして、普遍的観点からの不合理
どちらも人を不幸にする
その両者をいかに調和させながら、それぞれの状況に即した合理を導き出すか
そこが今までの技術では難しく、昔ながらの共同体の有機的な直感に頼らざるを得なかった
この部分を、直感ではなく、より精密に合理を導くことができれば
人の無意味な苦しみを大幅に軽減できる

270学術2018/12/31(月) 17:00:48.520
麻薬や銃でもちょうずの問題もある。ダサいものではいかん。

271学術2018/12/31(月) 17:01:25.100
醜い復讐がゆえに正義なのかもな。

272考える名無しさん2018/12/31(月) 18:48:43.470
490考える名無しさん2017/04/20(木) 11:15:11.900
ここまで論を進めてわかったことは、市場というものもまた、合理の終端に位置しているということ
市場は、異なる合理の衝突を解決する機能があるわけだから、そこでいったん合理は終端し
アナログに変換され、人間の欲求や感情、そして乱数などを媒介として、異なる合理の解決がなされ
再びデジタルに変換される
合理の終端には、ある種の信仰が発生する
これは、武力によって合理の衝突が解決されていたときも、武力がある種の信仰の対象になったことから
わかると思う
そして、富の偏りを解決するための処理の粒度について言えば、これは市場のアナログ領域ではなく、
デジタルに変換された後、つまり合理の終端の内側での処理ということになるだろう
そこで、ITを使って合理の粒度を高めることで、終端からの処理のひずみを最小限に抑えることができる

それに対して、欲求や感情のひずみについて言えば、これは合理の終端の外側のアナログ領域の話であって
そこでITは適用できず、偏りの解消のために、乱数を使うのもやむを得ないといえるかもしれない

491考える名無しさん2017/04/21(金) 08:28:10.870
ここで、気がつくのは「市場的公正さ」が合理の外側で決まるってこと
そもそも、合理というものは透明であって、合理自体が公正さの基準、あるいは正しさの基準を
決めることはできない
そうした基準は合理の外側で決まる
合理とはそうした外側の基準(あるいは信仰と言ってもいいかもしれない)に対して、
透過に論理を進めていくことに他ならない

273考える名無しさん2018/12/31(月) 18:52:14.850
519考える名無しさん2017/05/22(月) 10:20:24.750
主語がでかいっていうのは良い煽り言葉だな
ほんと、その一言でいろんな問題が起きてる

520考える名無しさん2017/05/22(月) 10:21:25.120
「いろんな問題が起きてる」→「いろんな問題を言い表してる」

521考える名無しさん2017/05/22(月) 10:42:41.920
主語を大きくしないと、人間はいろんな現象を把握できない
しかし、主語が大きいことが、様々なひずみを引き起こし、それが人間を不幸にしていることも確か
この部分で期待されるのが、IT・AI
AIが様々な現象を細かい粒度で分析し、その出力について、断片的側面からの視点(こうしないと人間は現象を把握できない)
で人間は正誤を修正してフィードバックすることで、総合的な知見を高めていくことができると思う
総合的視点では人間の認識は粒度を失い、逆に粒度を高めると総合性を失う
それを補ってくれそうなのがAI

274考える名無しさん2018/12/31(月) 18:53:28.210
534考える名無しさん2017/06/07(水) 21:50:49.510
粗っぽい差別に対して粗っぽい反差別では、まったく解決してない
宮台氏とかはそれで解決だと考えてるのかもしれないけどそうじゃない
本筋は粗っぽい何かをなくして、あらゆることの精度を上げていくことだ

275考える名無しさん2018/12/31(月) 18:54:32.820
570考える名無しさん2017/08/17(木) 09:19:25.880
正義は透明な存在
アンパンマンやキャプテンアメリカを
考えてみればよい
正義は無個性
それに対して悪は実に個性的
バイキンマンは何をするか分からない
悪は何をするか分からない
そして、これこそ、哲学の真の本質だよ

