李氏朝鮮VS琉球王国

1マンセー名無しさん2018/10/01(月) 17:27:38.30ID:OLAS+zrC

2マンセー名無しさん2018/10/01(月) 17:28:04.88ID:OLAS+zrC
wikipedia(wikimedia)にいつのまにかこんなんがあったんですが、このスレの人かな?

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/fa/Mitsudomoe_banner_white.svg
A Japanese-style banner seen on Ryukyuan ships.

3マンセー名無しさん2018/10/01(月) 17:53:24.72ID:mBfpKQjl
戦えるわけないやん
どっちも1000kmも渡洋して戦う能力なんかないわ

4マンセー名無しさん2018/10/01(月) 18:47:30.87ID:hiMkNPM2
また荒らし?

5マンセー名無しさん2018/10/01(月) 21:02:52.48ID:mgGCdfiU
前スレに、朝鮮半島には人が住んでいなかったという人がいて
1万年前という手がかりからすると、櫛文文化以前のことを言ってたんだと思うけど
そんなに昔のことなんてすぐに解明できるとは思えないし
まずはもっと近い昔のことが知りたいんだよ

6マンセー名無しさん2018/10/01(月) 21:45:55.55ID:mgGCdfiU
最近考古学と言語学の統合をやってる人は
後李文化のような山東半島の文化をオーストロネシア語族と結びつけようとしているみたい
そうすると日本語話者の行き場がなくなっちゃうんだよなあ。

マルチン・ロッベーツは遼河周辺の興隆窪文化が、
チュルク・モンゴル・ツングース・朝鮮・日本共通の故地だと主張しているらしいが
彼女の議論はなかなか強引だ
https://sci-hub.tw/10.1163/22105832-00702004

7マンセー名無しさん2018/10/02(火) 00:53:02.00ID:0L5TssE1
田園洞人ゲノムの論文でコレスポになってるQiaomei Fuは
今は中国に戻っているけど
古代DNA研究の最先端、ペーボ/ライクのラボの出身なんだよなあ。
中国はこんなスター研究者も抱えていて、日本じゃとても太刀打ちできない
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(17)31195-8

8マンセー名無しさん2018/10/02(火) 17:28:09.80ID:qw0HTIO9
よく言われる、失われた20年で金がないのが悪いのか
やり方や組織として悪いのか

9マンセー名無しさん2018/10/02(火) 21:40:26.74ID:yQS9U6/x
アメリカでは理工系の博士号取得者の三分の一が中国人らしいから
その一部が中国に戻るだけで日本は遥か彼方まで引き離されてしまうよ
つーか、既にそうなってる分野も多いんじゃない?

10マンセー名無しさん2018/10/03(水) 17:50:30.63ID:hW6HuWdd
留学そのものの問題は別として、国内の学者先生は反国家主義か反政府を標榜してる能天気な人たちが多い割には
国からの資金を当てにして要求してるのはどうにもネトウヨとして解せぬ

11マンセー名無しさん2018/10/03(水) 21:16:03.39ID:JwuLhjhR
反国家主義か反政府を標榜してる能天気な人と
国からの資金を当てにして要求してる人は
同一人物なんですかね?違うんじゃない?

12マンセー名無しさん2018/10/04(木) 00:06:53.05ID:o+18G3KU
小田静夫 2010 「ピンザアブ洞穴と南琉球の旧石器文化」南島考古29
http://ac.jpn.org/kuroshio/pinzaabu.htm

宮古のピンザアブ洞人(約2万年前)と台湾の旧石器時代人(約1万5,000〜5,000年前)は関係があるかもしれない。
台湾の新石器時代(約5,000〜1,500年前)というのは
オーストロネシア語族話者が大陸からやってきて始めたのだろう。
そのときまで先住民が残っていたとしたら、置き換えられたのかもしれないし、吸収されたのかもしれない。

13マンセー名無しさん2018/10/04(木) 00:50:38.17ID:EJ8IcvbH
オーストロネシア語族話者は、ずっと後になって海南島に来た集団を除けば、シナ大陸にはいない。
現在残っている話者の出発地点は台湾で、
フィリピンに進出した集団はその後、西はマダガスカル、東はハワイまで広がっている。
先島なんて台湾のすぐ東隣なわけで、進出していてもおかしくないのだが
どうしてその確証が得られないのか不思議だ。

14マンセー名無しさん2018/10/04(木) 15:34:50.27ID:t62AXAB6
ロバート・D・エルドリッヂ:それでも本当の「世代交代」にはつながらなかった沖縄県知事選の意味
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57799

翁長は法政出身だったんかい。道理で・・・

15マンセー名無しさん2018/10/04(木) 18:45:49.04ID:0OwyjBDl
日本人は、何も取り憑いていない、呪われてもいない健全な体と魂です。


朝鮮人は、死霊に取り憑かれていて、呪力(呪いの力)を持ち、同時に呪われていて、呪力(命と魂を真似て創り出された存在であると同時に力)が無ければ、生きていくことは出来ない不健康な体です。

16マンセー名無しさん2018/10/04(木) 21:12:09.22ID:ls47y9cf
>>13
台湾本土で話されるオーストロネシア語族の言語の中にマレー・ポリネシア系の言語を話す原住民はいない(唯一蘭嶼にはフィリピンと同系のヤミ族がいる)
台湾を起点に進出したならマレー・ポリネシア語派にとりわけ近い系統のが残っていなければ不自然だが、実際のところ数多くある台湾原住民の言語でフィリピン系であるヤミ語を除いてどの原住民語がマレー・ポリネシアに近いということもできない

17マンセー名無しさん2018/10/04(木) 21:52:50.57ID:DPaD7fo8
オーストロネシア語族の上位の分類がよくわからないことはわかっているし
蘭嶼はフィリピンより台湾の方がずっと近いのに住民がマレー・ポリネシア系なのも知ってる。
ただその北の緑島には台湾原住民が普通に行き来していたっぽいから
航海ができないってわけでもなさそうなんだよな

18マンセー名無しさん2018/10/04(木) 22:21:13.85ID:ls47y9cf
>>17
台湾から緑島は普通に目視できそうな距離やん

19マンセー名無しさん2018/10/05(金) 12:34:23.97ID:t5XfQ3Uf
台湾から与那国を見ようと思ったら高い山に登らないといけない
https://necotaro.ti-da.net/e2961975.html

20マンセー名無しさん2018/10/05(金) 12:49:18.92ID:v9GeQZKG
台湾島からの距離は緑島が33km、
蘭嶼が76km(ただし最短距離ではなさそう)、
与那国島は111km。
https://en.wikipedia.org/wiki/Green_Island,_Taiwan
https://www.travelking.com.tw/eng/tourguide/taitung/lanyu.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8E%E9%82%A3%E5%9B%BD%E5%B3%B6

アミ族などは蘭嶼に対して独自の名前を持っているらしい
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E8%98%AD%E5%B6%BC

21マンセー名無しさん2018/10/05(金) 16:22:14.59ID:Rp3ht88T
先島諸島で台湾系遺物を遺したひとたちは遺伝子のかけらもなく消滅したのかな?

22マンセー名無しさん2018/10/06(土) 17:53:02.96ID:q59yV2G8

23マンセー名無しさん2018/10/06(土) 18:04:26.88ID:7sPLVR+w
朝鮮人は、陰陽消滅

24マンセー名無しさん2018/10/06(土) 18:11:37.42ID:7sPLVR+w
是非とも、朝鮮呪術による術式バトルを、漫画にして下さい。

出来れば、テコンダー朴のネタに使ってあげて下さいね。

25マンセー名無しさん2018/10/06(土) 18:12:45.10ID:7sPLVR+w
朝鮮呪術によるバトル漫画!!



これは、流行る!!

26マンセー名無しさん2018/10/07(日) 01:22:55.95ID:I5p/Ycfm
The Ryukyu Islands and the Northern Frontier of Prehistoric Austronesian Settlement
http://press-files.anu.edu.au/downloads/press/n2320/pdf/ch10.pdf

タイトルとアブストラクトだけ見ると、先島にオーストロネシア語話者が進出していたと
マーク・ハドソンが主張しているように読めるけど、本文は煮え切らない。
先島の物質文化は台湾ともフィリピンともかなり違っていて、説明に困ってる。

ピーター・ベルウッドといって、オーストロネシア関係の考古学と農耕の伝播の専門家がいるんだけど、
そのベルウッドが「南琉球に来たのはオーストロネシア以前の先住民で、
オーストロネシア語族が台湾に進出したときに押し出されたのかも」と言っているのを好意的に紹介したりしてる。

ハドソンが調査した宮古の長墓遺跡は、名前の通り歴史時代に長年墓場として使われてきたらしいんだけど、
先史時代の貝だけじゃなくて、先史時代の人骨も出てきてないのかな。
もし骨があるならDNAを調べたらいいのに。

27マンセー名無しさん2018/10/07(日) 11:07:31.13ID:COM74ruI
キズナアイ批判で炎上している社会学者の千田有紀は
「日本語の査読有り論文は院生の時にしかだしたことがなく、査読ありの英語の国際論文はゼロ」
https://twitter.com/doctora989/status/1048553242785796099
っていうから確認したら、本当にそうだったw
https://up.musashi.ac.jp/pfm/japanese/researchersHtml/RT3S08007/RT3S08007_Researcher.html

査読付き論文は1本、1999年の日本語論文だけ。
なんでこんなゴミカスが教授になってるの?
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

28マンセー名無しさん2018/10/07(日) 11:45:31.68ID:8fyj3106
そんなんそいつに限んないじゃん日本の大学

29マンセー名無しさん2018/10/07(日) 12:53:48.77ID:ctY3W8LQ
いやこれはブログ主が普段散々バカにしている大先生の足元にも及ばないよ
大先生は嘘でも史学雑誌に通してるんだし
https://ci.nii.ac.jp/nrid/9000003709886

30マンセー名無しさん2018/10/07(日) 13:01:13.57ID:ctY3W8LQ
足元にも及ばないは言い過ぎだったけど、大先生以下なのは確か。
すごいな社会学

31マンセー名無しさん2018/10/07(日) 19:22:10.47ID:2VVDLa20
朝鮮関係と琉球関係のおおよそ「研究」と称するものは政治まみれでまず信用しない方がいいね
背景がありすぎる

32マンセー名無しさん2018/10/08(月) 17:30:14.77ID:W0SOZ+Yj
とはいえ本土の人間が琉球史ネタ問い合わせるのは上里先生って今はなってるんでしょ?

33マンセー名無しさん2018/10/08(月) 17:35:18.44ID:bvAPon7R
>>26の続き。マーク・ハドソンは、オーストロネシア語族話者が一時進出して放棄した地域として
1)北西ハワイ諸島
2)マリアナ諸島から小笠原諸島にかけて
を挙げて、先島を比較している。
まあ何かスケールのでかいことを言いたかったんだろけどスベってる。
別に環境条件が似ているわけでもないし、だいたい先島なんて台湾のすぐ東隣だし。
奄美が沖縄県なんて書くくらい不勉強なら、出直したほうが良い。

34マンセー名無しさん2018/10/09(火) 21:01:27.73ID:WoR0ou4x
「中世島津氏研究の最前線」がネット上で少しばかり話題らしいですが
対琉球関係の章を担当してる屋良健一郎って人は評価どんなもんなんでしょうか?

35マンセー名無しさん2018/10/10(水) 00:32:45.58ID:IUcX37Wg
その新書は読んでないけど、他の論考を見た範囲では
・琉球と本土、特に南九州との関係を扱っている
・大先生みたいに琉球マンセーしていない
・大先生みたいなガバガバな論理展開ではない
・史料の読みまでは俺がちゃんと追っていないので評価できない

36マンセー名無しさん2018/10/10(水) 23:02:55.11ID:f5TdTeB0
次は東アジアの農耕の起源についてのレビュー。シナ大陸がメインの。
英語だとアワ、キビをまとめてmilletというけど、対応する日本語ないよね?

Chris J. Stevens and Dorian Q Fuller. The spread of agriculture in eastern Asia
https://www.researchgate.net/profile/Dorian_Fuller/publication/320917812_The_spread_of_agriculture_in_eastern_Asia_Archaeological_bases_for_hypothetical_farmerlanguage_dispersals
/links/5a3e30bdaca272d294446db0/The-spread-of-agriculture-in-eastern-Asia-Archaeological-bases-for-hypothetical-farmer-language-dispersals.pdf

この人たちはロッベーツの意見を容れて、Japano-Koreanicなどと称して
両者が遼東半島から来たと推測しているけど
日本語と朝鮮語は共通祖先が高々5,000年前だとするには
直感的には違いが大きすぎると思う

37マンセー名無しさん2018/10/10(水) 23:44:27.64ID:A7SojfIf
>>36
ああもう滅茶苦茶だよ〜
こいつら沖縄の縄文文化の存在すら知らなそうやな

38マンセー名無しさん2018/10/11(木) 16:58:16.09ID:XVPH3wjB
沖縄の縄文文化が作物化の議論とどう関係するの?

39マンセー名無しさん2018/10/11(木) 17:15:03.57ID:jUKI7/5O
実は良スレなんか?

40マンセー名無しさん2018/10/11(木) 17:56:08.84ID:MZCCYfun
昔からだけど

41マンセー名無しさん2018/10/12(金) 22:08:08.54ID:Yyxzs9QK
そもそも学問板なわけで

42マンセー名無しさん2018/10/13(土) 23:28:27.02ID:GDdz7Zlj
>>36の続き。
野生品種を栽培品種に仕立て上げるのに、約3,000年という膨大な時間がかかったというのは一つのポイントで
山東の後李文化や遼河流域の興隆窪文化(>>6)で作物化が完了していたかを疑ってる。

北支那でmillet、南支那で米の作物化したあと、北側が米を取り込んで複合化したというのもポイントらしい。
台湾に来た農耕民は米とmilletの複合だったことが一つの根拠となって、
その出処が山東周辺であって長江下流でないと判断している。

朝鮮半島の放射性炭素年代測定が信頼できない(特に北朝鮮)というのはわかるけど、
日本列島の報告はもっと信頼できないと言われているのはどういうこと?
milletと米は朝鮮半島には別々に入ってきたけど、日本列島に来た時期は重なっているとも。

43マンセー名無しさん2018/10/15(月) 17:57:09.60ID:2LLe9jg/
粟が縄文時代、黍が弥生時代じゃなかったっけ?

44マンセー名無しさん2018/10/17(水) 00:48:31.68ID:mrphzB5U
同じ特集のローラン・サガールの論文によると、台湾の場合は粟と黍が同時に入ったという。
https://sci-hub.tw/10.1163/22105832-00702002
怪しい推論を重ねているので話半分に聞いておくくらいだが、
粟と黍にあたる語がオーストロネシア祖語と上古漢語で規則的に対応すると主張している

粟:オーストロネシア祖語 *beCeŋ、上古漢語 稷 *[ts]ək
黍:オーストロネシア祖語 *baCaR、上古漢語 穄 *[ts][a][t]-s(*[ts]arʔ-s あるいは *[ts]erʔ-s か)

これを見ても対応しているとは普通思わないだろうけど
オーストロネシア祖語の第2音節が上古漢語に対応する。
漢語やベトナム語やタイ語にも古くは2音節語があったけど
第1音節がどんどん弱化していって、最終的に消えたと考えられている。
クメール語などは弱い第1音節をまだ残している。

45マンセー名無しさん2018/10/17(水) 01:02:45.15ID:ufZN6SGZ
日本語のアワとヒエは漢語にもオーストロネシア語にも朝鮮語にも似ていない
ではどっから来た?

46マンセー名無しさん2018/10/17(水) 22:32:28.79ID:lAqPH4Ee
農耕関係語彙を調べている人は他にもいて全体像がまだわからない
いま見ている特集はmillet推しが強すぎて稲作の扱いが雑だ

台湾の伝統的な稲作は氾濫原を使うか焼き畑するかのどちらかで、
灌漑を始めたのは漢人が入ってきてからとサガールは言っている。
ロッベーツは、日本語話者はもともとmillet生産者であり、
遼東にいたとき(3000-1300BC)に山東のオーストロネシア語話者との接触を通じて
水稲技術を手に入れたと主張している。
この2つの説に整合性はあるの?

47マンセー名無しさん2018/10/17(水) 22:39:08.77ID:ufZN6SGZ
もう滅茶苦茶だな
山東なんてそんなところにオーストロネシア語話者なんていねーし、遼東に日本語話者がいたとかトンデモすぎて草も生えんわ

48マンセー名無しさん2018/10/17(水) 23:39:54.63ID:lAqPH4Ee
・いわゆる高句麗地名の存在
・日本語の均質性からみて、何千年も前に日本列島に広がったとは考えられないこと
・土器の形態からみた南満州→朝鮮半島→九州という流れ
このあたりを総合すれば、かつて遼東に日本語話者がいたとしても不思議はない

49マンセー名無しさん2018/10/18(木) 00:13:15.48ID:IiqR2EmV
高句麗語といわれている日本語類似地名は稲作遺跡が朝鮮半島にあったとされる忠清道やそれ以南ではなく
京畿道や黄海道の沿岸部に集中している
楽浪郡まで航海して通商した倭人の付けた高句麗語とは無関係の日本語地名だろう

日本語の均質性というが、それを言い出したらギリシャ語やヘブライ語にしても紀元前からあるにも関わらず非常に均質である
並行変化によって何千年も同じ言語が小さな方言差を保ち続けることは珍しくはない

弥生土器は大陸の土器とは異質であり間違いなく西日本が発祥
それどころか朝鮮半島南部に「上陸」してすらいる

そもそももし日本人が日本列島の外部から移動してきたエベンキマン系民族だとしたら
その文化・言語・家屋の形式・葬制・什器などがまるごと移入されてこなければおかしいが
実際には弥生文化は大陸の各地の文化を取捨選択して採り入れている
これは縄文人が大陸に航海して優れたヒト・カネ・モノを選んで持ち帰って使用したり自分たちの集団に加えていったからだ

50マンセー名無しさん2018/10/18(木) 00:30:34.72ID:IiqR2EmV
だいたいだな
琉球諸島には8世紀だか9世紀だかに至るまで稲作、すなわち弥生文化の影響は齎されずに縄文文化とその末裔が栄えたにも関わらず
日本語と琉球語の分岐年代が2000〜1500年前というそれ以前の時代(大和朝廷の勢力伸長の時期と一致)であることを考えれば日本語・弥生文化外来説など一考の価値もないトンデモだろう

51マンセー名無しさん2018/10/18(木) 00:50:38.53ID:m5wd3AqS
前スレのマダガスカル黒人奴隷の人だよね?
何か新しいことを言うときにはソースつけてよと何度もお願いしているところなんだけど
それよりもまずは貴方の仮説のスケッチを示してくれれば、話を進めやすいんじゃないかと思う。

・日本語話者はここ1万年くらいどこにいたか
・縄文・弥生の二重構造仮説をどう見るか
・周縁地域、特に琉球列島へ日本語話者はどのように進出したか
あたりが焦点かな

52マンセー名無しさん2018/10/18(木) 01:02:42.80ID:IiqR2EmV
縄文文化は縄文時代の前期には9つの小文化圏に分かれていた
それが末期には4つに収束
日本語やアイヌ語の祖先はその小文化圏の言語だろう

Y遺伝子ハプログループで見ても現在の日本人の過半数は(容姿は圧倒的に新モンゴロイドの形質の方が強いにも関わらず)弥生時代が始まる3000年前より以前からあるタイプを保持している
これは倭人(日本人)が弥生文化として突如日本列島外部からやってきたのではないことの証左だ
(倭人が朝鮮半島から慰安婦を連れてきて妻にしただろうことは日本書紀にある「韓腹」という倭韓混血児や新羅から遣わされた采女、三国史記にある倭人が新羅王の娘を要求したという記事からもわかる)

大陸から日本列島への人間の移動は長大な縄文時代の間もあって、その後百済高句麗滅亡後の新羅からの亡命者に至るまで続いた
それを一緒くたにして「二重構造」などと称するのは前世紀の化石でしかない

53マンセー名無しさん2018/10/18(木) 16:38:15.80ID:R5+Uuzzh
くこけ?🐤

54マンセー名無しさん2018/10/18(木) 18:31:14.30ID:s5Eh5le0
「日本の朝鮮統治」を検証する1910-1945
ジョージ アキタ (著), ブランドン パーマー (著)

欧米の植民地統治との比較もおこなっている。一部渡航制限などはあったが
その統治は九割方穏健で公平であった。欧米は植民地に初等教育など行なっていない。
欧米は軍において現地人を士官学校にも入れなかった。日本軍には朝鮮人中将まで存在していた。
初期には朝鮮財政の75%を負担し終戦時でも25%を負担していた。
日本は搾取などしていない。朝鮮半島の近代化は日本が行なったのだ。

55マンセー名無しさん2018/10/18(木) 19:04:46.57ID:YkYQxg3X
>>54
まあ、それは事実だよ
ただ事実がイデオロギーで歪められるのは朝鮮と沖縄ではデフォ

56マンセー名無しさん2018/10/18(木) 19:21:09.64ID:IiqR2EmV
>>55
アイルランドもイギリスに対して日本に対する韓国と同じ様に思ってるぜ

57マンセー名無しさん2018/10/18(木) 23:59:19.57ID:06gx5QRg
じゃ一個ずついきましょう

>>52
縄文の小文化圏が複数あったとして、それぞれどういう分布?
例えば、愛知県の伊川津貝塚と福島県の三貫地貝塚の縄文人については
全ゲノム解析の報告がでている(後者は一部だけ)けど、これらは別の小文化圏?

小文化圏が複数あったとして、現存するのは日本語とアイヌ語だけ。
となると、問題は日本語がいつどのように日本列島全体に広がったかなんだけど
そこのところはどう考えているの?

58マンセー名無しさん2018/10/19(金) 00:22:24.91ID:1sV/Huw0
>>49
ギリシャ語やヘブライ語も分布域がごく限られてるじゃん。
なんだかんだ言って日本列島は広くて、分化が進むには十分だよ。
そんで分化が進むと別の言語扱いされる。ヘブライ語に対するアラビア語のように。

現代の言葉からさかのぼったところで一番最近起きた言語の置き換えまでしかわからないんだけど
琉球やら八丈島やら津軽やらをひっくるめても、
現存する言語の共通祖先の年代は2千年前くらいであって、決して5千年前や8千年前ではない。
こういう年代の推定についてはLee and Hasegawa (2011)がよく引用される。
http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/early/2011/05/04/rspb.2011.0518.full?quot;>
この研究は正直駄目だと思うんだけど、それはともかく、別に統計に頼らなくたって
千年単位の大雑把な年代は他の語族の分化の具合と比較すれば明らかだ。

共通祖先の年代は分岐の開始であり、すなわち大きな人間の動きと対応している。
仮に縄文文化が急激な変化なしに継続していたとすると、
この年代をどう説明するかが問題になる

59マンセー名無しさん2018/10/19(金) 03:37:28.37ID:2BnP2GDq
>>57
「縄文時代 文化圏」でググったら出てくるだろ
http://kodaisi.gozaru.jp/sisouAAA/sisouA/sisouA-html.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%84%E6%96%87%E6%99%82%E4%BB%A3#縄文時代の文化圏
http://hirahaku.jp/tenjishitsu/p38-39.html

研究者によって(もしくは時代によって)差があるが
縄文文化は均一な一つの文化ではなく、地域性の大きな似通ってはいるが異なる部分もある複数の文化圏の複合したものだ
一般的に縄文土器ときいて思い浮かべる複雑な装飾の施された土器が発展するのは主に東日本であり、西日本では簡素な形式のものが使われた
各文化圏の言語がそれぞれ同一の語族か異なる語族かまでは不明であり、現存する日本語族乃至アイヌ語に近縁な言語を話す文化が複数あった可能性も否定できない
わかることは縄文時代から日本列島内外の海路による交易は盛んであり、次第に文化圏は統一の方向へ向かって行ったということだ
末期には北海道東部、東日本、西日本、琉球諸島でまとまった
少なくとも西日本が日本語族だろうと考えても、アイヌは東日本と北海道東部のどちらなのか、琉球がその頃から日本語族だったのかは不明

ただし琉球語派と東国方言の存在から最低でも紀元前1世紀までに琉球諸島と東北地方南部までに日本祖語が存在していたことは間違いない
特に北琉球に関しては確実に縄文文化の後裔だろうと思われる
その時代に本土から人口が移動してきて民族を置き換えた考古学的痕跡はないからな
だが南琉球は縄文文化がなかったことから日本語圏ではなかった可能性が高い

南琉球にはオーストロネシア人の進出らしき痕跡が残されているが、オーストロネシア人がそれ以上北上できなかったのは倭人(日本語族話者)という同等以上の文化を持った原住民の存在のせいだろう
オーストロネシア人がオーストラリアに進出できず、ニューギニアでも沿岸にとどまっているのも、
それらの土地の環境では原住民の文化様式が最も適しており、仮に定住するにしても向こう言語や文化に合わせる必要があるからだ

60マンセー名無しさん2018/10/19(金) 04:01:40.26ID:2BnP2GDq
>>58
ギリシャ語の歴史的使用領域の広さ位勉強しておくがいい
ギリシャ語圏は現在のギリシャ共和国領内のみならず、古代からかなり最近まで西方のイタリア半島南部のマグナ・グラエキアや黒海岸現在のトルコ領トラブゾンにあたるポントス、クリミア半島のケルソネソスに及んだ
全く狭くなどない

ユダヤ人に関しては、もっと極端な例を挙げよう
アルメニア人は本国があるにも関わらず古代から世界のいたるところに住み着いて交易ネットワークを有していた
同一のアルメニア語を使用する人々がユーラシアの各地に、きくところによればチベットにさえいた記録があるという
各地に拡散して暮らしていても通商で言語を統一する必要があるのならば、方言はばらけずに並行して変化を起こす

先史時代から遠方と交易していた日本人の祖先とて同じだ
歴史時代でも同一の政体のもとにないにも関わらず本土と琉球とで並行して上代特殊仮名遣い(二重母音)の消失やハ行点呼音が起きた

なお、言語の分岐の開始年代の新しさはその地域にある分岐時点以前に使用されていた言語が当該の言語と異なる祖語を有することを意味しない
むしろラテン語に塗りつぶされたケルトやアラビア語に塗りつぶされたシリアやエジプトやベルベルの様に元々近しい言語を話していたがために習得が容易で支配者の言語に合わせたケースの方が一般的だ
朝鮮語にしても済州語との分岐年代が1200年前でそれ以上古くに分岐した言語を辿れないが、それによって朝鮮語の直接の祖先である新羅語が百済語と異なる語族だとする根拠にはなるまい

考えても見ろ
今日本人は(影響をわずかに残した方言は八丈島と秋山郷にあるものの)誰も上代東国方言を使用していない
しかしそれでも上代東国方言は紛れもなく日本語の一種だ
もし万葉集がなかったら奈良時代にすら東日本で日本語が使われていたことを立証できなかったことだろう
方言の分岐年代とそれ以前の言語の系統の同一性とは分けて考えろ
もし基層言語があったら印欧語族の各言語中の非印欧語族由来語彙の様に祖語に遡れない語彙群が大量に地理的偏りを以て生じる筈だ

61マンセー名無しさん2018/10/19(金) 17:37:20.08ID:es5IXox0
鳥取市にある青谷上寺地遺跡で出土した大量の人骨は、1世紀から2世紀の弥生時代後期になって新たに大陸から渡来した人々だった可能性のあることが、
国立科学博物館などのDNA分析でわかりました。まとまった数の弥生人のDNA分析から渡来人の集団の実態に迫る研究は初めてです。

青谷上寺地遺跡は鳥取市にある弥生時代の集落跡で、平成12年に国内で初めて当時の人の脳が出土したほか、大量の人骨も見つかり、全国的に注目されました。

国立科学博物館や山梨大学などの研究グループがおよそ40点の人骨の「ミトコンドリアDNA」を分析したところ、ほとんどの人骨のDNAの特徴が
中国や朝鮮半島の人のものと共通していることがわかりました。

人骨は1世紀から2世紀の弥生時代後期のものとされ、それより前から日本列島で暮らしてきた縄文系の人々との交わりもある程度、進んでいたと
考えられる時期ですが、DNAにそうした特徴は見られず、研究グループは、新たに渡来した人の集団だった可能性があるとみています。

まとまった数の弥生人のDNAから渡来人の集団の実態に迫る研究は初めてで、国立科学博物館の篠田謙一副館長は「さらに詳細な分析が可能な
核DNAの調査などを通して当時の状況を明らかにしたい」と話しています。

この調査については、19日から開かれる日本人類学会で報告されます。

NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181019/k10011677081000.html

62マンセー名無しさん2018/10/20(土) 11:35:40.41ID:NEg+D8Qh
https://www.asahi.com/articles/ASLBJ46N4LBJUCVL011.html
沖縄の建造物、初の国宝指定へ 琉球王家の陵墓「玉陵」
上田真由美2018年10月19日17時36分

文化審議会は19日、琉球王家の陵墓「玉陵(たまうどぅん)」(那覇市)を国宝に指定するよう文部科学相に答申した。
沖縄県では首里城正殿などが国宝だったが太平洋戦争で焼失し、戦後できた文化財保護法のもとでは県内の
建造物として初めての国宝指定となる。「大前(おおさき)神社」(栃木県真岡市)や「武知家住宅」(徳島県石井町)など
9件の重要文化財指定も答申した。

玉陵は首里城を居城とした琉球第二尚(しょう)王統の歴代の陵墓で、1501年に築造された。首里城跡などとともに
世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」を構成する。石垣で囲まれた敷地の奥に3棟の墓室が並び、
遺体を安置して白骨になった後に洗ってから納骨する琉球の葬送慣習を伝える。東アジアで独自の発展をした
琉球の建築や葬墓制を象徴し、深い文化史的意義があると評価された。

63マンセー名無しさん2018/10/20(土) 17:42:53.82ID:6dWKrbcd
>>60
> 朝鮮語にしても済州語との分岐年代が1200年前で

おっ、いいところに着目したね。これ誰が言っているの?ソースある?
中期朝鮮語から現代ソウル方言までの間にいろんな特徴が失われたけどその一部を済州方言が残している。
これだけならよく言われていることだけど、済州方言とその他の方言との関係を分岐学的に捉えたり、
ましてや祖語の年代と結びつけた議論をしているのを見たことがない。
前から探してるんだけどね。もし見つかったら俺としては大収穫だよ。

64マンセー名無しさん2018/10/20(土) 18:07:32.25ID:6dWKrbcd
>>59
貴方の立場、何について一般的な見解を支持していて、何について独自意見を持っているのかは
説明してもらわないとわかんないからね。
何か主張するときはそんな感じでソースつけて。

ちょっと脱線なんだけど、オーストロネシアついでで一つ。
この2016年の報告についてどう思う?
https://europepmc.org/articles/pmc5515717
最初にポリネシアの入り口までやってきたラピタ人からは
まったくパプア系の要素が検出されなかったという話。
現代人は身体的特徴から見ても明らかにパプア系の血が入っているし
DNAからもそれは確認できる。
なぜ初期のラピタ人が成功せず、パプア系と混血した後発の集団が広がったんだと思う?
マダガスカルのマラリアみたいな要因がオセアニアにもある?

65マンセー名無しさん2018/10/20(土) 18:40:51.15ID:6dWKrbcd
>>59
系統樹を内心嫌っている言語学者は多そうだし、いろんな問題が指摘されるけど
それでも使われ続けているのは、言語の歴史の一番の特性が分化(そうでなければ置き換え)だからと思う。

貴方は、新石器時代やそれ以前の段階で、同じ語族の諸言語がかなりの広範囲に展開しつつ、
しかし数千年の長きに渡って収斂進化を続けたと主張している。この理解であってる?
もし本当にそうだとすると大発見じゃない?世界を見渡して、他にそういう事例がある?

琉球語派と上代東国方言からわかるのは、
・より新しい時代だと、日本語は普通に分化していっていたことと
・畿内の上代語の子孫でないけど、共通祖語の年代はそこから大してさかのぼらないこと

普通に考えれば、ほぼ同時期に、言語の置き換えが起きたと見るべきだろう。
もちろん置き換えられた側の基層言語が同系であった可能性は残るけど、
まずは置き換えイベント自体は認めないことにははじまらない。

66マンセー名無しさん2018/10/21(日) 03:36:09.63ID:5PIAlKfN
言語には語彙・音韻・文法の諸要素があり
近しい言語の間だと部分的に融合したり置き換わったりはしばしばあることであるため
根本的に置き換わるという考え自体がまず前提として成り立たないのではないか?

中間形態の方言たるヤマトゥウチナーグチもまた日本語族を基層とした日本語族の言語だ

67マンセー名無しさん2018/10/21(日) 16:44:38.22ID:FUKRuOm7
まだかなり積み残しがあるな。

どれくらいの強度の接触でどれくらいの分岐あるいは収斂が起きるか知りたいけど
接触の強度を定量化するところからして難しいよね。
ともかく狩猟採集民(といっても縄文人は定住傾向があるようだけど)、初期農耕民、都が強い威信を持つ統一国家では
接触の様態も違う可能性を念頭に置くべきだろう。

初期農耕民と統一国家期については、このスレでもちょくちょく話題になってる五十嵐氏の最近の発表が参考になる。

共通の改新に基づく分岐学的手法を用いた日本語諸方言の系統分類: 南日本語派(琉球を含む)と東日本語派(八丈を含む)の提唱
https://researchmap.jp/mubvvfsxm-1856949/#_1856949

「肩・種・汗・雨」と「息・舟・桶・鍋」がアクセント型で区別される日本語本土方言 ―佐賀県杵島方言と琉球語の比較―
の資料は残念ながら消えてしまってる。

系統分類をする際には、九州(の一部)・琉球限定の共有改新だけをストイックに取り上げているけど、
アクセントを調べると、shared retentionも確認できる。
日本祖語にあったあるアクセントの区別は、本土からは失われて琉球だけに残ってると思われていたけど、
九州の一部でもその残滓が確認できるという驚きの報告。

68マンセー名無しさん2018/10/21(日) 16:56:45.03ID:FUKRuOm7
五十嵐説を参考にすると九州方言は以下のように成立したのだろう

・畿内で上代語が成立した時期に、琉球祖語にある程度近い言語が話されていた
・その後千年くらい中央から継続的に影響を受け続けて、古い特徴はほとんど失われた
 ・とはいえ丁寧に調べれば古い特徴が見つかる
・その間に九州(の一部)だけの改新も起きた

基層言語の痕跡を探すのは一般に難しいし、特に方言となると資料に残らないことが多い。
そういうことも含めて、現代の言葉(=調査すればデータが得られる)からさかのぼるという
アプローチが前提なんだけど、>>60を見ると、そこが共有できてなかったみたい。

ギリシャでもアルメニアでもいいけど、もし検証に使えそうな資料が残っているなら教えて。

69マンセー名無しさん2018/10/21(日) 21:01:38.52ID:5PIAlKfN
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~fkr/OguraProject.html

朝鮮語の方言の面白い資料見つけたからやるわ
これ見てると一部の語形にハングル創成以前にまで祖型を遡りうるものが含まれてんのだわ
分布のパターンも南北対立型・東西対立型・周圏論型・逆L字型とあって、単純に新羅語が全く違う言葉を話していた他の二国を塗り替えたと考えるのは無理な感じがする

70マンセー名無しさん2018/10/23(火) 00:09:51.65ID:P1mx7j05
これいいな。
半島全体をカバーしようと思ったらやっぱり小倉進平しかないか。
せっかく電子化するなら、独自ソフトを使うんじゃなくて
標準的なフォーマットでデータも公開したらいいのに。