276考える名無しさん2018/12/31(月) 18:55:28.260
587考える名無しさん2017/09/08(金) 07:34:08.980
もちろん、公正さが合理の外側で決まるからといって、
合理などどうでも良いということにはならない
それはポストモダンが犯した間違い
この合理の外側をいかに小さくしていくか
合理の部分をいかに長く伸ばしていくか
それこそが、人々の苦しみを軽減するために必要な知恵と言うことになる
伝統的宗教も、無意識にそれを目指していたとさえいえると思う

277考える名無しさん2018/12/31(月) 18:57:16.600
616考える名無しさん2017/09/18(月) 11:30:12.440
現状、北朝鮮に対してはかなり断然が大きいが
やはり合理に静かに収束させていイメージで解決を図るしかないと思う
この振幅を乱せば乱すほど犯罪者が喜ぶ世の中になる
具体的には、北朝鮮を市場経済に組み入れるしかないと思う
そこから、市場を終端とする合理が北朝鮮内に浸透すれば、そのように体制は自然に変化する
今の北朝鮮が寄って立っている合理は、結局はテクノクラートの安泰な生活を守るという社会主義的なものだと思う
金正恩が死んでもこれが変わらなければ変化しない
中国のように市場経済を導入することで、市場を終端とする合理が徐々に社会主義的合理を侵食していく
ちょうど武士が商人に徐々に押されていったようにね

278考える名無しさん2018/12/31(月) 18:57:50.010
621考える名無しさん2017/09/18(月) 21:44:52.310
願ってるだけではね
現に北朝鮮は左翼国家だが、ああなった
まず、今の秩序を支えてる構造というものを理解しないといけない
特に、軍事と市場は、ともにエゴに関係するので、嫌いがちだが、
軍事と市場はともに、合理の衝突を解決する手段をになってる
そのなかで、まず軍事を揃え、その下支えの上で、市場を機能させて
実際の合理の衝突は市場で解決することが現代社会の平和を維持している鍵となっているシステム
これを機能させる範囲を広げていくしかないよ

279考える名無しさん2018/12/31(月) 18:59:31.830
628考える名無しさん2017/09/20(水) 15:42:11.730
やはり個人の人権は大事
これがないと人の苦は数段上昇してしまう
個人の人権を確立した上での社会のあり方について言えば、過去はあまり参考にならない
人の苦を軽減していくには、合理に静かに収束していくしかないと思う

630考える名無しさん2017/09/20(水) 17:55:07.980
個人の人権というのも、知性のループを拡大するために必要
これがないと動物に近いレベルまで知性のループが小さくなる
動物には苦が少ないという話もできるけど、それはまた別の議論になる
個人の人権が確立した段階で、知性のループは現状の物理的限界に近いところまで拡大するけれど
後はITによって若干、さらには遺伝子技術に飛躍的に知性のループが拡大することが期待される

631考える名無しさん2017/09/20(水) 17:59:12.390
まあ、知性のループが中途半端に拡大している今が一番苦が大きいと言えるかもしれないけどね
動物の方が人間より明らかに苦は小さいからね
でも、人間としての矜持が、そちら方向に行くことを許されないと思う
これは合理的な判断というよりも、矜持としか言い様がないけど

280考える名無しさん2018/12/31(月) 19:00:58.910
638考える名無しさん2017/09/22(金) 18:19:31.860
人間は半分動物であって、その動物部分も合わせて考慮した最適な社会のあり方というのは
あるだろうけど、そんな動物部分を尊重をしても結果的にまともなものにはならないよ
半分動物なんだからしょうがないよねっていうものしか出てこない
最終的には、知性のループが現状の動物部分を網羅することが可能になる
遺伝子技術の進歩を待つしかないだろうね
少しはましだと思える最適な社会のあり方が出てくるのはその後だよ

641考える名無しさん2017/09/23(土) 19:33:17.740
生殖がまず動物と同じだからね
そこからモチベーションが発生してる部分も大きいから
社会に与える動物的要素はかなり大きいと言わざるを得ない