71マンセー名無しさん2018/10/24(水) 00:05:14.01ID:QWPJzKrJ
次はこれを読む。探せば日本語で同じことを書いてるかも。

宮本一夫(九大・考古学)
Archaeological Explanation for the Diffusion Theory of the Japonic and Koreanic Languages
http://www.jjarchaeology.jp/contents/pdf/vol004/4-1_053.pdf

72マンセー名無しさん2018/10/24(水) 00:53:15.34ID:Z9s9x8+8
>>71
すげーなwwww
タイトルで言語がどーのこーの言ってるのに一言も言語のこと書かないで論文になるとかどんだけボロい仕事なんだ

73マンセー名無しさん2018/10/24(水) 23:17:56.62ID:ZhO0YE4J
専門が考古学なんだから、言語そのものじゃなくて話者集団について議論するのは当然じゃん
日本の考古学って物質文化以外に手を出さないみたいな変にストイックな雰囲気があるけど
ついに時代が変わったのかなあと思った。
同じ九大系でも『列島初期稲作の担い手は誰か』の対談なんかはひどいよ。
2014年の出版なのに、やり玉に挙げている人類学の研究が鈴木尚や埴原和郎あたりで、
いったいいつから時計の針が止まっているのかわかんない

74マンセー名無しさん2018/10/25(木) 08:37:45.86ID:attARhNC
文系学会が絡んでるものは半分も信用できないと思ってた方がいい

75マンセー名無しさん2018/10/25(木) 11:54:26.15ID:OQ0aFhJ8
ナマハゲなど「来訪神」、ユネスコ無形文化遺産登録へ
https://www.asahi.com/articles/ASLBC56R1LBCUCVL01D.html
文化庁は24日、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に推薦している「男鹿のナマハゲ」(秋田県)など
「来訪神(らいほうしん) 仮面・仮装の神々」について、事前審査をしていた評価機関が「登録」を勧告したと発表した。
評価機関の登録勧告が覆った例はないといい、11月末からモーリシャスである政府間委員会で正式に決まる見通し。

@男鹿のナマハゲ(秋田県男鹿市)
A吉浜のスネカ(岩手県大船渡市)
B米川の水かぶり(宮城県登米市)
C遊佐の小正月行事(山形県遊佐町)
D能登のアマメハギ(石川県輪島市・能登町)
E見島のカセドリ(佐賀市)
F甑島のトシドン(鹿児島県薩摩川内市)※
G薩摩硫黄島のメンドン(同県三島村)
H悪石島のボゼ(同県十島村)
I宮古島のパーントゥ(沖縄県宮古島市)

※は2009年に登録済み

76マンセー名無しさん2018/10/25(木) 11:57:06.85ID:OQ0aFhJ8
認定記念イベントでそれぞれが一堂に会する機会もありそうなんだが、パーントゥはちょっと無理っぽいよね?

77マンセー名無しさん2018/10/25(木) 14:40:46.65ID:OomP4HQ5
スレッドが下がるのが最近随分遅くなった
もとから少人数で回してたんだろうけど

78マンセー名無しさん2018/10/25(木) 15:15:20.01ID:OQ0aFhJ8
なんJとかいう連中も飽きたのか数が減ったんでしょ?

79マンセー名無しさん2018/10/25(木) 19:55:55.15ID:+5LxoXBk
ハングル板の名の通り朝鮮語に興味のある奴だけで集まるのが自然な姿よ

80マンセー名無しさん2018/10/26(金) 13:28:36.20ID:LrBMtRAi
それを言ったら琉球はどうなんだって話だがwww

ただマジな話、ショウハシ王統に関しては
朝鮮王朝実録こそが最も良質な史料ではある。

一番注目すべきは琉球の火器について。
これまでは国内の学者が妄想を膨らませて
三眼銃がどうのと言ってたが
そもそも当時朝鮮には
棒火矢=火筒と碗口銃しかなかった。
個人携行火器は棒火矢だけで
弾丸を発射できるものは無かった。
それが沖縄もウチと同じと言ってるんだから
そのように推定するのが当然
なおかつ火薬はほとんど入手できなかったと
強く推定される。
実用例が一切ない事実とも合致する。

中国は琉球にとっての打ち出の小槌みたいなのは
ただの妄想。
朝鮮にすら火器はほとんど供与せず
朝鮮は苦労して自力生産してるのに
琉球ごときに供与するわけがない。

81マンセー名無しさん2018/10/26(金) 13:36:45.21ID:LrBMtRAi
朝鮮のものに関しては不明瞭だが
日本の棒火矢は矢に火薬や油を用いた
延焼機能が仕込まれていたようだから
オリジナルも同様の機能があったと思われる。
年代はかなり違うが
続雑兵物語に棒火矢の使用法が
書かれている。
直接照準はできず、
迫撃砲みたいに
放物弾道で投射するもので
命中率は低かったようだ。

初期から存在するのに
数百年間生き残ったのは焼夷効果があるからだろう
逆に弾丸に主役を奪われたのは
破壊力の低さ、命中率の低さによるのだろう

朝鮮は朝鮮征伐の少し前に
中国の弾丸式の銃と
自国の火筒を比較して
後者は子供のおもちゃだと述べている

82マンセー名無しさん2018/10/26(金) 13:40:52.25ID:LrBMtRAi
なおかつショウエン王統では
これらの火器は失われたと強く推定される
単純に一切記録がないから

傍証としては
地方兵柄が解散されたり
尚寧冊封時代の使琉球録に
刀などもほとんどないと記載されているなど
軍縮が行われている様子があるから。

実際問題として北進も停止している。
結局はショウトク時代が
琉球の軍拡路線の頂点だった。

83マンセー名無しさん2018/10/26(金) 15:41:02.60ID:K8Am021b
https://i.pinimg.com/originals/4f/fd/32/4ffd32696d17a0d13c814d38a57c65b0.jpg

そりゃまあ、こんな珍妙な軍隊は存在しなかっただろうしw

84マンセー名無しさん2018/10/27(土) 17:03:36.56ID:DWwihijG
取りこぼしていた>>49のいわゆる高句麗地名だけど
ボビンの怪しい論考(大昔にこのスレで取り上げた)は
日本語で解釈できる地名の分布域は漢江流域、辰韓=新羅と済州島
(といっても「耽羅」が日本語っぽいといっているだけ)と主張している。
https://www.academia.edu/6360018/From_Koguryo_to_Tamna
沿岸部かどうかは知らない。>>49はそのあたり真面目に検証したの?

水稲稲作地域とうまく対応しないのはその通り。
地名に残っているということは一般に古い層であることが推測される。
具体的にどこの誰がつけたかわからないのが地名のつらいところだが、
少なくとも「楽浪郡まで航海して通商した倭人」よりも
古くて土着している集団の方が蓋然性があるだろう。

85マンセー名無しさん2018/10/27(土) 17:25:57.28ID:wl0da1sY
今となっては昔の事だが、ハン板で高句麗語と言えば娜々志娑无先生・・・
近々HPも消えちゃうだろうから今のうちに保存しときましょう

娜々志娑无のぺぇじ
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/5420/
高句麗地名データ
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/5420/koukuri.html
高句麗語語彙集
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/5420/koukuri_goi.html
百済地名データ
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/5420/kudara.html

86マンセー名無しさん2018/10/27(土) 18:12:37.35ID:Bd1o2Plr
娜々志娑无のまとめページは参考にはなるが
朝鮮語に知識がグダグダで不足していてそのままでは信用できないな
高句麗百済地名の中には明らかに朝鮮語で説明が付けられるのが多いで

87マンセー名無しさん2018/10/28(日) 09:12:14.24ID:m7lB2yIY
>なにぶん朝鮮語も漢語も専門外ゆえ、至らない点が多々あろうかと存じますが、その辺はご容赦下さいませ

まあ本人もこう言ってるからね
本人確認できないからあくまでも自称ではあるが、国語学者さんだったし

88マンセー名無しさん2018/10/30(火) 01:37:08.17ID:2dNehO7w
http://www.himalayanlanguages.org/files/driem/pdfs/2018e.pdf
前スレ、前々スレの話題をしつこく取り上げるけど
現代日本人は
1)アミ族と共通する大陸集団   79%
2)伊川津縄文人と共通する集団  21%
の混合と推定されている。
さらに伊川津縄文人自体が
1)アミ族と共通する大陸集団   62%
3)ホアビン文化人と共通する集団 38%
の混合と推定されている。
1と3があまりにも昔の集団すぎて解像度が低いから
間をつなぐような集団のサンプルがほしい。
韓国はあまり期待できないし、中国からの報告を待つしかないか。

89マンセー名無しさん2018/10/30(火) 10:31:54.21ID:J8ALQNWN
カラー写真で蘇る戦前・戦中・戦後の沖縄

京大学教授、首都大学東京客員教授の渡邉英徳教授のツイートまとめです。
可能な限り時系列で並べました。明記されていないものは地名や機体名、
作戦名が近い写真を時系列のわかるものの隣に配置しました。
https://togetter.com/li/1282337

90マンセー名無しさん2018/11/01(木) 18:05:30.53ID:sFhe+6gt
時代行列では三跪九叩頭もやるんだっけ?

91マンセー名無しさん2018/11/04(日) 00:37:21.08ID:0cBf2U5c
五十嵐陽介(2018)「九州語と琉球語からなる「南日本語派」は成立するか?:共通改新としての九州・琉球同源語に焦点を置いた系統樹構築」
https://researchmap.jp/mum78mtck-1856949/#_1856949

シンポジウムにあわせてアップデートされてる。

92マンセー名無しさん2018/11/04(日) 00:51:41.21ID:Ot7XeqNo
この調子で朝鮮語の各方言も実は別々の言語だったとか三国時代の高句麗語の残存であるなどいう説を出してこないものだろうか

古事記では朝鮮語で山のことをムレやモロというが初期のハングル資料からはmojhもしくは複合語の一部としてmoroという形がでており、方言形の中には末子音-sを有するものがみとめられる
となればこれらの共通の祖先は確実に原三国時代以前になる筈なのだ

93マンセー名無しさん2018/11/04(日) 00:57:28.94ID:Ot7XeqNo
>中央語を含む本土日本語では PJ *o, *e が(非語末で)それぞれ u, i に変化し,PJ *u, *o と
合流(Frellesvig and Whitman 2004, 2008; Pellard 2008, 2013, 2015, forthcoming; Frellesvig
2010)。

ところでこの特徴
卑彌呼の「卑彌」がなぜ「媛(ヒメ)」に対応するのかを説明する素晴らしい理論ではないか
全国の邪馬台国研究家のお歴々は是非ともこの論文を読んで賛同するべきだ

94マンセー名無しさん2018/11/07(水) 12:35:10.77ID:NdVlRjez
冷笑系とかいう珍妙なカテゴリが出来上がってるようですが、その定義を見る分では
本来のハン板住人のスタンスっぽいよね?

95マンセー名無しさん2018/11/08(木) 13:59:05.61ID:CrEPCod2
http://www.tokugawa.ne.jp/encourage_2018.htm
第16回「徳川賞」

第16回の「コ川賞」は下記の著作を受賞作とすることに決定し、平成30年11月3日(祝)東海大学校友会館にて授与式を行います。

『近世日本政治史と朝廷』 著者: 山口 和夫
発行: 吉川弘文館


なお、本年度は「コ川賞」に加えて「コ川賞 特別賞」として次の著作が選定されました。

『世界史からみた「琉球処分」』 著者: ティネッロ・マルコ
発行: 榕樹書林



ティネッロ・マルコ(法政大学 沖縄文化研究所)

96マンセー名無しさん2018/11/08(木) 14:00:53.15ID:CrEPCod2
ちなみに昨年の徳川賞は、上原兼善 『近世琉球貿易史の研究』

97マンセー名無しさん2018/11/10(土) 03:08:31.64ID:+80dVMY5
日本の遺伝学者がちんたらしている間に、今度はモンゴルの遺跡のデータが出てきた。
http://www.pnas.org/content/early/2018/10/31/1813608115

北部フブスグル県の紀元前1380–975年頃の複数個体の古代DNAと歯石を分析している。
考古学的に東部ステップにおける初期の遊牧民ではないかと思われていたところ
実際に反芻動物由来の乳製品を食べていたことが歯石から確認できた。
遊牧文化は年代的に先行する西部ステップから入ってきたと考えられるが
DNAを見ると西部からの移入は7%程度にすぎないことから
大規模な人口置換なしに、土着の狩猟採集民が文化的に適応したらしい。
西部ステップの文化はすぐ西隣のアルタイ・サヤン地域まで広がっていたにも関わらず
青銅器時代初期には没交渉だったことになる。

歴史の要約としてqpGraphを載せてくれたら分かりやすいんだけど載ってない。
全体として遺跡の民はチュルク系のトゥバ人に近く、モンゴル人にはそれほど近くない。
ただし、ツングース系っぽい女性とシンタシュタ文化人っぽい男性の2個体が外れ値になっている。
後者はYDNAハプログループもR1a1a1b2a2a。
残りは1個体がN1c1aである以外はすべてQ1aやその下位区分。

最近の報告はだいたいこんな感じで、狩猟採集民が遺伝的継続性が認められている。
逆に新勢力に簡単に置き換えられてしまったのはヨーロッパとユーラシア極北ぐらいじゃないか。

98マンセー名無しさん2018/11/11(日) 18:50:03.13ID:uxg0Dpa1
https://pbs.twimg.com/media/DrobLmDU8AEcb3W.jpg
https://twitter.com/1059kanri/status/1061190692213469184
まとめ管理人
?@1059kanri

宣教師たちが何故か「非常に寒い島」と考えていた沖縄【一五七一年十月六日(元龜二年九月十八日)附、ゴア發、パードレ・ガスパル・ビレラ書翰】
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

99マンセー名無しさん2018/11/12(月) 01:18:00.41ID:iW9/f3y2
図書館に行ったら「日本祖語の再建」という服部四郎の新しい本が置いてたので借りてきた

思うに魏志倭人伝の国名人名を読み解くには紀元前後頃にあったとされる日本祖語を用いなければならない筈だ
同時に朝鮮語の中古音との対応関係が不規則な漢字音に残っている上古音の要素も解読の手助けになるだろう

100マンセー名無しさん2018/11/12(月) 13:10:12.97ID:a4gNxz+r
ヴィレラ神父は日本滞在十数年でゴアと日本を往復してるってことで、航路途中であっても
あやふやな伝聞になっちゃうほどの存在感だったわけだ琉球は

101マンセー名無しさん2018/11/12(月) 13:41:38.81ID:g3IAcyVY
「ここに『琉球祖語』というのは、現在の琉球諸方言ばかりでなく、
九州方言の少なくとも一部を含む諸方言の祖語であるかも知れないから、
名称としてははなはだ不適当なわけであるが、『少なくとも琉球諸方言』の祖語という意味で、
差し当たりこの名称を用いることする。」(服部1978-79/2018: 315)
https://twitter.com/yosukeigarashi/status/1052206155877904384
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

102マンセー名無しさん2018/11/12(月) 21:41:44.31ID:Ru/4zDC0
ヴィレラはWikipedia見てみたら、日本語以外では何故かペルシャ語しかないのな
ポルトガル語どころか英語でも、日本布教のページに名前は確かにあるが、単独の項目はないんだ

103マンセー名無しさん2018/11/12(月) 22:00:42.84ID:xEEBx1Ep
辛 淑玉(在日)の経歴( 女史のホームページより )
1959年1月16日 東京渋谷区で生まれる。  現在ドイツに逃亡中w

小学校:転校、不登校の繰り返し。小学校2年まで通う。
中学校:転校、不登校、家出の末、中学校3年の一年間のみ通う。
高校:卓球と絵が上手だったので合格( いまでいう一芸入学 )。

入学当時、「 ツ 」と「 シ 」、「 ン 」と「 ソ 」の違いがわからなかった。
教師のお目こぼし、配慮にて、なんとか卒業。
卒歴:都立第一商業高校( 実際の学歴…小学校2年? )

■2000年 講師派遣業者における人気講師ベスト8に選ばれる
■2002年 NHK教育番組「 わたしの生きる道 」番組委員
■2003年4月〜 明治大学政治経済学部特別招聘教授

★私の大嫌いな言葉 : 頑張る、和、恨、ウリ、国益

104マンセー名無しさん2018/11/15(木) 16:34:49.48ID:TNn06fqw
朝鮮琉球ネタと言えば沖縄の主体思想研究だよねえ

105マンセー名無しさん2018/11/15(木) 22:03:07.73ID:GmEk9xBu
Dake 「竹」のように、本土で清音始まりなのに琉球で濁音始まりになる単語が
前々スレで話題になったけど、服部四郎は>>99の本の364頁に次のように書いている。

[語頭子音の]「濁音化」はその単語の意味に「感情価値観的」意義特徴を加えるもので、
琉球諸方言のかなりの単語に見られる。

この短い文だけではよくわからないが、ここ以外でこの現象には触れていない。

106マンセー名無しさん2018/11/16(金) 08:57:09.81ID:PM73DFaO
“マッチョ”な弥生人 その正体は!?
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_1114.html
弥生時代、女王・卑弥呼が治めた「邪馬台国」があったという説もある九州北部。
ことし8月、長崎県佐世保市の離島、高島で古代史の研究者を驚かせるものが発掘されました。
それは、下半身に比べ上半身が異常に太く、驚くほど“マッチョ”な体型をしていた弥生時代の人骨です。
“マッチョ”な理由を探ってみると、古代人たちの知られざる営みが見えてきました。

「この集団は、“貝の交易”をやっていた、つまり貝の運び屋だったんじゃないか」(海部さん)
“貝の交易”とは何かを知るために、福岡県飯塚市にある飯塚市歴史資料館を訪ねました。
ここには、弥生時代の遺跡から発掘されたものが展示されています。
銅鏡や祭器などの宝物が数多く並ぶ中、ひときわ目立っていたのが白い腕輪です。
「貝輪」と呼ばれる装飾品で、当時の権力者が身につけていたとされています。
この貝輪、弥生文化が花開いた佐賀や福岡など九州北部の各地で出土しています。
使われているのは「ゴホウラ」という巻き貝。九州近海ではなく、
沖縄や奄美大島など南の海だけに生息しています。
1000km以上の距離を、誰がどうやって運んできたのか、これまで大きな謎でした。

高島の弥生人の独特なマッチョ体型は、舟をこいで長距離を移動していた証しではないかというのです。

2000年前に、沖縄から舟をこいで九州まで貝を運んでいた集団がいたわけですね。
今回の発見で、そうした運び屋たちの顔が少しずつ見えてきました」(海部さん)

107マンセー名無しさん2018/11/16(金) 09:40:29.44ID:T2SUozf4
薩摩方言の起源は韓国

https://pbs.twimg.com/media/DsArqTsUwAAirwH.jpg
https://twitter.com/tabenomuraji/status/1062897521079402496
たべのむらじ? @tabenomuraji
昨日の朝日新聞。戦国の薩摩武士は、突撃するとき「チェスト!」とは言っていない。
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

108マンセー名無しさん2018/11/16(金) 13:23:23.32ID:E2JK09ZC
>>106
KBTITの先祖じゃないか!

109マンセー名無しさん2018/11/18(日) 21:06:36.43ID:fNnpbqNv
ニライカナイφ★さんはネトウヨの希望の星
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/korea/1541285255/

110マンセー名無しさん2018/11/18(日) 22:37:40.72ID:IdtUt5+j
>>93
中央語のiの一部がeに由来するという説だよ。
中央語でeのヒメと何の関係があるの?

111マンセー名無しさん2018/11/18(日) 23:25:45.70ID:a3Nw0lH3
もし複合語の語中要素として末尾以外にeが来ればそれはiになる

112マンセー名無しさん2018/11/19(月) 13:22:49.18ID:4t+jxEx3
俺にはどういうロジックなのかわからないよ。
複合語はどこから出てきた?服部説とは別の主張?

113マンセー名無しさん2018/11/22(木) 00:19:15.31ID:5FucahDj
祖語の*eが上代語では分裂して、語末で甲類e、それ以外では甲類iになるという説は
服部の時代にはまだなくて、Frellesvig and Whitman (2008)あたりの提案らしい。

邪馬台国時代にヒメ+コをその場で複合したのなら、この規則は適用しようがない。
ということは、祖語に近い段階で複合語が成立して化石化し、邪馬台国時代まで受け継がれたことになる。
(ついでにいうと、上記の変化が邪馬台国時代までに完了していたという仮定も必要)
それにもかかわらず、その後上代語になるまでにこの複合語が失われたというのは不自然じゃない?

114マンセー名無しさん2018/11/22(木) 00:24:16.61ID:5FucahDj
ちなみにヒメという語は琉球諸語には見当たらないようだ

115マンセー名無しさん2018/11/24(土) 13:26:33.22ID:3AdZuMT0
https://twitter.com/rebisdungeon/status/618397211055906816
Rebis? @rebisdungeon

「ゴリラ女房」
沖縄県の……
いや…詳しくは…ひみつ…
ゴリラが…女房になる…
親戚(?)に虎女房とか蛇女房とか熊女房もいる…
嘘じゃない…違う…僕は正気だ! そのうち漫画に出します。
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

116マンセー名無しさん2018/11/24(土) 13:27:29.46ID:3AdZuMT0

117マンセー名無しさん2018/11/24(土) 13:50:16.70ID:3AdZuMT0
https://twitter.com/FakeRokuoLoto/status/1065406818438983680
https://pbs.twimg.com/media/DskVyrcU4AApI9B.jpg
FakeRokuoLoto? @FakeRokuoLoto
「日本人の形成に至る東アジアのY染色体ハプログループと民族移動」

https://twitter.com/xiongmao53/status/1065611501338210304
https://pbs.twimg.com/media/DsnNuXtU4AIKSKU.jpg
https://pbs.twimg.com/media/DsnQAOKUwAAaoqG.jpg
熊猫さん? @xiongmao53
ミトコンドリアDNA(母系)とY染色体(父系)の相違について、篠田は『日本人になった祖先たち』(2007年)で
より詳細に論じていました。mtDNAに関しては、中国東北部(山東・遼寧)・朝鮮半島・本土日本では、
そのハプログループ構成は殆ど変わらないと言います。

しかるに、父系の歴史を反映するY染色体遺伝子のハプログループ構成は、中国北東部と朝鮮半島は似ていますが、
本土日本とは大きく異なっているのです。
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

118マンセー名無しさん2018/11/24(土) 20:16:25.23ID:EYZHmCWI
>>115
http://tyz-yokai.blog.jp/archives/1051589334.html
>沖縄県の「読谷村民話資料集」の一編として刊行された『儀間の民話』(昭和58年)には、大正五年生まれの話者による「ゴリラ女房」という民話が収録されています。

解説したサイトがあった。
戦後に作り出された、民話というよりもホラ話の類みたいだね。

119マンセー名無しさん2018/11/26(月) 16:45:40.16ID:ihRLk1em
いまどきハプログループなんて流行らないんだよ

120マンセー名無しさん2018/11/29(木) 16:15:47.59ID:sZ86Zqtc
https://www.asahi.com/articles/ASLCM74YXLCMPLZB01V.html
朝日新聞デジタル
琉球王朝の子孫ら、京都大に遺骨の返還求め提訴へ 川村貴大2018年11月28日16時01分

旧京都帝国大(現京都大)の人類学者が1929年、沖縄県今帰仁村(なきじんそん)の墓から
少なくとも26人の遺骨を研究目的で持ち去ったとして、琉球王家の子孫ら5人が12月4日、
京大に遺骨の返還を求める訴訟を京都地裁に起こす。原告弁護団は「琉球民族の遺骨返還を
求める訴訟は全国で初めて」としている。
墓は91年に村の指定文化財になった「百按司(ももじゃな)墓」。村教委によると、
1406〜69年に沖縄を治めた王家「第一尚氏(しょうし)」に関係する人が埋葬された。
京都帝大医学部の金関丈夫(かなせきたけお)助教授(1897〜1983)が1929年、
遺骨の特徴を調べて日本人の成り立ちを探ろうと持ち帰り、村は26人の遺骨が京大総合博物館
にあると確認しているという。

原告は第一尚氏の子孫2人と、琉球民族遺骨返還研究会代表の松島泰勝(やすかつ)・龍谷大教授
(地域経済論)ら沖縄出身者3人。遺骨の返還と原告1人あたり10万円の慰謝料を求める。警察や
行政の許可は得たが、地域住民の合意は得ていなかったと主張する方針だ。原告側は昨春以降、
京都大に遺骨の保管状況を尋ね、返還を求めたが、京都大は「問い合わせや要望には応じかねる」
と返答したという。

松島教授は「琉球人にとって遺骨は死者の霊魂そのもの。信仰を守るため返還が必要」と話す。
京都大広報課は「提訴に関してはコメントを差し控える。所蔵品は順次調査をしているが正確な把握に
時間を要し、個別の問い合わせに応じるのは難しい」としている。

121マンセー名無しさん2018/12/03(月) 09:36:16.34ID:FsUNlcKS
https://twitter.com/Isepo2/status/1043415988522237952
Isepo? @Isepo2
朝鮮半島における無文土器文化の担い手が日琉語話者であったというWhitmanの論文。
1:25 - 2018年9月22日
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

122マンセー名無しさん2018/12/04(火) 01:46:03.39ID:F7KNCzz4
>>121
琉球人が弥生文化を有してないことを知らんで書いた論文か?
すげえトンデモすぎて読む気失ったゾ

123マンセー名無しさん2018/12/04(火) 19:42:28.07ID:mnF4f+m6
貝塚時代沖縄人はともかく、喜界島移住民の流れが中世琉球人なんじゃないの?

124マンセー名無しさん2018/12/05(水) 00:40:06.29ID:QXpuEfLU
琉球諸方言は何千年も前に分岐したと考えるにはあまりにも本土諸方言に似すぎているし
南琉球諸方言には北琉球の一部の地域とのつながりは確認できない。
もちろん首里方言からの新しめの借用を除けばだが。
南琉球が分岐した段階では北琉球は(それほど)分化していなかったということだ。

125マンセー名無しさん2018/12/05(水) 00:50:00.50ID:JsTMWHQq
琉球語や上古東国方言には現在の日本語の単語と語末の母音だけが違う単語が散見される
これらは日琉祖語の時代ですら多重語であったと考えなければ辻褄が合わない

126マンセー名無しさん2018/12/08(土) 15:22:09.28ID:laNMApxc
あいかわらず断片的で、どういうロジックなのか謎だ。
細かい見解の相違はいろいろあるけど
中央方言で高母音化が起きたのに対して
東国と琉球はその点では祖語の状態を維持している
というのが服部以来の議論のはずだが
それを否定する説をとなえているということ?
「多重語」はどういう意味で使ってるの?

127マンセー名無しさん2018/12/08(土) 22:15:40.28ID:/GWJFIMF
ココロをココリと言ったりカラスをガラサーと言うのは祖語からの法則的な変化では到底説明できへんぞ

128マンセー名無しさん2018/12/09(日) 00:22:39.55ID:WQDrSMzY
ひょっとしてわざと小出しにしている?
自説をまともに説明するとボロが出るからとか?

129マンセー名無しさん2018/12/09(日) 02:33:39.09ID:GD4AxOBI
ミナト(水門)やミナモ(水面)の構成要素のミ(水)は*miだが
単独の単語のミヅ(水)は*mentuなので両者のなかの「ミ」は祖語の状態では既に*miと*meに分かれた二重語であることが判明している
これを共通の祖型から分かれ出たとするには曽祖語を想定する必要がある

130マンセー名無しさん2018/12/11(火) 13:54:19.96ID:6i8GxDne
来年の2月24日は沖縄県民投票なんだそうだけれど
天皇在位30年記念式典の日なんだよねえ

(投票自体はともかく)政治的意図も何も、玉城知事は何も考えずに決めたんだろうなあ

131マンセー名無しさん2018/12/12(水) 14:46:06.20ID:2TLlKusc
宮古島で馬への虐待が発覚。糞尿まみれでやせ細って衰弱死、天然記念物がなぜ?
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181212-01533678-sspa-soci

132マンセー名無しさん2018/12/16(日) 11:34:27.71ID:VDTjUkuf
これ実際どうなん?
1巻の表紙イラストを見る分では、組踊の衣装をそのままイラスト化してるが、まさかそれを史実を考証した復元図とか言ってないよね・・?

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-849566.html
琉球新報『絵で解る琉球王国 歴史と人物2』 琉球歴史の豊かさ わかりやすく

133マンセー名無しさん2018/12/19(水) 13:22:49.41ID:xsfqZbmz
例のカタカシラとかも含めて?

衣装風俗の考証やってるのって高良上里ライン以外にいた?

134マンセー名無しさん2018/12/19(水) 20:29:54.17ID:xsfqZbmz
http://www4.nhk.or.jp/ijin-kenko/x/2018-12-19/10/21757/1800039/
NHK「偉人たちの健康診断」沖縄編で上里先生大活躍

135マンセー名無しさん2018/12/22(土) 08:17:06.00ID:6+zVzTKI
喜界島の研究結果をまとめたブログがあったじゃん
誰かの講演会に参加して
そのスライド内容を
適当にまとめて書いてあるやつ。
あれどこだったかな?

136マンセー名無しさん2018/12/22(土) 20:19:35.90ID:S33P4dno
これっしょ

https://ameblo.jp/amamikyo77/entry-12313169604.html
『浮かび上がりはじめたニライ・カナイの原風景』の衝撃度 琉球発展のモデルは奄美にあった

137マンセー名無しさん2018/12/22(土) 21:22:56.58ID:LCFtZyTP
サンクス

138マンセー名無しさん2018/12/28(金) 18:25:03.84ID:O0Fi8eWB
<社説>奄美復帰65年 琉球弧として共に発展を
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-853374.html
>津留さんは「戦争は奄美と沖縄を日本から切り離し、さらに奄美を沖縄から切り離した」と語る。
>こうした分断に伴う人々の苦しみを忘れてはならない。

奄美差別は他人事ですね

139マンセー名無しさん2018/12/31(月) 11:47:04.63ID:+TIv2tq0
https://twitter.com/CatNewsAgency/status/1079550021320593409
CatNA? @CatNewsAgency

北京での沖縄独立会議に出席した日本人。
比屋根照夫 琉球大名誉教授
又吉盛清 沖縄大客員教授
大田静男 八重山郷土史家
友知政樹 沖縄国際大教授
新垣毅 琉球新報東京報道部長
吉田伸 沖縄タイムス学芸部記者
松島泰勝 龍谷大教授
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

140マンセー名無しさん2019/01/05(土) 23:32:19.79ID:QO58W/Su
政治関係ネタはあまりにもアレ過ぎて・・

141マンセー名無しさん2019/01/10(木) 21:09:03.64ID:XiHnewzM
県民投票までうざそうだなw

142マンセー名無しさん2019/01/14(月) 20:34:12.41ID:mtq6lN+C
それで今年の成人式はいかがてした?

143マンセー名無しさん2019/01/19(土) 21:59:42.47ID:xfrrd3G7

144マンセー名無しさん2019/01/21(月) 23:48:22.60ID:HjkKSck0
琉大考古学の池田榮史といえばこのスレでもちょくちょく登場してたと思うけど
沖縄での調査よりも、九州西部の鷹島沖の元寇沈没船の調査の方が有名だ。
去年池田が出した『海底に眠る蒙古襲来:水中考古学の挑戦』は
調査の苦労話ばかり書いてあって、誰が想定読者なんだか分かんない。
日本にノウハウがなかったから苦労しただけで
海外では普通にできていた気配があるんだけど、どうなんだろう?

145マンセー名無しさん2019/01/22(火) 04:10:25.09ID:HashXdwK
琉球語音声データベースいつまでメンテしてるねん
いい加減再開してくれへんとワイの趣味の日琉祖語と朝鮮語の比較研究が進めれへんでイライラや

146マンセー名無しさん2019/01/23(水) 20:39:44.62ID:wgHokxUe
気になったから海洋考古学(水中考古学)で検索するとこんなもんか
国学院出身の池田榮史はどこで学んだのかな


小江慶雄
1970年代以降に地中海を中心として調査が進められていた欧米の水中考古学を幅広く日本の
考古学会に紹介し、島国である日本における水中遺跡調査の必要性を積極的に教授したが、
当時は陸上の遺跡調査が優先であって協力・賛同を得ることは困難であった。特に郷里の
葛籠尾崎湖底遺跡の研究では多数の土器の調査・分析をし、琵琶湖周辺に関する湖中遺跡の研究に尽力した。


Q.日本で海洋考古学が学べる大学はありますか?
2008年まではこの質問に対しての答えは”NO”でした...しかし、2009年度から日本国内でも
正式に水中・海洋考古学が大学で学べるようになりました!東京海洋大学がこのたび日本発の
カリキュラムを組みました。
数年前から東海大学の海洋文明学科のクラスの中で多少取り扱っていたようですが、本格的に
この学問を学びたいのであれば留学するしか方法はありませんでした。しかし、2009年度から
東京海洋大学で本格的にプログラムが始動しました。

147マンセー名無しさん2019/01/24(木) 00:22:33.36ID:rJqHO1Td
池田が水中考古学を学んだ経緯は『海底に眠る蒙古襲来』で説明している。
琉大に採用されてから、学生が卒業研究でやりたいと言ったからだそうだ。
>>144では厳しめに書いたけど、読み物としてはそこそこ面白いよ。

148マンセー名無しさん2019/01/26(土) 19:16:25.10ID:LFBPTp84
件のブログを読んでみたんですが、第二尚氏が王権の弱い郡臣連合政権なら、なんで首里に士族を集める
武装解除的なことをやったんでしょうか?
王ではなく、首里士族が地方豪族の力を取り上げたってことかな?