642考える名無しさん2017/09/23(土) 19:39:48.990
異性の組み合わせで遺伝子を混ぜ合わせて
それを環境に放り出して淘汰に任せるという仕組みが動物そのもの
この遺伝子の精錬する仕組みを、遺伝子技術により知性のループの枠内に組み入れることで
人間は動物ではなくなる

281考える名無しさん2018/12/31(月) 19:05:35.320
654考える名無しさん2017/09/30(土) 21:42:22.820
まあ、ビジネススクールで教えるビジネス倫理みたいなのに組み込まれてるな
そこで企業経営と個人の利益と組織への忠誠心とチームワークのバランスを学ぶ
それは大いに哲学的なトピックだけど、あくまでビジネスの効率化を目的としている
でも、武士道も戦いに勝つための効率化を目的としているわけで
こんなん西部さんは激怒するだろうけど
昔は武断の世の中で今は商断の世の中
この「断」はある種の覚悟を要求するわけで、その部分が武士道ではメイントピックになってる
商断では、そこまでの覚悟は要求されないけど、それはビジネス倫理にやんわりと組み込まれてるんじゃないかと思うよ

655考える名無しさん2017/09/30(土) 21:44:38.370
労働者運動の団結みたいなものですか

656考える名無しさん2017/09/30(土) 21:56:28.770
それは断を避ける人たちだよね
つまり、商断を避ける人たち
商断を避けると、どこかで断が求められるので、結局武断に頼ることになる
まあこれはこのスレで散々論じたわけだけど
商断を避ける北朝鮮は武断に行き着く

657考える名無しさん2017/09/30(土) 22:07:24.810>>829
まっ、そこまで行かなくても政治力で利権を抑えれば
それによって割を食う政治力のない人たちが出る
その人たちが泣き寝入りで終わりだね
それは江戸時代と同じような泣き寝入りを伴った平和だ

658考える名無しさん2017/10/02(月) 10:04:30.380
まあこういうのも、日本人の遺伝子特性に対して日本列島の環境が作用して、
どのような文化や生態が育まれてきたかというような考察なんだろうけど
半分は動物的生態研究みたいな感じになるね
無駄というわけではないけど、遺伝子技術の進歩により知性のループがこうした部分を
包有するようになれば、すべて無意味な考察になる

282考える名無しさん2018/12/31(月) 19:06:51.650
660考える名無しさん2017/10/04(水) 08:49:03.810
静止的視点で捉えるからおかしくなる
伝統っていうのはメタ的態度ととして捉えないといけない
そうでなければ、今は縄文時代のままのはず
変化・進歩に対する態度・あり方に、先人の知恵があるわけで
そのときそのときの静止画像をそのまま維持することに知恵があるわけではもちろんない
そうであるならば、今は原始時代のままであるはずだからね

283考える名無しさん2018/12/31(月) 19:08:12.140
681考える名無しさん2017/11/11(土) 07:53:11.410
席次は変わる。
国語や歌の席次は女の子が上かも知れないし
穴を掘るのは男の子が下かも知れない

682考える名無しさん2017/11/11(土) 09:11:29.990
それが多様性の望みだったんだけど、
結局変わらないね
一番重要な尺度があって、それで決まる
それが、たとえば学校なら腕力にするか、勉学にするかだ
そのルールは変えられるから
そこだけだよ、調整できるのは

683考える名無しさん2017/11/11(土) 09:15:19.220
まず、どのルールを適用するかって言うこと自体が競争になるからね
メタレベルでも競争は起きる
そのルールを決めるのが最も強い人間ってことになれば、それは原始時代と同じ
文明社会、資本主義社会のルールを押しつけるしかないんだわ

284考える名無しさん2018/12/31(月) 19:09:37.810
721考える名無しさん2017/12/09(土) 10:49:16.190
まず国家ありきなら国家主義者
合理に合う限り国家は存続すべきと考えるなら合理主義者