149マンセー名無しさん2019/01/27(日) 21:44:13.26ID:tlw756Lj

150マンセー名無しさん2019/01/27(日) 22:04:55.97ID:tlw756Lj
まずは2015年の総括報告書から読むか

151マンセー名無しさん2019/01/30(水) 18:45:02.15ID:Hp+Az6N5
これはある意味素晴らしいw

https://pbs.twimg.com/media/DyCmYS7VYAAySkU.jpg
https://twitter.com/purufeido/status/1090054048953262081
プルフェイド・リュパール? @purufeido
戦前に朝日新聞の素晴らしい有能な記者たちが書いていたジャーナリズムあふれる新聞記事となりますご覧ください
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

152マンセー名無しさん2019/01/30(水) 23:26:36.80ID:11cu5WZq
2009年に国指定史跡に登録された遺跡に赤木名城跡(あかきなじょうあと)がある。
奄美大島北部の奄美市笠利町にあった山城なんだが、この「赤木名城」の「城」をどう読むかを問題にしたい。

2003年の調査報告書は「赤木名グスク」と呼んでいる。
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/list/46/46222/item/21499

2008年の奄美市教育委員会編集の『赤木名城』は「城」の読みを記していない。
「赤木名グスク」が21頁の図に一箇所だけ出てくる。昔作った図の使い回しのようだ。
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index_pc.html
この冊子を作ったのは、おそらく史跡登録の準備のためだろう。

2009年の奄美市教育委員会の『史跡赤木名城跡保存管理計画書』は
38頁の「史跡「赤木名城跡」の概要」で一度だけ「あかきなじょうあと」という読みを載せている。
https://www.city.amami.lg.jp/bunka/kyoiku/bunka/bunkazai/documents/akakinajoatohozonkanrikeikusyo.pdf

これを見ると、史跡登録のために仕方なく読みを定めたけど、あまりそれを明らかにしたくないみたいだ。

153マンセー名無しさん2019/01/30(水) 23:28:02.01ID:11cu5WZq
みすった。2008年の冊子はこれな
http://bunkaisan-amami-city.com/archives/476

154マンセー名無しさん2019/01/31(木) 14:10:21.86ID:Nbg3p5C9
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E6%9C%A8%E5%90%8D%E5%9F%8E

>中国大陸からの影響で城壁の発達している琉球のグスクと比較すると、石材がほぼ加工されていない・防衛機能がやや低いという特徴が見られる。
>特に加工した石材の少なさは同じく防衛機能の低い先島諸島のものと比べても際立っている。 かつて奄美大島の城は沖縄におけるグスク研究の
>周辺事例という扱いだったが、先述のような本土の特徴が認められる城跡が赤木名城・伊津部勝グスクなど複数確認されており、九州から沖縄県に
>かけての歴史を考察するにあたり重要なものとなった。特に赤木名城は規模が大きく特徴が顕著であり、これによって2009年(平成21年)2月12日に
>国の史跡に指定された。

wikipediaでもこんな風に書かれてるじゃないの
本土系の城なら「じょう」でかまわないんでは

155マンセー名無しさん2019/01/31(木) 23:29:01.30ID:xPm51ViR
2003年の『赤木名グスク遺跡』ではこんなことが書いてある
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/list/46/46222/item/21499
当時から赤木名グスクとしての言い伝えが残っていたと言う。
字名は「溜池の又」などになっているが
通称「赤木名グスク」として地元の人々から親しまれていることから
報告書に「赤木名グスク」と記載して提出した。

以降の出版物にはこういう記述は出てこないようだ。
遺跡がそこそこ有名になってしまった今では検証するのは難しいだろうけど、これ本当か?
「地元」の範囲次第ではあるが、赤木名の人間が赤木名グスクなんてわざわざ呼ぶか?
地元では単に「グスク」と呼ばれていたのを
外部の研究者が勝手に「赤木名グスク」と名付けた可能性を疑う

156マンセー名無しさん2019/02/01(金) 13:34:20.44ID:36IEdcpz
これ面白いなあ。縄文晩期でも喜界島が拡散の起点だったみたいだ。

設楽 博己:南西諸島の大洞系土器とその周辺
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=49342&item_no=1&page_id=28&block_id=31
縄文晩期終末の東日本系の土器が西日本一帯に分布しており、奄美地方でも確認されていたが、
沖縄県北谷町平安山原遺跡群で大洞A1式系土器と土製品が検出され、
分布は沖縄県域に及ぶことがわかった。この論文では、奄美・沖縄地方など
南西諸島の縄文晩期終末の大洞系土器とそれに関連する資料13例を実見した結果を報告する。
奄美地方の大洞系土器に土着化傾向のあることがすでに指摘されていたが、
製作技術の多様性の分析からそれを追認するとともに、
平安山原B遺跡出土土器が製作されたのは西日本であるにしても
東北地方北部の直接的な関与は否定できないことを指摘した。
南西諸島の東日本系土器は東北系と北陸・山陰系を中心に展開するが、
13例のなかでも喜界町矢筈遺跡の土器は、
祖形となる東北地方の大洞A1式土器と北陸地方の長竹式土器に最も近く、
この遺跡が南西諸島における東日本系土器拡散の起点である可能性も浮かび上がった。

157マンセー名無しさん2019/02/02(土) 14:06:49.74ID:AUh/U+eT
1987年の『鹿児島県の中世城館跡』以降,奄美群島関連では,
中世城郭をグスクと表記するのが一般化した。
それは奄美群島の中世城郭の概念を示すものであって,再々記している様に,
実際にはグスクと呼ばれていないものも含んでいたし,逆にグスクと付いていても,
中世城郭には馴染まないものがあることも理解されるようになってきた。
 なかでも,1994年以降,尾根の悉皆踏査を実施した成果である
2001年の『名瀬市グスク詳細分布調査報告書』は,
尾根にある遺構をグスクとは呼ばず奄美大島型城郭遺跡と仮称するよう提言した。
 これらを考慮し,奄美群島の中世城郭を整理すると,奄美群島の中世城郭を
グスクで表記することを,再検討する機運が醸成されたと思われてならない。
https://www.city.amami.lg.jp/bunka/kyoiku/bunka/bunkazai/documents/akakinajoatohozonkanrikeikakusyohuhen.pdf

三木靖はこんなことぐだぐだと言ってないで、専門用語もどきの「グスク」を捨てて、
素直に中世城郭を「中世城郭」と呼べばいいのに。

それにしても、この爺さん、80を過ぎても元気だ
http://blog.livedoor.jp/satoyamaym/

158マンセー名無しさん2019/02/03(日) 16:40:28.50ID:oU1fRQFh
喜界島手久津久地区の崩リ(くんでぃ)遺跡の調査報告書(2018)が読める。
縄文時代と中世の遺構のうち、特筆すべきは中世の製鉄炉が発見されたことなんだが、
城久遺跡とくらべて今ひとつ世間が盛り上がっていないのはどうしてだろう。
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/list/46/46529/item/22634

SD17から出土した鉄滓は製鉄炉の炉内残留滓・炉外流出滓であることが確認され,
製鉄操業のすべての工程の鉄滓が揃っていることや,
浸食の進んだ炉壁などから喜界島で製鉄操業を行っていたことが明らかになった。
出土した炉壁から,炉の形態は熊本・宮崎・大分等の中世自立炉に系譜を持つと想定されているが,
小型であることが指摘されている(第W章第1節参照)。
残念ながら炉本体は確認できなかったが,SD17周辺にあったことが推察される。
SD17の遺物出土状況から製鉄炉は概ね11世紀〜12世紀代に操業されていたと考えられ,
中世日本最南端の事例になる。

現在でも喜界島では畑地帯総合整備事業に伴った大規模な発掘調査が続いている。
調査が終了し,整理作業中である中増遺跡や川寺遺跡からは
城久遺跡と同規模と考えられる中世集落跡,
荒木中央地区の調査では縄文時代後期〜晩期と考えられる大規模な集落跡も見つかっている。
これらの遺跡は順次報告書を刊行してゆく予定である

159マンセー名無しさん2019/02/04(月) 23:38:43.12ID:/zViKduL
中増(なかまし)遺跡の発掘調査報告書(2015)も公開されている。
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/search/item/16006
中増遺跡は,喜界島南西部の標高約20mの段丘上に所在する,中世を主体とした集落遺跡である。
畑地帯総合整備事業(担い手育成型)手久津久地区に伴い実施した平成23〜24年度の調査では,
掘立柱建物跡15基,土坑9基,焼土跡11基,溝状遺構2条,ピット315基を検出した。
遺物は,龍泉窯系青磁を中心にビロースクタイプ白磁,石器,鉄製品のほか,自然遺物として,
オオムギ,ウシ,ウマ,貝などが出土した。また,鍍金が施された銅製品も出土した。
鍍金が施された製品の出土は喜界島では初見となる。
遺物の出土状況から14世紀後半〜15世紀前半を中心とした遺跡と考えられる。

160マンセー名無しさん2019/02/05(火) 11:21:47.83ID:/SwUUGLX
発掘品からわかる文化的には沖縄と同じ系列になんの?
それともやっぱ本土系?

161マンセー名無しさん2019/02/06(水) 18:01:10.74ID:sZ31QUYC
同じ系列かというと祖先から受け継いだ文化のことみたいだが
そうではなくて文化の伝播に着目にしている
製鉄とか陶器とかウマとか、もともと琉球列島になかったけど
ある時期以降に出現するモノがどうやって入ってきたか
最近の発掘成果は北から南への流れの中で喜界島が特別な玄関口だった可能性を示している

162マンセー名無しさん2019/02/06(水) 20:03:19.40ID:7Yu+81YA
喜界島の初期って大宰府の出張所だったわけでしょ
そこから沖縄に人が広がってったとして、15世紀の中山に征服される直前てのは本土と変わらなかったのか
それとも沖縄同様だったのかってとこなんだけど
まあその年代の沖縄は別段中華風味が強かったわけじゃないのもあるでしょが

163マンセー名無しさん2019/02/11(月) 15:14:46.62ID:3xNzDuQ+
外来集団が在地集団を置き換えたというのと、
在地集団が外来の文化だけを受け入れたという両極端を考えたとき
その間のどこかが正解だろうとは言えても、
具体的にどのあたりかは、まだよくわからないんだよ。

喜界島の城久遺跡に徳之島のカムィヤキが入った時期に在来の兼久式土器は消滅したと推定されている。
奄美では在来とされている兼久式土器だけど、
沖縄のくびれ平底土器は兼久式土器の影響で成立したというのが池田榮史の説。
奄美を本土と沖縄の混合だと思う発想自体、沖縄中心史観に毒されている。

164マンセー名無しさん2019/02/17(日) 12:50:34.61ID:l5nNqKm+
>>155で引用した2003年の『赤木名グスク遺跡』では
言い伝えが残っていて、「通称「赤木名グスク」として地元の人々から親しまれている」とあるが
2009年の『史跡赤木名城跡保存管理計画書』にはこんなことが書いてある。

山の上から,城跡が確認されたのは約30年前のことですが,
そのような遺跡が中学校の裏山に残されているとは,
当時は誰も知らない事実でしたので,集落の方々も驚かれたのではないかと思います。
https://www.city.amami.lg.jp/bunka/kyoiku/bunka/bunkazai/documents/akakinajoatohozonkanrikeikusyo.pdf

もし両方とも事実だとすると、地元民は城ではない何かをグスクと呼んでいたことになる。

165マンセー名無しさん2019/02/20(水) 21:37:36.48ID:xewaBP50
本土系とか沖縄系とかを対比させる事自体が
もはやナンセンス。
今の喜界島研究の要点はそこ。
上で縄文時代から既に喜界島を介した
土器文化の伝播が見られるという指摘があったが、
九州本土から喜界島、そして沖縄諸島という
北から南への文化の伝播パターンがあって
それをずっと繰り返しているだけ。
カムイヤキ文化以前の沖縄にあったのも
結局のところ起源は喜界島であり
大本は九州本土。

166マンセー名無しさん2019/02/20(水) 21:49:08.29ID:xewaBP50
ウマに関しては、
中山の中国への朝貢が増大の原因だと思うね。
遺伝的には対馬や喜界の馬の子孫である事は確実。
沖縄にあったから朝貢したんじゃなくて
朝貢する品がないから
喜界島勢力が持ち込んだのだと思うよ。
硫黄と一緒にね。

硫黄はこれまでは単純に
琉球の物とされていたけど、
この頃の本島勢力が
喜界島のすぐそばの硫黄鳥島を
支配していたとは考えにくいし、
一番は、三山全てが硫黄を朝貢している
という点が、
外部の中立的な勢力が出所であることを
示していると思うね

167マンセー名無しさん2019/02/20(水) 22:15:11.84ID:xewaBP50
ただ沖縄諸島の人種、文化が
本土のバリエーションに過ぎない点は
ほぼ明らかなのは認めるとして、
喜界島の重要性がここまで証明されてくると、
文献資料に本土・喜界島の
敵対者として繰り返し言及される
アマミ人をどう解釈するかが問題となってくる。

本島側の文明の始祖として
正史やおもろそうしで言及される
アマミクとは、もうほぼイコールで結んで良いだろう。

これまでは、文献学者はデタラメ・妄想扱いするばかりだったが、
考古学的には本島の文化は北が起源なのは明らかであるし、
アマミクの存在はおもろさうしでも
言及される先人の共通認識。
さらにアマミクの王統というのは
ただのデタラメとしても、

168マンセー名無しさん2019/02/20(水) 22:40:11.82ID:xewaBP50
首里が何故、伝統的に本島の首都として
認識されていたかと言うと
アマミクがそう決めたからという
理由しかない。
土の湿度は高いからあの辺では
比較的耕作に有利で
町を作った理由は分からんでもないが、
【その反面地盤はゆるい】
それでいったら知念半島の方が
豊かで平地も多い。

さらに国頭や島尻といった
本島の地理感覚を正確に表現した地名も、
アマミクが決めたと正史に書かれている。
アマミクを認めないと
話しの辻褄があわない。

地名の語彙からして
アマミクが日本文化圏の一員なのは明らかだが、
歴史上のアマミ人が喜界島や本土と対抗していた
事実を考えると
北方の文化的優位性は絶対的としても
それに対抗したいという気持ちもまた
昔からあったのかもしれないね。

169マンセー名無しさん2019/02/21(木) 17:30:21.26ID:TFqyGfHn
奄美考古学会与論大会 奄美新聞2019年1月24日
http://amamishimbun.co.jp/2019/01/24/15992/
奄美考古学会(会長・高宮広土鹿児島大学島嶼=しょ=研究センター教授)は19日、
与論町の中央公民館で第10回奄美考古学会与論大会を開いた。4研究者が研究報告や
講演を実施。地元住民も多く参加。沖縄国際大学南島文化研究所の呉屋義勝特別研究員は、
調査で与論島独自の土器群が発見されたことなどを明らかにした。


呉屋特別研究員は、2016年から、与論郷土研究会(麓才良会長)と共同で実施した
遺跡分布調査と結果を報告。同島で遺跡が78カ所発見されたこと等を解説。また、発見された
与論独自の土器群を、「サアクラ土器」として提唱したいとし、「日本本土の鎌倉・室町時代に
並行する中世に、奄美では多様な土器文化が発達し、与論にも独自の文化があった」と話した。

170マンセー名無しさん2019/02/21(木) 17:34:10.06ID:TFqyGfHn
平安時代以降の話ばっか聞いてたから、こういうの知りませんでしたよ喜界島
やっぱ夜光貝交易なんでしょうかね

川尻遺跡から青銅製鋤先出土/南西諸島で初確認、喜界町 南海日日新聞2014年12月12日
http://www.nankainn.com/culture/%E5%B7%9D%E5%B0%BB%E9%81%BA%E8%B7%A1%E3%81%8B%E3%82%89%E9%9D%92%E9%8A%85%E8%A3%BD%E9%8B%A4%E5%85%88%E5%87%BA%E5%9C%9F%EF%BC%8F%E5%8D%97%E8%A5%BF%E8%AB%B8%E5%B3%B6%E3%81%A7%E5%88%9D%E7%A2%BA%E8%AA%8D
喜界島の南西部に位置する手久津久地区の埋蔵文化財発掘調査を進めている喜界町教育委員会は11日、
同町埋蔵文化財センターで記者会見し、同地区内の川尻遺跡(約4万6千平方b)で約2千年前の
弥生時代後期のものとみられる青銅製鋤先(すきさき)の一部が見つかったと発表した。
これまで青銅製鋤先の出土事例は佐賀県基山町の千塔山遺跡が南限で、今回の発見はその南限を大きく超え、
南西諸島での出土は初。町教委は「弥生時代後期に盛んにあった北部九州社会と沖縄諸島の交易ルートに
喜界島が含まれていた可能性がある」としている。

171マンセー名無しさん2019/02/25(月) 19:30:10.11ID:nSHEcRoF
https://www.asahi.com/and_travel/articles/SDI2019022107291.html
新発見! 世界遺産のグスク 中城グスクに出現した石積みとは?

世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」のひとつ、中城グスク(沖縄県中城村)で定説を覆す発見があった。修復のため城壁の
一部を解体したところ、内側から古い時代の城壁が姿を現したのだ。これまで私たちが見てきた城壁は、もともとあった城壁を覆うように
積まれていた。

発見されたのは、一の郭北西側の石積みで、三つの時期の改変が確認できる。もっとも古いのが、今回見つかった14世紀半ばに積まれた
とみられる白っぽい黄色の石積み(石積み@)だ。その後、15世紀前半に大幅なグスクの拡張に伴い、最上段(石積みA)と基壇(石積みC)が
増築された。高さ約7メートルの石積み@の上に約8メートルの石積みAを増築し、合計高さ約15メートルの石積みを支えるため石積みCで
補強したらしい。そして19世紀末になり、はらみだした石積み@の崩落防止のために下部を取り巻く石積み(石積みB)が積まれたとみられる。

172マンセー名無しさん2019/02/26(火) 00:16:38.54ID:oAg1U0GX
史跡赤木名城跡の発掘調査から確認されている
@11世紀後半〜12世紀前半頃,
A14世紀後半〜15世紀代頃,
B17世紀後半〜18世紀前半頃
の3時期について,城郭遺構の構造的変遷と関係が明らかにされているわけではない。
大筋としては,@の時期は中世城郭の形態を整える以前と考えられるの段階であり,
中世城郭として構造化するのがAの時期,
さらに現在地表観察できる城郭の最終形態が構造化されたのがBの時期と考えられている。
https://www.city.amami.lg.jp/bunka/kyoiku/bunka/bunkazai/documents/akakinajoatohozonkanrikeikusyo.pdf

しつこく赤木名城なんだが、2015年の報告書はこう書いていて
中世城郭の形態が現れるのは14世紀後半以降と推定している。

ところが1980年代には別の説が唱えられていた。沖縄県から名嘉正八郎と知念勇がやってきて、
「十二世紀後期から十三世紀初期頃に主として防御を目的に創造」と主張していた。
ちょっと年代がずれるが、2015年の報告書のいう@の時期に既に中世城郭の形態があったという主張だ。

173マンセー名無しさん2019/02/26(火) 01:37:01.28ID:98tAE98c
韓国人のルーツは「チェルーヴィーヴォロタ洞窟」悪魔の洞窟門。
北朝鮮が祖先と主張する、山葡萄原人(エベンキ人)と濊人(わい人)の混血

アムール川流域に「悪魔の洞窟門」があります。人間を見つけると襲ってきて人間を食べるのです。
犬も食ってしまう。そこを通った人間はいなくなってしまうのです。彼らは、 人間と違い石器時代、
新石器時代に洞窟の中に入って生き延びてきた、「山葡萄原人」です。
約8千年前、朝鮮半島には濊族(わいぞく)がいました。地球上、これ以上汚いものはない」という
意味から濊(わい)というのです。濊族とエベンキ人(山葡萄原人)が混血して、朝鮮民族の原型
ができました。

「山葡萄原人は、前世紀人だから約束とい言葉は知りません。」 「お腹が空けば、人間でも
犬でも食べます。」犬食いの風俗は山葡萄原人から続いています。
エベンキ人と濊族が合体して朝鮮人になったのですから、嫌われることなど気にしません。
臭いことも、「自分さえ匂わなければよい」、「他の人がどう思うか」などが、関係ないのです。
北も南も朝鮮人の原型は「山葡萄原人」です。

これに、朝鮮人は文句が言えません。 「北朝鮮の歴史教科書に書いてある」のです。
写真入りで「俺たちは黒い山葡萄原人だ!」と自慢して言っているのです。
「我々は猿人と現代人の中間である。我々朝鮮人から現代人は生まれたのだ」と主張している。
だから「朝鮮こそが人類の故郷であり、我らの先祖は偉大なる山葡萄原人だ」と言っている。
山葡萄原人はヒト科の種類であり、悪魔の洞窟門は地域です。
朝鮮人は現代人と「約900万個の遺伝子」が違います。 <日本人と一緒にしてはいけません。>

エベンギ人
http://livedoor.blogimg.jp/gardendesigner-eye/imgs/0/f/0f4a9c38.jpg
黒い山葡萄原人
http://livedoor.blogimg.jp/gardendesigner-eye/imgs/d/a/da9a8057.jpg

174マンセー名無しさん2019/02/26(火) 12:46:58.90ID:WKhr1y9c
http://for-venezuela-2019-jp.strikingly.com/
ベネズエラ独裁政権への緊急支持表明の賛同者に松島泰勝がいて
やっぱりとしか思えないがイマイチ笑えないなw

175マンセー名無しさん2019/02/26(火) 14:33:14.69ID:98tAE98c
李氏朝鮮には琉球民族にはない、山葡萄原人のDNAである

病身舞(びょうしんまい)という誇り高い文化がある

176マンセー名無しさん2019/02/26(火) 18:30:10.28ID:98tAE98c
「朝鮮族」と聞いたら何を想像しますか?北朝鮮人?韓国人?在日韓国人?
中国の少数民族の一つとして朝鮮族があることはご存知でしょうか?