722考える名無しさん2017/12/09(土) 10:54:22.530>>726
合理の出発点は無限にあるので、合理主義でどのような論でも可能になると
思うかもしれないが、その人が普段寄って立っている合理と、その人が主張する論
に矛盾が生じれば、それは合理から外れると言うことになる
アナーキストの論が、アナーキストの普段寄って立っている合理から
矛盾せずに成り立つとは現状思わない

285考える名無しさん2018/12/31(月) 19:11:12.650
749考える名無しさん2017/12/16(土) 18:07:11.320
人類がこの文明を築いたのは、苦を軽減するため
人間性を守るためじゃない
苦を軽減するためなら、人間性の有無なんて気にしないと思う
そもそも人間性ってものが何だかはっきりしない
あるときは思想が主導し、あるときは科学技術が主導しながら、
文明は進展し、それは常に人々の苦を軽減する方向に進んできた
それはこれからも変わらないと思う

750考える名無しさん2017/12/16(土) 18:45:41.170
国民国家から自由になりたい

751考える名無しさん2017/12/16(土) 19:00:34.940
遺伝子技術の進歩だね
それによって、知性のループが人をほぼ網羅してコントロールできるようになる
そうなったときこそ、哲学の出番
そのときは国民国家も不要になってる
今は科学技術のターンなので哲学ではどうにもならない

286考える名無しさん2018/12/31(月) 19:12:03.720
758考える名無しさん2017/12/18(月) 14:05:14.710
粒度の大きさが人々を不幸にしてる
これは時間軸と空間軸のそれぞれにおいてだ
それぞれの人に合った正確な状況をそれぞれに精密に適合させることが
人の苦を軽減する
遺伝子技術の進歩を待つ間は、このために情報技術を活用すべき

287考える名無しさん2018/12/31(月) 19:13:35.670
779考える名無しさん2017/12/22(金) 19:52:46.900
まず、女性はあまり性交渉を望まない
男性は、それを激しく望む
その格差の中で、一線を越える能力のある男性が子孫を残す
まるで、卵子に取りついて細胞膜を破る能力がある一番速い精子が受精する仕組みそのまま
この仕組みが糞過ぎる
動物のスキームそのままだ
この生殖の仕組みがかなり大きく人々を不幸にしている
まず、生殖自体を知性のループに組み入れないといけない
こんな動物的仕組みでは、不幸を生産するだけ

288考える名無しさん2018/12/31(月) 19:14:25.910
784考える名無しさん2017/12/24(日) 11:51:28.080
日本人の最も得意とする「直感力」が21世紀に入って
高度情報技術に対して明確に劣位になった
それがここ20年の日本の衰退の真の原因だよ
そして情報技術そのものである論理力に優位な人々が世界を圧倒するようになってる

289考える名無しさん2018/12/31(月) 20:33:08.440
906 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/07/23(月) 20:05:02.96 0
いずれにしろ、遺伝子技術の向上などで
自己決定できる範囲が広くなるほど、人は合理に沿って透明化していく
しかないと思う
そこから外れると、自己決定の発散みたいなのが起きて非常に大きな
苦を招く

909 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/07/29(日) 10:43:53.77 0
自己決定の範囲が広くなるほど、合理に沿わないと行けないというのは
原理的な理由がある
それは、今まで論じてきたことのまとめになるようなことだと思うが
まあ、それによって長い哲学の歴史において一つの結論が出るんじゃないかと思うよ

911 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/07/29(日) 21:31:37.80 0
結局、不合理というのは乱数、ノイズだからね
自己決定のループ、フィードバック系に乱数、ノイズが
紛れ込めば、そのループが閉じているほど、つまり
下界からの影響が小さいほど、そのノイズによって発散する
つまり、自己決定のループが拡大するほど、ループが純化するほど
ノイズによる発散を起こしやすくなる
そういうことだと思う

912 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/07/30(月) 07:19:57.39 0
意識というものは、多重ループ構造を形成することで発生する
それに対して、この世界は乱数そのもの
乱数そのものの世界の中で、多重ループ構造である意識を
ループを発散させるかこなくどのように維持するか?
これこそが、宗教の存在意義そのものであり、また哲学の存在意義そのもの
でもあるってことだよ 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

290考える名無しさん2018/12/31(月) 20:34:57.930
913 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/07/30(月) 20:59:41.64 0
この世界の本質は乱数であるのに対して
生命体、生命の本質はループ構造にあると言って良い
これはどんなに原始的な生物であってもそうだろう
そしてこのループ構造を幾重にも多重化することで、
人間の意識が発生している
そうした中で、乱数においてはループ構造は存在し得ない
なぜなら、乱数は二度と同じパターンを発生させないから
それでは、生物はどのようにしてループ構造を維持しているのか?
それが、デジタル化ということになる
乱数の海の中でデジタル化を行い、つまり認識を行い
それによってループ構造を可能にしているということになる
デジタルは0と1の世界であって、まさにそれ自体がループ構造とも言える
要するに、ループ構造とデジタル化こそが、生命の本質であり、
また意識の本質ということになる
これが、最も基本的な哲学における原理ということになると思う

914 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/08/01(水) 10:00:11.96 0
外界の乱数の影響が強いほど、
それに対するカウンターバランスが必要になる
乱数を中和するための乱数的な何か
それが宗教などの役割だと思う
そして、外界の乱数の影響が小さくなり
ループ構造が純化し、自己決定の純度が高まるほど
今度はループ内での乱数・ノイズの発散の影響が大きくなる
これが、近代において問題になっていることの根本にあると思う
これを抑えるには、乱数そのものを排除していくしかない
乱数を残してしまっては、どうしても純度の高まったループ構造は発散してしまう

291考える名無しさん2018/12/31(月) 20:36:53.790
915 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/08/01(水) 11:11:00.69 0
要するに、外界からの乱数の影響が弱まるのに伴って
ループ構造内の乱数的要素も減らしていかないといけない
そうしないと、ループ構造は発散してしまう

916 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/08/01(水) 11:12:40.36 0
これが、自己決定の範囲が拡大するに伴って
合理に従うことがより強く求められる原理的な理由ってことになるね

917 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/08/01(水) 11:36:30.83 0
合理というのは、理由があって生じること
そして、理由がなくて生じることは、ランダム、乱数ってことだから
非合理はランダム、乱数ってことね

918 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/08/07(火) 02:39:59.32 0
昔の武家なら家督を長男に相続して引退すれば済んだけど
今は入水自殺ですか。

919 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/08/08(水) 10:00:22.83 0
逆に、自己ループ構造内に、(疑似)不合理・乱数を組み込んでしまって
それに対応するカウンターバランスとして、外界に不合理を
求めてしまうケースすら存在すると思うよ
こうなってしまうと、人生破綻コースだと思う
ポストモダンはこの現象を広範に引き起こしたんじゃないかとにらんでるけど
西部氏もこれが多分にあった気がする

920 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/08/08(水) 10:01:48.11 0
一種の二次障害的な精神の働きとも言えるね
一次障害は、精神と外界の根本的な矛盾に起因するからこれは避けられない
しかし、二次障害は避けられる 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27)

292考える名無しさん2018/12/31(月) 20:38:57.580
921 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/08/08(水) 10:10:45.58 0
要するに、宗教や哲学はこうした二次障害をいかに避けるかという
部分に焦点を当てなければならないってことだね
一次障害は、そのような思索では避けられない
一次障害は、精神とこの世界の根本的な矛盾に起因している
遺伝子技術やITは、この矛盾を緩和する方向で役立ってくれるので
このような物理的技術であれば一次障害を緩和できる
しかし、この矛盾を完全に解消することはできない
この世界そのものの根本がランダム・乱数である以上、必ず精神との間には矛盾が
生じる

925 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/08/18(土) 21:14:22.80 0
>>913
一応、「デジタル化、つまり認識を行い」の部分を補足しておくと、
認識とは、同一律と無矛盾律に他ならない。
そして、同一律と無矛盾律こそ、デジタル概念そのものである。
証明終わり