〜朝鮮族とは〜
中国の民族識別工作にて定義される中国少数民族の一つです。
なので[中国の国籍]を持っており、戸籍上の民族欄に「朝鮮族」と記載されているのです。
現在、人口は減少傾向であり、吉林省に約120万人、吉林省南部の延辺朝鮮族自治州
に80万人が住んでいます。

歴史的背景として、豊臣秀吉の朝鮮派兵の際に朝鮮半島から中国領土(満州周辺)へ移民した
と記されています。清の時代に実施された400年前の「朝鮮人移住政策」がベースになっていると
考えられます。その後、満州国の崩壊と朝鮮戦争の勃起によって多くの朝鮮人が帰国しましたが、
約100万人が中国内に残留し、それが今日の朝鮮族の起源の一つとなっているのです

177マンセー名無しさん2019/03/01(金) 01:20:10.25ID:DhI7XuDB
>>172
赤木名城の中世城郭の年代については些末な見解の相違だと思われるかもしれないけど
名嘉・知念説には奄美を沖縄中心史観で回収しようという意図が見え隠れする。

名嘉・知念は奄美の山城=グスクが沖縄のグスクの前段階だと考えたわけだが、
それはつまり、奄美で未完成だったものが沖縄で完成しました、めでたしめでたしという意味だ。
実際には中世山城というのはあれで一つの完成形なんだよね。
人吉市教育委員会の人が
「印象的には本土の築城技術がストレートで導入されているように実感する」
と言っているように。
http://bunkaisan-amami-city.com/user-lib/2015-24.pdf

178マンセー名無しさん2019/03/01(金) 18:10:04.62ID:RKjyyyzg
>>171の石積みは奄美関係なしで沖縄独自よね?

179マンセー名無しさん2019/03/02(土) 05:52:14.04ID:cf5nVFE4
李氏朝鮮・日本政府は朝鮮併合時、朝鮮独自の人道的でないとして
文化や風習の廃止や禁止をしました。

・身分制度の廃止 ・凌遅刑の廃止
・シバジの禁止   ・乳出しチョゴリの禁止
・サンプンの禁止  ・試し腹の禁止

韓国人のDNAは普通の人間とは最低でも120万箇所異なっていると発表されています。
最高で950万箇所。「父と娘」「母と息子」が結ばれないと出来ない遺伝子が多数見つ
かっている。

韓国人しかない精神疾患の「火病」、韓国人しか感染しない「MERS」。
そして、虐殺、殺人、放火、レイプ、強奪といった犯罪が多いのもこの異常なDNAが原因だと
言われています。前頭葉が異常をきたし感情の制御がきかないのです!

180マンセー名無しさん2019/03/02(土) 10:43:53.35ID:6zJ1Ay4V
早い時期の石積みは沖縄というよりも沖永良部以南だな。
あと別に城郭を作っているとは限らない。
八重山などは家々を区切っているだけで防御機能はなさそうだし。

181マンセー名無しさん2019/03/02(土) 17:21:13.00ID:/soVwpd1
関西大学博物館所蔵「琉球勾玉」について : 大形丁字頭勾玉出現の一試考
徳田誠志 関西大学博物館紀要
https://kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/bitstream/10112/11156/1/KU-0200-20150331-01.pdf

著者は現在、宮内庁書陵部の陵墓調査官なのか。

182マンセー名無しさん2019/03/02(土) 21:19:11.66ID:cf5nVFE4
沖縄海底遺跡発見される。

183マンセー名無しさん2019/03/03(日) 09:51:06.14ID:/m1D9tYE
無職の癖に右翼とかふざけてるの?😨

184マンセー名無しさん2019/03/03(日) 10:05:38.24ID:XzpuBiVV
無職は弱者なんだから、もしリベラルを自称するならいたわってあげなくちゃダメよ?

185マンセー名無しさん2019/03/06(水) 13:37:32.15ID:d+x6xyXO
その防御機能ってのが曖昧な表現だよね。
グスク論争でもよく論点になってたけど
個人的には全くナンセンスだと思うよ。
ある石積みが防御機能あるかどうかと言うのは
利用者の意思によるのであって、
現物だけみても何とも言えない。
高い石壁があったとして、
何もしなかったら
すぐよじ登られておしまいだからね。
石垣の弱点がそれ。手がかりが多くて登りやすい。

逆に家の周りの石垣も、
家主がそれに拠って戦うことはよくあったはずだ。
城主同士だけで戦うわけじゃないからな。

186マンセー名無しさん2019/03/06(水) 17:41:24.33ID:pcs8I9EV
平安時代の頃の倭国、と琉球と李王朝の差は?

187マンセー名無しさん2019/03/06(水) 19:54:19.37ID:PyM2qWHl
平安時代(8〜12世紀)?
だったら倭国なんてなくなって日本国だし、この時代の琉球って台湾のことだし、
李王朝ってベトナム北部の李朝大越国しかないだろ

前近代の国力は人口と直結するから、600万の日本、200万の大越、10万の台湾の順じゃね?



このスレで以前から語られてたが、沖縄になんらかの政治勢力が
出来始めたのは、本土の源平争乱が影響してるようで
平安時代の沖縄に琉球は存在しない

188マンセー名無しさん2019/03/06(水) 19:57:02.28ID:d+x6xyXO
最大の違いは日本は
伝統的に冊封拒否、
冊封されるのは恥という考えが
一貫して存在する事だね。

琉球は一貫して冊封大好き。
事大主義、属国根性を貫いてる。

まあ琉球レベルの
ゴミみたいな小国が、
いきってもしょうがないしね。

189マンセー名無しさん2019/03/07(木) 07:33:31.80ID:RoxFspQV
日本で一番犯罪率の高いのは朝鮮人じゃなくて中卒なんだ😱

190マンセー名無しさん2019/03/08(金) 20:26:53.95ID:uJsuJxUL
中卒の朝鮮人最悪だな

191マンセー名無しさん2019/03/13(水) 20:01:16.48ID:I+NEmB14
ついに公開! ディープな世界「御内原」とは? 首里城(1)
https://www.asahi.com/and_travel/20190304/24958/

192マンセー名無しさん2019/03/14(木) 15:06:22.63ID:LBvdjO52
>>174
[大弦小弦]「仏のル・モンド紙を信じるな」。哲学者で立教大特任教授の西谷修さんは…
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190301-00391022-okinawat-oki

なんというか沖縄本当にやばくなってきてるんだなあとしか思えなくなってきた
まあ同類の東京新聞がある首都圏はどうなのかってことになりそうだけど

193マンセー名無しさん2019/03/14(木) 15:16:12.97ID:RNOKuq7g
昔の冊封時代には中国より印鑑を賜っていたそうだが、

  李氏朝鮮VS琉球王国

日本は金印、沖縄は銀で、すぐそばの朝鮮がなんとそれ以下だったらしい(笑
だからこその朝鮮 ?!!!
その習わしが占いの八字にも使われていて、偏印とか正印として残っているとか。

194マンセー名無しさん2019/03/14(木) 16:44:50.39ID:9XDbXLPK

195マンセー名無しさん2019/03/14(木) 17:52:55.68ID:LBvdjO52
なんJとかのひとかな?
コピペとかいろいろお疲れ様です

日本が金印で朝鮮半島国家が銅印ってのはそれこそ魏志倭人伝の時代だし
琉球に国らしきものがが成立した以降の李氏朝鮮は金印ですよ


給・回賜品からみた明代中国の対外関係 大隅晶子
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180402080459.pdf?id=ART0009060659

196マンセー名無しさん2019/03/14(木) 18:02:05.72ID:RNOKuq7g
認めてるわけだ

  日本が金印で朝鮮半島国家が銅印ってのはそれこそ魏志倭人伝の時代だし

197マンセー名無しさん2019/03/14(木) 18:21:34.67ID:LBvdjO52
というか保守派とかネトウヨ仕種してるのに中国からの下賜品自慢しちゃいかんでしょw

198マンセー名無しさん2019/03/14(木) 22:18:50.17ID:Fb3LvAro
朝鮮は属国の中では常に序列一位。
沖縄より絶対的に上。
これは現実。
つーか常識的に、朝鮮は中国、日本に次ぐ
三番目にデカい国だからね。
資源も工業力もそこそこある。
織物は中国のコピー品を自力で生産していて
日本にも輸出していた。
日本にとってはプチ中国みたいな立ち位置。
誰にとっても沖縄みたいなゴミ地域より遥かに有用で
比較すること自体が間違い。
沖縄が朝鮮より上と考える奴がいたら正気じゃないね

199マンセー名無しさん2019/03/14(木) 22:25:00.64ID:Fb3LvAro
朝鮮が第1位なのは当然の絶対的事実として、
実は沖縄も朝鮮に次ぐ位の扱いは受けてるんだよね、
それだけでも異常。
普通に考えてベトナムやシャムや
マラッカより沖縄が上ってのもあり得ないからね。

何故かというと、沖縄は無理して
借金して、南方や本土の産物を
購入して朝貢していたから。
これは沖縄だけの特徴。
朝鮮も南蛮諸国も
基本的には自国の産物が大半。
沖縄は逆で大半が輸入品。
乞食の癖に見栄っ張りなんだよね。
まあ中国としては属国の懐具合とか
知ったこっちゃないから
良い品を朝貢する奴は尊重してやるわけだ。

200マンセー名無しさん2019/03/15(金) 20:48:41.47ID:DQsYFeq0
188マンセー名無しさん2019/03/06(水) 19:57:02.28ID:d+x6xyXO
最大の違いは日本は
伝統的に冊封拒否、
冊封されるのは恥という考えが
一貫して存在する事だね。

  >>197 マンセー名無しさん2019/03/14(木) 18:21:34.67ID:LBvdjO52
  というか保守派とかネトウヨ仕種してるのに中国からの下賜品自慢しちゃいかんでしょw

歴史の事実を卑下に使うパヨくんであった。

201マンセー名無しさん2019/03/21(木) 17:46:18.46ID:wXe//LrE
台湾大の琉球人骨、沖縄県へ返還 全63体が県埋蔵文化財センターに
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/399063

202マンセー名無しさん2019/03/29(金) 20:21:28.98ID:GOL0+x6l
先島とかじゃまだやってんだっけ?

琉球弧の伝統的な葬法「洗骨」の貴重な写真見つかる 1977年撮影、沖縄本島では最後の方か
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/401932

203マンセー名無しさん2019/03/29(金) 21:59:14.37ID:+yRQvQMH
保健所は非推奨だし、
面倒くさいから今はやってるところは
ほとんどないはず。

慣習だから、
やってもペナルティは無いはずだが、
ただただ面倒くさい

204マンセー名無しさん2019/03/31(日) 16:29:00.17ID:5LdyqkUE
◆ 「工作活動で体制変える」 中国人漫画家が警鐘鳴らす

日本沖縄政策研究フォーラム(仲村覚理事)は30日、浦添市内で全沖縄国連先住民族勧告撤回大会を開催、中国人漫画家の孫向文氏が講演した。
孫氏は、親戚が2010年ごろに参加した沖縄へのクルーズ船の中で、沖縄の説明があった際、「中国人女性が琉球の歴史に触れ、『(沖縄は)日本が中国から奪った』とウソの歴史を話していた」と説明し、政治関心のない親戚も洗脳されたと主張した。

那覇市のクルーズバースからも見える若狭の「龍柱」なども問題視。
中国人ツアー客らは県内で中国の影響が強い施設のみを巡るため「クルーズ船内で話した内容が証明されてしまう」とし、危機感を示した。

孫氏は中国の国内事情も説明。共産党の一党独裁に反対し、民主化を求めるも人もいると紹介。
ただ、「民主化しても反日を続けるかもしれない」と分析し、民主派の中には、中華思想が強く尖閣諸島の領有権を主張し続ける可能性がある一派もいるとした。

中国共産党はプロパガンダや工作活動を合法・非合法に関わらず行うと説明。
相手国の法律に従って「工作員を政治家にする」と問題視。

「中国共産党は、民主主義の方法を悪用して、その国の民主主義をつぶす」と述べ、合法的に工作活動を行い政治体制を変えてしまう可能性があると警鐘を鳴らした。
大会では、仲村氏の講演なども行われた。

国連が出した沖縄県民が先住民族であるとする勧告の撤回を求める決議書も採択された。
国連への人員派遣や、県議会や県内市町村議会での撤回要請決議の採択、基金の設立などが決議された。

(写真)講演した孫氏。
祖国である中国にいる親戚に危害が及ぶ危険があるため、狐の面を被り活動している=30日、浦添市産業振興センター
http://www.yaeyama-nippo.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/03/20190331_chuugokujinnmanngakagakeishou.jpg

八重山日報 2019/3/31
http://www.yaeyama-nippo.co.jp/archives/6138

205マンセー名無しさん2019/04/01(月) 17:51:35.67ID:apoNi0zJ
※個人の意見です

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-896730.html
【島人の目】苦難覚悟で沖縄独立も 2019年3月31日

幸い沖縄には、大国の間隙(かんげき)を縫って独立を保った奇跡のミニ国家、琉球王国の伝統とノウハウがある。それを生かせば道が開けるだろう。
だが沖縄が目指すべきは断じて琉球王国の再興ではない。琉球王国とは何か? それは過去の世界の国々と同様の、未開で野蛮な独裁国家にすぎない。
琉球王国の場合は、その上に「ミニチュアの」という枕詞(まくらことば)が付くだけだ。未開の、超ミニチュアの独裁国家が琉球王国である。

沖縄はそんな邪悪な国家体制を目標にしてはならない。独立沖縄は民主主義体制の、貧しくても「明るい沖縄共和国」であるべきだ。

(仲宗根雅則、在イタリア、TVディレクター)

206マンセー名無しさん2019/04/03(水) 15:42:40.41ID:+ZYzbDnW
八重山日報って廃刊したんだっけ

207マンセー名無しさん2019/04/03(水) 18:03:58.18ID:zwRaU4jA
廃止って本島版でしょ?
そりゃ続けられるわけもない

産経ですら全国紙の看板下ろして関西に引きこもって生き残りかける状況なのに
産経は実際見るとわかるけど紙面(ページ数)も中身(特に国際面はおそらく以前の1/4くらい?)も薄くなってんのよね

よく朝日とかが言われる不動産業でもしっかりしてなきゃ

208マンセー名無しさん2019/04/04(木) 11:22:15.06ID:Tee45ycA
福島 栄寿:明治初年琉球の真宗布教― 「真宗法難事件」と廃琉置県(琉球処分) ―
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/660/660PDF/fukushima.pdf

この紀要論文には新事実を明らかにするような貢献はおそらくない。
旧知の事項をなぞって、「普天間ガー」という演説を前後に挟んだだけの代物だ。

209マンセー名無しさん2019/04/04(木) 14:42:10.71ID:xVWYVeM/
大谷大学の教授ねえ・・わかりやすい人だったw

http://www.otani.ac.jp/kyouin/nab3mq0000012pql.html
日々の学修活動を通して見つけた課題をもって様々な文献・史料を読み込み、時にはゆかりの場所をフィールドワークし、
学生自らが成長を実感できる学びを体験してもらいたいと考えています。研修旅行として、2014年度は沖縄(辺野古、摩文仁丘など)、
2015年度は長崎(軍艦島など)、2016年度は広島(原爆ドーム、毒ガス島など)を企画し、多くのゼミ生が参加しました。
ゼミでは2年生時から各自のテーマを見つけることから始め、一歩ずつ卒論作成に向けて取組みます。

210マンセー名無しさん2019/04/10(水) 00:20:32.98ID:9p1t5eVZ
徳之島で奄美最古の土器が出土か
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20190409/5050006105.html
徳之島の天城町にある遺跡で、およそ1万3800年前とみられる地層から、
この時代の物とみられる土器の破片が見つかりました。
人が暮らしていた痕跡としては、奄美群島で最も古いとみられ、
この地域で、土器文化の始まりを解き明かす発見として期待されています。