293考える名無しさん2018/12/31(月) 20:41:05.770
929 名前:考える名無しさん[] 投稿日:2018/09/03(月) 07:52:32.53 0
>>919
この構造がポストモダンそのものだよ
近代とポストモダンの問題もこれで、十分に説明出来んじゃないかと思う
この部分は西部氏の晩年のライフワーク的テーマだったと思うが
このスレでそれにうまく答えられたと思う

294考える名無しさん2019/01/01(火) 16:45:09.890
これで最後かな
まだ煮詰まっていない気はするけど
特に、認識=

295考える名無しさん2019/01/01(火) 16:57:33.730
特に認識=デジタル化が行われた時のループの不可避性について
これは、1層の認識とループであれば、惑星の周回軌道やその他自然環境において
おそらく見られる循環現象はあると思うけれど、このループが多層化すると、
それは生命と呼ばれているものになんだと思う
そしてさらにこのループが多層化すれば、それは意識と呼べるものにまで到達する
このようにメタレベルでは、線形的な無生物から生物へのスペクトラム的変化を確認できるのではと思う
このあたりの考察については、まだまだ詰められると思うけど、誰かやってください

296考える名無しさん2019/01/01(火) 22:18:06.740
312デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/14(土) 11:48:21.870
まず最初にデジタル化がなされた
その結果として、ループが生じ、アナログとの干渉で半ループ、らせんになった
そこから、生物の進化が始まった
それが生物の発生の秘密だと思う

316デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/14(土) 15:29:43.830
何かのきっかけでデジタル化がなされ
そのデジタル化によってループが発生した
概念的には、これが生命の誕生だと思う
もちろん、生化学的な定義ではないけど

297考える名無しさん2019/01/01(火) 22:18:54.990
320考える名無しさん2017/01/15(日) 18:21:07.230>>582
惑星軌道なんかもループしてる
まあ宇宙は離散的で、惑星軌道の視点レベルでは
デジタルといえるかもしれないが

321デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/16(月) 07:46:14.500
識別がなされないとループはしない
惑星の場合は、離散的で識別はなされてる
ただ、ループだけでは生命発生とはならない
ループが半開放してらせんとなる必要がある
そのためには、ループに対するアナログの干渉が必要になる
惑星軌道にはそれがないので、らせんにはならず、永久にループしてる

322デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/16(月) 07:51:20.350
原子の電子軌道なんかもそうだな
これも識別はなされてるのでループするが、アナログの干渉がないので
らせんにはならず、したがって永久にループしてるだけ
アナログの干渉が生じるには、アナログの海の中でのデジタル化が行われなければならない
その結果としてループが生じ、それがアナログの干渉によってらせんとなる

323デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/17(火) 07:38:33.090
識別こそが概念的な生命の根源
そして、その識別を可能にするのがデジタル化だと思う

298考える名無しさん2019/01/01(火) 22:20:02.750
326デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/19(木) 20:06:49.390
人工知能のディープラーニングなんていうものもらせんだね
自己ループしながら、徐々にそのループの位置づけが変化していく
もう哲学自体も情報処理の科学者がやったほうがいいかも

329デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/21(土) 20:22:04.180
識別からループへと進むメカニズムも面白そうなんだけど
自分の頭では直感的なところで止まる感じ
識別したからにはループするだろうと思う
でもそのメカニズム、その理由を具体的に説明するとなると
まだなんとも
情報処理の学者の人とかならわかりそうなんだが

330デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/21(土) 20:29:49.120
まだ生命が誕生していない頃の地球で、
海底の火山の噴出口みたいなところで
何かのきっかけで、デジタル化が起きた
そのデジタル化によって、識別がなされ、それによって自己ループし始める
それはあたかも、公転軌道を回る惑星のように、デジタル化・識別化によってループする
そのループは、アナログ的干渉によって徐々にずれるが、デジタル化・識別化
を誘因とするループは、その軌道を完全には失わず、らせんを描く

299考える名無しさん2019/01/01(火) 22:20:36.890
331デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/21(土) 20:37:03.150
惑星軌道の場合は重力によって識別がなされてる
デジタル化の場合、そのデジタル化を起こしたもの、つまり
識別をした原因は何か、どういう力が識別・デジタル化を引き起こしているのかってこと
その力によってループが起きる

332デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/21(土) 21:43:49.570
例えば、コンピュータなんかだと、
デジタル化の結果として、それはどのような状況であってもループする
デジタルの世界では乱数が存在しないわけだから、ループするしかない
必ず元の状態に戻る
乱数がないわけだから、循環するしかない
デジタル化によって乱数を排除することによって、ループが起きるってことだね

300考える名無しさん2019/01/01(火) 22:21:28.110
337デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/23(月) 10:24:04.490
むしろ、デジタル化によって、エントロピーの法則が逆向きに作用する結果として
ループせざるを得なくなるのかもね
識別の結果としてループを生じさせている力とは、エントロピーの法則による
逆向きの作用なのかも
これは、重力ですら同じようなものかもしれない

338デジタルとアナログ ◆RevGiOKgRo 2017/01/23(月) 11:30:29.860
デジタル化とは識別のことだよ
両者は等価だ
識別とはデジタル化であり、デジタル化とは識別のこと
デジタル化されてるとは、何者かによって識別されてるってこと
それは関係性を表してる
関係性の中でデジタル化が行われる

301考える名無しさん2019/01/01(火) 22:21:56.520
これで最後ですね
あとはそれぞれで考えてください

302考える名無しさん2019/01/30(水) 20:38:29.700
まーた、二階のごみ拾いか

【無所属】“渡り鳥”の細野豪志氏、自民党・二階派特別会員希望に失望の声(衆・静岡5区)

細野豪志氏(17年9月13日撮影)
https://amd.c.yimg.jp/amd/20190129-00463447-nksports-000-8-view.jpg



 民主党政権で環境相や首相補佐官などを歴任した細野豪志衆院議員(47=無所属)が、自民党の二階俊博幹事長が率いる二階派の「特別会員」となる意向を固めたことが29日、分かった。
31日の派閥総会に細野氏が出席、了承を得る見通し。関係者によると、17年衆院選に希望の党で当選後、無所属で活動してきた細野氏は、活動の幅を求めて自民党入りを模索。
しかし地元の静岡5区では長年、自民党と戦った経緯があり、静岡県連は反発。「行き場のない状態」(同関係者)だ。かつては野党の若手ホープと目されたが、政治行動の迷走や、野党出身ながら自民入りを目指す節操のなさに、「文字通りの渡り鳥」(野党関係者)と、あきれた声がある。

 一方、二階氏は派閥勢力拡大に意欲的。同派の特別会員は、自民入りに「壁」を持つ入党希望者の「待機所」的な意味合いがあり、27日に山梨県知事選に当選した長崎幸太郎氏、民主党出身で自民入りした山口壮衆院議員らの前例もある。

1/29(火) 19:26配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190129-00463447-nksports-soci

303考える名無しさん2019/02/03(日) 22:07:10.160
ab

304考える名無しさん2019/02/12(火) 19:54:51.990
橋下徹‏@hashimoto_lo

橋下徹さんが田中秀臣をリツイートしました

京大藤井一派の維新批判と同じ。全体の指標やこれまでのトレンドを見ず、他との比較をせずに、
悪い数字の一つ二つを取り上げ全力で全否定。良くなっている部分は全てスルー。

田中秀臣 @hidetomitanaka
反安倍の議論の特徴、1)些末なあげあしとりを全力で拡大して相手を100%否定する、知的堕落、
2)経済学の基本さえ理解してない(=実質賃金変化率が生活実感表すなどその典型)のに経済政策を語る、知的堕落、
3)「御用学者」「ネトウヨ」とレッテル貼るだけしかできない、という三位一体で構成。

18:35 - 2019年2月10日

305考える名無しさん2019/02/20(水) 10:48:03.790
ab

306考える名無しさん2019/02/27(水) 23:08:40.800
ag

307考える名無しさん2019/03/08(金) 07:29:13.390
ab

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