これまで奄美群島の土器は、およそ7000年前のものが見つかっており、
日本列島の中でも遅れて伝わったとされていましたが、
今回の発見で、本土とほぼ同じ時期に土器が使用されていた可能性や、
南九州と交流していた可能性も出てきたとしています。

211マンセー名無しさん2019/04/11(木) 01:10:39.27ID:XlAW2FMk
>>209
タイムリーな記事が。
圧倒的に優秀でも職を得られず
その一方で僧籍をもってたらボンクラでも教授様。
それが日本の仏教研究

文系の博士課程「進むと破滅」 ある女性研究者の自死
https://www.asahi.com/articles/ASM461CLKM45ULBJ01M.html
大きな研究成果を上げ、将来を期待されていたにもかかわらず、
多くの大学に就職を断られて追い詰められた女性が、43歳で自ら命を絶った。
日本仏教を研究してきた西村玲(りょう)さんは、2016年2月に亡くなった。

212マンセー名無しさん2019/04/12(金) 13:03:18.78ID:o8wZ2m5/
首相官邸 平成31年4月8日 琉球泡盛の贈呈
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201904/08awamori.html


なんで原材料がタイ米なんですかね?
戦前や江戸時代も輸入していたんだろうか

213マンセー名無しさん2019/04/12(金) 13:06:30.03ID:o8wZ2m5/
産経新聞 【萌える日本史講座】琉球王国、世継ぎの屋敷跡発掘 沖縄戦・米爆撃の跡も
https://www.sankei.com/west/news/190411/wst1904110001-n1.html

214マンセー名無しさん2019/04/12(金) 21:23:53.92ID:u+HLL1zy
・韓国発祥キムチのルーツ、歴史が意外と浅い。

日本が朝鮮を併合した時、「道端で糞をするのを禁じた」。
それまで、当たり前のように道端で小便や大便を していたのができなくなったため、家の中に
するようになったが、穴を掘っても一杯になる。だから、次々と穴を掘っては埋めていた。
「ここに漬物のツボもあり、当然ウジが沸く。彼らは糞菌耐性がある。それで、気休めの殺菌の
為、日本から来た唐辛子を入れて 食べるようになった。」 これがキムチの成り立ちだ。

215マンセー名無しさん2019/04/12(金) 21:24:36.12ID:u+HLL1zy
李氏朝鮮の繁殖は、人間の女を誘拐して無理やりはらませるという洞窟亜人(山葡萄原人)。

朝鮮人と言うのは、近親相関を繰り返してきた民族。これは、遺伝子情報を解き明かすことが出来る
現代において、逃れようがない事実だ。

1、【韓国人の遺伝子の特徴について】
米人類学者Cavalii−Sforzaの遺伝子勾配データによれば、朝鮮人は、世界でも類を見ないほど均一な
DNA塩基配列の持ち主であり、これは過去において大きなGenetic Drift(少数の人間が近親相姦を重
ねて今の人口動態を形成)かあるいは近親相姦を日常的に繰り返す文化の持ち主だった事を表します

2、【ドイツで人類のゲノム解析している大学教授の話】
朝鮮民族は近親相姦のものと思われるゲノム上の痕跡(修正不能)が多すぎて、他の民族では考えられない
異常な近親相姦を、民族として繰り返してたと思われる。あまりにショッキングで常軌を逸した内容なので、
そのゲノムの発表は出来ない。また、朝鮮人男性の40%に発症すると言われる統合失調症も、それが原因
である可能性が大きい。異常な民族と言わざるを得ない。

近親相姦が、遺伝子的な疾患を起こす原因だというのは、現在では報道はしないが、ネットの力で皆に知られ
ている。火病もそれにあたり前頭葉が機能していない障害で感情が抑えられなくなる。
彼らは、これを李氏朝鮮を含め約600年程と繰り返してきた。
外からの血が入ると、その群れの中では、飛びぬけて優秀な個体が生まれることがある。朝鮮の為政者たちは
これを知っていた。だから、日本人が狙われたのだ。これは朝鮮の檀君神話と繋がる話だ。

216マンセー名無しさん2019/04/12(金) 21:36:58.59ID:C0V95o4P
sage

217マンセー名無しさん2019/04/13(土) 18:34:56.81ID:2ajgpiG3
>>214 【ID:u+HLL1zy】 道端で小便や大便をした
>>215 【ID:u+HLL1zy】 だから、日本人
  https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/korea/1374332530/32

218マンセー名無しさん2019/04/20(土) 17:14:17.20ID:QFtJmrP1
最近は 琉球 でニュース検索するとほとんどJ2サッカーチームの話ばっかだから
あんま歴史関係のはでてこないね

219マンセー名無しさん2019/04/26(金) 18:14:14.94ID:yRt/cg0G
プレジデントオンライン
京都大学が盗掘した琉球人骨を返さぬワケ
政府や旧帝大関係者も絶対認めない
https://president.jp/articles/-/28508


左翼系ライターですね

220マンセー名無しさん2019/04/26(金) 18:51:54.15ID:4SLqnHZh
清朝皇帝への朝貢時の服装など
  琉球王、、朱色の服に来て、馬車に乗って北京に入る
  朝鮮王、、黒色の服を着て、歩いて北京に入る
説明すると、香港映画の「キョンシー」の主人公は黒色の服を着ているように、
黒色の服=清朝皇帝の末端の家来 と言う意味ですし、家来が馬車に乗るなんて身の程知らずとなる。

221マンセー名無しさん2019/04/27(土) 17:51:12.05ID:KjTCo7lM
清朝の官服ってどんなんか知ってる?
つか本人が直接北京詣でしてたとか思ってる?

なんJとかってひとたち、頭悪いんじゃないの?

222マンセー名無しさん2019/04/30(火) 18:01:43.53ID:u7pNHEgf
特別企画展 「琉球の美」岡崎市美術館

会期:平成31(2019)年6月1日(土曜日)から7月15日(月曜日・祝日)
http://www.city.okazaki.lg.jp/museum/exhibition/openexhibition/p023824.html
>本展では、当館所蔵の志賀コレクションの中から、首里城に掲げられていた扁額をあわせてご紹介します。
>これは岡崎出身の地理学者である志賀重ミが沖縄から持ち帰ったもので、太平洋戦争の戦禍のために灰塵に
>帰してしまった首里城の歴史を現在に伝える貴重な資料です。

へー、そんなんあったんだ

223マンセー名無しさん2019/05/04(土) 14:27:56.93ID:A2rD0bXX

224マンセー名無しさん2019/05/05(日) 02:14:31.36ID:oM5Zxa2B
高梨修は昔は奄美の考古学について重要な仕事をしていたと思うんだけど
最近書いているものは振り返りばかりでまったく新情報がない。
いつのまにか奄美博物館の館長になっているし、忙しいのかな。

225マンセー名無しさん2019/05/05(日) 09:42:21.74ID:jk1fUrHD
そりゃ館長業務が忙しいんでしょ

でも>>136みたいな面白そうなこともやってるようだし、発表もこれからじゃないの
ニライカナイの原型が大島から見た喜界島ってのが論文化できるかわからないけどさ

226マンセー名無しさん2019/05/07(火) 02:06:07.17ID:BRCQ5bDz
ふと気付いたんだけど、沖縄県の考古学者は県レベルの組織に所属していて
奄美の考古学者は市町村の組織に所属してないか?
高梨氏も喜界については他人の調査報告に頼っているし。
縄張りが小さいとできることに限界があるんじゃない

227マンセー名無しさん2019/05/07(火) 17:53:52.46ID:wcyUuqPQ
宮古八重山とかの離島の自治体資料館学芸員も漏れなく県レベルの組織に入ってる?

沖縄は補助金含めて色々特殊そうだけどさ

228マンセー名無しさん2019/05/16(木) 00:34:12.01ID:tkcHBe/D
沖縄県には県立の埋蔵文化財センターがあるけど鹿児島県にもあったっけ?
奄美で発掘したりするような

229マンセー名無しさん2019/05/16(木) 12:02:20.29ID:ahfhc6L5
琉球は王国だから、朱色の服て馬車に乗って朝貢した
朝鮮は家臣だから、黒色の服で荷を担ぎ徒歩で朝貢した

230マンセー名無しさん2019/05/17(金) 03:47:12.23ID:ugqUp6T3
・李氏朝鮮王が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと

231マンセー名無しさん2019/05/17(金) 06:15:10.23ID:cT7Ixzjh
清の序列では朝鮮の方が格上では?

232マンセー名無しさん2019/05/18(土) 12:11:15.88ID:Xr3Y+P5s
>>230

清国から冊封使の品位は、朝鮮に対しては正三品以上(大臣級)。越南や琉球に対しては正五品以下従七品以上(課長級)であった

原田環「東アジアの国際関係とその近代化―朝鮮と越南―」
http://www.jkcf.or.jp/history_arch/first/3/02-0j_harada_j.pdf

233マンセー名無しさん2019/05/18(土) 12:37:37.36ID:Xr3Y+P5s
まあこういうのも読んでみようよ

岡本,弘道『明朝における朝貢國琉球の位置附けとその變化 : 一四・一五世紀を中心に』
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/155232/1/jor057_4_587.pdf

岡本,弘道『近世琉球の国際的位置と対日・対清外交』
https://kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/bitstream/10112/6271/1/8-OKAMOTO%20Hiromichi.pdf

岡本,弘道『朝貢国・琉球における「朝貢」と「貿易」』
http://www.chikyu.ac.jp/sociosys/PDF/okamoto-01.pdf

234マンセー名無しさん2019/05/18(土) 22:09:53.71ID:uiAeEZ6k
・朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること(ツングース民族エベンギ人とわい人の混血が土台)

・竹島が古代から一貫して日本の領土であったこと
・高麗の時代には、済州島は元の直轄地で、元の領土だったこと
・李氏朝鮮王が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと
・李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人
の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと

・稲作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
・唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと(足袋(たび)に入れて足を温めるものとして
朝鮮半島に持ち込まれたのが唐辛子)
・テーブルで肉を焼く料理法は戦後、日本から韓国に伝わったこと
・文盲だった朝鮮人にハングルを教えることにしてハングルを広めたのは日本人であること

・朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
・朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上していたこと

235マンセー名無しさん2019/05/19(日) 05:15:39.46ID:6c5h74fK
高麗棒子(こうらいぼうし/고려봉자)
韓 棒子(한봉자)は、主に中国人が使う韓国・朝鮮人の蔑称。
中華圏では認知度の高い語彙で多用されるが、侮蔑語であるため
現在でも中華人民共和国に住む「朝鮮族」は、この言葉を嫌っている。

236マンセー名無しさん2019/05/19(日) 17:32:15.63ID:6kQaVuyH
奄美は沖縄の傘下から離れられないのか・・

https://twitter.com/synreisoundspal/status/1129540465210974208
これね、私が高校生ぐらいの頃まで奄美の人は「ドーナツ」って言ってたはずだけど
いつからアンダギになったんだろう。あと、ニガウリいつからゴーヤになったんだろう。
シマのおばあちゃんのことをいつから「おばぁ」って言うようになったんだろう。

多分だけど移住とか観光で来る人達が「奄美と沖縄近いから沖縄の呼び方しなきゃ」って
使ったのを島の人が「おい、ドーナツじゃなくてアンダギっち言った方が内地の人に
売れるかもど」って思って使い始めたのが最初かもなー。「おばぁ」は今んとこ地元民は
使っていないけど私は甥っ子に「おじぃ」て呼ば

10年前に奄美に戻ってきて、一番驚いたのが、乾杯の時に「はなはな〜」って言う。いや、昔は
そんなこと言わんかったぞ。なんだそれ。と思った^^

私も島に帰ってきた時いきなり聞いた言葉だったのでびっくりしました。調べてみたら元々は
八重山地方の乾杯の挨拶だとか・・・
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

237マンセー名無しさん2019/05/19(日) 19:31:50.80ID:vuhj0a1R
原因はその人が言う通りだろうよ
沖縄だって、沖縄返還から半世紀、内地からの観光客が想像する沖縄を演じ続けていて、
その間に世代も交代して、最初はフィクションだったものを内面化してきたわけだ
内地と違う沖縄って自意識に観光が与えた影響は無視できない

238マンセー名無しさん2019/05/21(火) 08:46:57.33ID:6vHkqw9f
琉球は王国だから、朱色の服て馬車に乗って朝貢した
朝鮮は家臣だから、黒色の服で荷を担ぎ徒歩で朝貢した

239マンセー名無しさん2019/05/22(水) 23:34:17.74ID:ctkSaVzE
なぜ薩摩藩は琉球を攻めたのか?〜島津の思惑、幕府の計算
5/22(水) 12:09配信 歴史街道
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190522-00010000-php_r-pol&p=1

240マンセー名無しさん2019/05/24(金) 18:09:38.57ID:/flHw1pE
まあ、こういうことよ。

皮弁冠
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%AE%E5%BC%81%E5%86%A0
>皮弁冠服は明朝までの中国の君主が儀式や朝謁に着用した装束で、明では皇帝・皇太子・親王・世子・郡王に限られ、また冊封関係にある外国君主に下賜された。
>東アジアでは明に冊封を受けた朝鮮国王や、日本国王に冊封された足利将軍は親王クラスの皮弁冠服であった(朝鮮の役講和で豊臣秀吉に贈られたものは郡王クラス)。

>琉球国王は明の郡王とほぼ同列に扱われ、金銀玉をとめた七縫の筋の冠を着用したが、1755年に中国の皇帝の冠と同じ12縫の冠とし、玉の数を266個にした。[3][4]
>これはそれまでの華夷秩序からすれば極めて思い上がった不遜な行為であるが、琉球は1644年に明が滅んだ後に1663年から清朝の冊封を受けたものの、清では
>その衣冠制度を満州族の装束に改め(剃髮易服)、それ以前の中国伝統の衣冠を廃止して採用しなかったことから、問題視はされなかった。

241マンセー名無しさん2019/05/25(土) 09:41:11.97ID:nC7R6FTY
>>233
中継貿易でウハウハ論が
中山の実像を見誤らせる一番の要因。
朝貢はやってたが、
そもそも中継貿易やってたの?ってのが一番のポイントだが。

とりあえず一番上の論文で
1450年頃にはフトウ貨物の値付けが改定されて
安く買いたたかれるようになったと
認められているのは重要。
これ以前も怪しいところだが
少なくともこれ以降は確実に赤字でしょう。
16世紀の夏子陽の報告に至っては
完全に赤字で
本人のためにも朝貢回数を制限してやるべきだ、
と述べられている。
輸入品が多いというのもこの論文でも
夏子陽の報告でも共通して認められている点だ。
夏子陽はこれも赤字の原因だと述べているね。

朝貢が多いのが優遇とかいう妄論は
少なくとも1450年以降に関しては明らかな間違い。

権威を保ち、領国内の静謐・平和を守るための
正当性、大義名分が必要という人間的な観点が
これまでの沖縄史には欠けている。
沖縄人はすべからく貿易利益を追求していたというのが
これまでのアイデアだが実像とはかけ離れている。
こういったカネへの妄信はマルクス主義の影響かな?

242マンセー名無しさん2019/05/25(土) 09:42:04.87ID:nC7R6FTY
忠導氏家譜には、空広の考えとして
余剰物資があることが内乱の原因なので
余剰物資を中山に朝貢することが
平和につながるという理論が示されている
中山の朝貢に対する意識も
この延長線上に位置づけられるべきだ。
余剰物資があるのはまずいので
消費しないといけないというのは
全く珍しいものではなく世界史的にもごく一般的なもの。
ピラミッド作ったりするのも同じ目的だ。

243マンセー名無しさん2019/05/29(水) 18:04:53.06ID:wZdbbh1b
室町幕府への遣使、本土との交易はどういう扱いになんのかな?
いままでだとそれも儲かる中継貿易と言われてたような

244マンセー名無しさん2019/05/29(水) 22:35:04.68ID:l0I9CEtl
そもそも室町将軍への進貢について王府側に記録が残ってたっけ?
少なくとも中山世鑑には言及がなかったような

245マンセー名無しさん2019/05/30(木) 02:06:16.02ID:xUiCt4Wo
朝鮮の恥ずかしい技術の無さ!
朝鮮史の基礎史料とされる『朝鮮王朝実録』の世宗王の巻には、通信使として1429年に
日本に渡った重臣、朴 瑞生の報告が載っている。

・朴 瑞生が特に力を入れた報告は、室町時代の日本の農村で見た揚水水車だった。
配下の学生に作り方を学ばせ、王には模型まで提出し、「願わくは、わが村々でも、
この模型に沿って水車を製作し、灌漑に利用されんことを…」と進言する。

・言は容れられた。が、どう頑張っても揚水水車を作れない。次の王、その次の王の
時代にも水車を作ろうとするができない。「曲げ木」の技術もなかったとされるが、
水が漏れない桶や樽も作れないから、『古今笑叢』(高麗から李王朝初期にかけての
艶笑話を集めた漢文の本)には、女たちが重たい甕(かめ)を頭の上に載せて水運びを
している様子が頻繁に出てくる。

・朴 瑞生の報告から334年、第11次の朝鮮通信使に随行する書記として日本に行った
金 仁謙が、旅行中の感想などを書きまとめたのが『日東壮遊歌』だ。その中で、
金 仁謙は淀川にあった水車の見事さに感服し、「見習ってつくりたい」と述べている。
つまり、最初の挑戦から334年経っても、朝鮮半島の木工技術では揚水水車を作れなかったのだ。

246マンセー名無しさん2019/06/04(火) 18:08:12.93ID:9t7QPz+h

247マンセー名無しさん2019/06/04(火) 23:57:20.29ID:DEKGhNYY
在日一世は、韓国、日本国籍が無く無国籍であった。
一世は韓国名で過ごしていたが、二世、三世は日本育ちの為
日本人に成りすました方が生活しやすいよう、
外国人登録票に「通名=偽名」欄があったが、改正外国人登録法により
★特別永住者証に切り替わってからは「通名」欄が削除された。★

国籍を持たない在日は、今まで市町村に住民票が無く引っ越しも自由であったし
「通名を3個持ち」3数か所の市役所等から「生ぽ」を3重に貰っていたことが発覚し、
在日にも日本国民と同じく「住民票登録」して「本名+通名1つ」だけ認められた
これにより国籍と住所が確定して、マイナンバーで住民票と銀行口座が紐付きとなり、
「生ぽを3か所の市町村から不正受給を防止」できるようになった。

在日の引っ越しも日本国民と同じく、元居た住所の転出届が無いと、引っ越し先の
市町村では住民票の移動ができす転入できなくなった。

248マンセー名無しさん2019/06/06(木) 15:47:23.28ID:w+kaoQkA
琉球は王国だから、朱色の服て馬車に乗って朝貢した
朝鮮は家臣だから、黒色の服で荷を担ぎ徒歩で朝貢した

249マンセー名無しさん2019/06/07(金) 22:32:49.80ID:SGGbqqrK
本土人との交易の第一は
鉄などの生活必需品の入手。
これは基本的に本土人が来る形で行われていた。
ショウハシが与那原で鉄を買ったのも日本船から。
中国からの品物は基本的に贅沢品ばかりで
食えないものばかり。
ショウハシ以降も鉄などは基本的に
日本から入手していたものと思われる。
琉球入ノ記には、琉球は日本と中国の
通ゆうの場であると書かれている。
すなわち日本人と中国人の交易の場。
琉球人の購買力などは二義的なもの。

第二には朝貢品を買うため。
これは恐らく、もともとは
琉球船が内地に行く形で行われていた。
ショウハシ時代には、露骨に中国側が
商品まで指定して買いに行かせている。
琉球人といわず琉球船というのは、
実際にはこれも日本人商人に委託されていたと
思われるため

250マンセー名無しさん2019/06/07(金) 22:40:25.28ID:SGGbqqrK
室町幕府への遣使については、
交易の視点から語るのは間違い。
それもあったかもしれないが
あくまで二義的なもの。
他国との外交を持つこと自体が
権威の表現になる。
赤字なのに中国に朝貢続けていたのと同じこと。
現代の我が国だって
大使の引見式で黒字出そうとはしないでしょ。

251マンセー名無しさん2019/06/07(金) 22:55:50.29ID:SGGbqqrK
中国との交易の利がどうのとか
良く言われるけど、
そもそもショウハシは
日本船とは交易してたが、
中国とは交易も朝貢もしてなかったのに
あっさり中山を降伏させたからね。
中国と交易してたら何かスーパーな力が
保証されるというのはただの妄想です。
布や絹は食えません。
さらにショウシショウは、
朝貢してる三山の王を、
犬同然と見下してる。
朝貢してるってだけでは
権威を獲得するには全く不足ってこと。
ショウハシも結局は朝貢引き継いでるので
天下をとってからは
やった方がベターなのは確かではあるが、
天下をとるのには何の関係もないというのを
ショウハシが証明している

252マンセー名無しさん2019/06/08(土) 11:15:50.84ID:YaawXmMy
自称半万年の歴史を誇る韓国の実態

・属国として歩んできた歴史であること<漢民族・華夏族(秦)・モンゴル民族(元)・満洲族、
女真人(清)>のどの民族からも朝鮮民族は格下扱いされてきたこと。

・中国の属国になってから、みずから改名して、中国語の姓名であること
・秀吉の朝鮮出兵が日本と明の戦争であったこと(李氏朝鮮の軍は明の軍の指揮下に入り、和平交渉も
 日本と明の間で行われた)
・李氏朝鮮王が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
・清から、李氏朝鮮が琉球とベトナムよりも格下に扱われていたこと

253マンセー名無しさん2019/06/09(日) 10:52:37.83ID:yD1asdTk
朝鮮は常に属国間序列一位。
このスレでは常識だが念のため。

254マンセー名無しさん2019/06/09(日) 21:09:16.96ID:GvJhbEv3
清より、李氏朝鮮は、
琉球や越より格下に扱われていました。

255マンセー名無しさん2019/06/11(火) 07:50:07.17ID:QvrDatFA
香港映画のキョンシーが黒い服を着ているように
朝鮮は家臣だから、黒色の服で荷を担ぎ徒歩で朝貢した

琉球は王国だから、朱色の服て馬車に乗って朝貢した

256マンセー名無しさん2019/06/14(金) 18:30:24.78ID:fylh/Twg
まあ今更な論文だな
韓国では今まで俎上にも上らなかったんだろうか

東亜日報「皇帝」を「諸侯」に、朝鮮王朝が「高麗」の記録を書き直した
http://www.donga.com/jp/List/article/all/20190612/1758504/1/
朝鮮初期に編纂された『高麗史』が事大名分論の影響で高麗の皇帝国制度を諸侯国の制度に格下げして叙述したという研究が発表された。

慮明鎬(ノ・ミョンホ)ソウル大学名誉教授は、新刊『高麗史と高麗史節要の史料的特性』(知識産業社・2万2千ウォン)で、「歴史学界は、
『高麗史』編纂の直書の原則と客観性を過度に評価し、高麗の皇帝制度を十分に認識できない結果を生んだ」と指摘した。

257マンセー名無しさん2019/06/17(月) 17:38:30.00ID:kvhSpBIh
基地の話「封じ」は差別 生存権に関わる問題 <寄稿・追い出された経験から>野村浩也広島修道大教授
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-936425.html

龍谷の松嶋とかもこういう基地外行為を京都でやってるんだろうか?
すごい排他的な民族主義だよね

258マンセー名無しさん2019/06/23(日) 15:47:50.47ID:BCyFfd8N
香港映画のキョンシーが黒い服を着ているように

朝鮮は家臣だから、黒色の服で荷を担ぎ徒歩で朝貢した

琉球は王国だから、朱色の服て籠に乗って朝貢した

259マンセー名無しさん2019/06/29(土) 17:29:55.33ID:XBx5bugV
コピペの人はどういう経緯なのかな。

260マンセー名無しさん2019/07/07(日) 12:41:12.25ID:xq9O3zdt
南琉球最古の土器の謎 琉球大学の研究
財経新聞2019年7月2日
https://www.zaikei.co.jp/article/20190702/518830.html
南琉球というのは宮古・八重山諸島を指す言葉である。この時代のもっとも古い土器から見出されたこの地域の先史時代の特徴について、
琉球大学が新たな仮説の提唱を行った。

今回の研究に関わるのは、石垣島の東部沿岸にある白保竿根田原洞穴遺跡である。近年の発掘調査で約2万8,000年前の人骨が発見され、
大きな話題になった。

またこの遺跡では、ほかに約1万年前のものとみられる土器も見つかっている。これは南琉球における、発見されている限り最古の土器である。

前述の事情から、3万年前の南琉球に人類が到達していたことは確かなのだが、いっぽう1万年前から4,800年前にかけて、人が居住した
痕跡が確認できない時期が存在していた。

4,800年前になると、道具や食糧残滓などの遺跡史料から、「下田原期」と呼ばれる文化が生まれていたことが分かっている。これについては、
石器や土器、貝製品や動物の骨、牙を使った骨角器が発見されている。そして約3,600年前まではこの文化が継続していたことが確認されている。

これと同時代に、北琉球すなわち沖縄島を中心とした諸島部では、「貝塚時代」と呼ばれる文化が興っていた。この北琉球の文化と下田原期の
文化は大きく異なっており、南琉球の文化は、台湾などより南方から来たものではないかと考えられてきた。

しかし1万年前の土器の発見は、その定説を覆すことになる。まず、この1万年前の土器が本当に真性の考古学遺物なのかどうかを
考えなければならないが、その点は検討の結果、真性と認められると考えられるという。またこの土器について詳細に検討したところ、下田原期
最古の土器との間に共通特徴が認められた。

以上のことから、「空白期間」についての謎は解けてはいないものの、この1万年前の土器を生み出した文化と下田原期の間に何らかの関係が
あることが示唆される、というのが今回紹介した研究の結論である。

なお、研究の詳細はJournal of Archaeological Science: Reportsに掲載されている。(記事:藤沢文太

261マンセー名無しさん2019/07/19(金) 22:47:57.26ID:ZENHqTAN
朝鮮人漂流者が琉球の軍装を見て、お面をつけてるとか何とかいったってのは李朝実録でしたっけ?

262マンセー名無しさん2019/07/20(土) 00:17:10.74ID:y++tACSF
成祖8年2月16日条を参照のこと

263マンセー名無しさん2019/07/20(土) 08:28:50.65ID:y++tACSF
間違えた
世祖でした

264マンセー名無しさん2019/07/23(火) 22:16:00.02ID:w5jDH4Ik
ありがとうございます。これですね。というか例のブログで以前見たような気がしたんですが、消された前のブログだったかな?

>軍士留宿焉、朝會及罪囚鞫問時、軍士着甲侍衛、又着面甲如假面形、以鐵作兩角、?如鹿角、沃以金銀。以鐵作行縢、束其兩脚。

265マンセー名無しさん2019/08/05(月) 22:34:42.69ID:77dxtr8Y

266マンセー名無しさん2019/08/05(月) 22:40:22.22ID:5LfVjybS
>254
そりゃ当たり前すぎるわ
李朝は属国、ただの植民地だから

267マンセー名無しさん2019/08/05(月) 22:55:58.07ID:izsLMsT7
朝鮮琉球ベトナムの清の朝貢国格付けでは朝鮮が一番上だったはずけど

268マンセー名無しさん2019/08/06(火) 18:24:05.52ID:iE9eEbu6
>>265
ざっと眺めてみた分では反日コリアンの日本ディスをRTしていたりなんだり、沖縄ナショナリズムをこじらせるとやはりそちら方面の
頭の中身になっていくんだなあ

269マンセー名無しさん2019/08/07(水) 22:43:22.46ID:+8T0cgHy
朝鮮が常に序列一位なのは確かな事実。
そもそも琉球みたいな
資源ゼロ、加工技術ゼロの
原始時代国家と比較するのも
失礼なレベルの工業国だからね。
腐っても中国、日本に次ぐ
東アジアの三番手だし。
中国はバカじゃないから
それに応じた扱いをします。

つか琉球ごときがベトナムなどと
同列に扱われている事実ですら
十分おかしい。
日本から借金して不相応な
南方の産物や日本の産物を
購入して朝貢してるから
身の丈よりいい扱いになるわけだね。

270マンセー名無しさん2019/08/07(水) 22:43:24.40ID:+8T0cgHy
朝鮮が常に序列一位なのは確かな事実。
そもそも琉球みたいな
資源ゼロ、加工技術ゼロの
原始時代国家と比較するのも
失礼なレベルの工業国だからね。
腐っても中国、日本に次ぐ
東アジアの三番手だし。
中国はバカじゃないから
それに応じた扱いをします。

つか琉球ごときがベトナムなどと
同列に扱われている事実ですら
十分おかしい。
日本から借金して不相応な
南方の産物や日本の産物を
購入して朝貢してるから
身の丈よりいい扱いになるわけだね。

271マンセー名無しさん2019/08/07(水) 22:48:09.56ID:+8T0cgHy
武装に関しては、
ショウハシ王統とショウエン王統を
同列に見るべきではない。
ショウハシ王統に関しては、
朝鮮王朝実録にも
朝鮮と大差ないと述べられているし、
ショウトクが八幡大菩薩を崇めるなど
内地の武士文化を受容している。
大島に軍隊が常駐して
毎年喜界島を攻撃したり、
年一回王族が主催して
軍事演習するなど
好戦的な国家だった。

272マンセー名無しさん2019/08/07(水) 22:56:40.28ID:+8T0cgHy
ショウハシ王統であれば
内地に準じた装備をしていても
おかしくない。
一方、ショウエン王統に関しては、
より貧弱なものを想定すべき。
根本的に弱くなってる。
北進が停止してるし、
大島も何度も離叛を試みてる
戦士文化も失われて行動規範がなくなり
残虐化してる。

実際朝鮮実録にも、
ショウシンのパレードで
従者の装備は脛当てだけで
鎧の記録はないし、
尚寧代の使琉球録では
剣も碌になく
弓もショボいと指摘している

273マンセー名無しさん2019/08/07(水) 23:07:09.22ID:+8T0cgHy
ショウエン王統に関しては
鎧は着せるべきではない。
記録がないからね。
脛当てはつけてよい。
上層部はポン刀くらいは
持たせていいかもしれないが
そのほかは棍棒や山刀がせいぜいだ。

まあショウハシ代の北朝鮮みたいな
先軍政治が嫌で
反乱起こしたんだろうし、
どうせ離島いじめや百姓いじめ
できれば十分なわけで
であれば武器以外に金を使いたい
というのは悪くない考えだと思うけどね。
ショウハシ王統が
いきがっておれたのも
結局は内地の勢力がまともに
相手にしてないからであって、
まともに衝突してたら即死決定だし。

274マンセー名無しさん2019/08/13(火) 21:37:05.49ID:5ot/yQ27
第一尚氏時代の出土品しかないんだっけ?

本土だって平和な江戸時代の城の発掘で鎧のかけらなんて見つからないだろうしね

275マンセー名無しさん2019/08/24(土) 14:03:53.49ID:IwfJtHsx
http://www.miyakomainichi.com/2019/07/122320/
【行雲流水】(知られざる琉球の歴史文化)

宮里朝光(琉球歴史研究家・御茶屋御殿復元期成会会長)の著書『知られざる琉球の歴史文化』上巻、下巻が刊行された

▼日本では、山は富士山のような高い所をいうが、沖縄では、低くても木々の生い茂る所をヤマという。このように、文字は同じでも内容が違うことが多い。
歴史や文化についても同様である。しかし、琉球の歴史を日本の歴史とオーバーラップさせて日本の歴史同様に考えがちである。そこで、
琉球の歴史文化の神髄を知って、それを土台に新しい文化の創造に結び付けたいというのが著者の発想の原点である

▼著書によると、琉球の政治は、選挙と会議で運用され、役員は科(公務員採用試験)や推薦で選ばれた。会議では地位に関係なく全員敬語を遣った。
相手の人権を重んじ、自由に発言させるためであった。また、国防機関はなく、武器携帯は禁じられ、役人は文官だけで、武官(武士)はいなかった。
貿易立国を掲げ、外交交渉で周辺国間の平和を維持した

▼標準語は敬語を重視する首里語で、地位に関係なく、按司(大名)でも年上の百姓の使用人にも敬語を遣った

▼周辺国からは文化国家と認められていた。また冊封制度下でも、石碑の表には琉球文を刻し、冊封使(中国国王勅使)に見せるための漢文は
裏面に刻んだ。琉球が自国の文化にいかに誇りをもっていたかを示している

▼薩摩の侵攻以降、さまざまな矛盾も露呈するが、戦後日本が目指した平和で民主的な文化国家建設の先がけとも言える琉球(沖縄)
の伝統は誇り得るものである。(空)

276マンセー名無しさん2019/08/24(土) 14:14:41.74ID:AFGkjW+r
>>231
属国ランキング
琉球 > ベトナム > 朝鮮

277マンセー名無しさん2019/08/24(土) 16:59:40.76ID:Qo2reWCD
>>276
清において冊封使のランクは朝鮮が正三品、琉球越南が正五〜従七品

278マンセー名無しさん2019/08/26(月) 18:21:56.13ID:33zR7+T0
沖縄にも実質カースト制度があり
家系のレベルによって
どの役人になれるか決まっていた
幕末の士族大湾チョウコウは
そういうわけでバカでも三司官になれる
役人は仕事できない奴ばっかりだ
と述べている。
さらに下級職員になるのには
無給で何年か見習いしないといけなかった。
大体親戚から借金して
生活したが、
そのために無事役人になれたときは
借金返済のため百姓から激しく収奪した
下に負担を押し付けるのが王府のやり方

279マンセー名無しさん2019/08/30(金) 23:28:55.25ID:647HVud2
最近は例の刀剣乱舞で千代金丸と北谷菜切が擬人化キャラになったおかげで
琉球の同時代の風俗を描こうなんていう同人作家さんがいるようですが
その参考にできる戦国時代までの琉球の装束を考証した冊子なんてありましたかね?

上里氏プロデュースでイラスレーターに描かせたポンチ絵はお話にならないし
JCCwebでネット公開してるイラストは組踊の衣装そのままで笑っちゃうし

280マンセー名無しさん2019/09/08(日) 18:09:27.67ID:T2FG4LRD
「都城島津家史料の魅力」展 「琉球諸島絵図」修復終え初公開 /宮崎
https://mainichi.jp/articles/20190907/ddl/k45/040/528000c
企画展「都城島津家史料の魅力」が、都城市の都城島津伝承館で開かれている。
初公開の「琉球諸島絵図」の他、国重要文化財の「朝鮮国書」など計約30点を展示。
史料の修理・修復やその工程を解説するコーナーもある。10月6日まで。

281マンセー名無しさん2019/09/23(月) 16:06:28.02ID:YdJdqJgq
村井章介も琉球ネタで本書いてたのか・・

https://honto.jp/netstore/pd-book_29515665.html
古琉球 海洋アジアの輝ける王国 (角川選書)
著者 村井章介 (著)

世界に開かれていたのは日本ではなく「琉球」だった! 古琉球の時代の歴史と文化を、
中国など近隣諸国に残る史料等から総合的に検証。同時代のアジア世界の歴史の在り方に境界史から...

282マンセー名無しさん2019/10/04(金) 20:34:12.44ID:UIFAyMNV
>>281
それがこの元ネタらしいが
女性官僚なんていうと上里大先生は間違いなく食いつくはずなのに今まで指摘するやつはいなかったんかね

三五郎尾
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%BA%94%E9%83%8E%E5%B0%BE#cite_ref-4

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